英雄
「助けて」
女の悲鳴が聞こえた。
仕事を終え、帰宅途中だった私は、これに気付き立ち止まった。
声のした方を見ると、若い美女が三人の男に襲われていた。
私はあたりを見回したが、自分の他に人の姿は見えなかった。
つまり、この状況で女を助けることができるのは私だけだった。
男としては、ここで女を見捨てることはできない。
さて、どうするべきか。
言葉で説得しても無駄だろうな。
はい、そうですかと素直に聞いてくれるなどあり得ない。
それなら、力で女を助け出すしかない。
一度も喧嘩した経験のない私のような中年の男に勝ち目はあるのだろうか。
分からないが、とにかく行くしかない。
自信は無かったが、私は三人の男を目掛けて走り出した。
「その子から離れろ!」
私は一心不乱に腕を振り回しながら男たちに突っ込んでいった。
すると、その必死な様子に驚いたのか、男たちはその場から走って逃げ去った。
「ありがとうございます」
女は涙を流しながら何度も感謝の言葉を繰り返し述べてくれた。
私は女の手を握り、大通りまで連れて行った。
「もう大丈夫だ」
「このご恩は一生忘れません」
女は私に抱きつき、頬にキスをして去って行った。
数日後、休日のため家でゆっくりしているところに、電話がかかってきた。
相手は、聞き覚えのない会社名と名前を名乗った。
「その後どうでしたか。ご満足頂けましたか」
「すまない、一体何の話だ?」
「お客様がお申込み下さった英雄体験コースの無料お試し期間が終了した件で、本日はお電話をいたしました」
「英雄体験?そういえばそんなのに申し込んだような気もするな……」
「先日、悪者を退治し美女を助け出しませんでしたか?」
「ああ、あれは最高に気持ち良かったよ。しかし、なぜそれを……」
「実は、あの出来事は弊社が提供した英雄体験だったのでございます」
「そうだったのか。無料だし面白そうだと思い申し込んだサービスが、まさかあれだったとは。自分が英雄になれるというのは素晴らしいものだな」
「ご満足頂けたようで幸いです。これで、英雄体験の無料お試し期間は終了となってしまいますが、本コースのご入会はいかがいたしましょう?」
「もちろん、よろしく頼む」
「ありがとうございます」
「しかし、あの時の綺麗な女の子は、てっきり私に惚れたとばかり思っていたよ。そこだけ少し残念だな。あの子は君たちが雇った役者なのかい?」
「いえ、彼女はヒロイン体験コースにご入会されている会員様でございます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます