裏と表
携帯電話が鳴った。
鳴っていたのは、二台ある携帯電話のうち、地味な方だった。
私は急いで電話に出た。
「はい。旅行はお好きですか」
「ライオンが好きだ」
きっと意味の分からない会話で驚いたことだろう。
頭のおかしい者同士の会話に聞こえたかもしれないが、そうではない。
これは、相手を確認するためのお決まりの挨拶なのだ。
私は、秘密諜報機関に勤めており、日々諜報活動を行なっている。
まあ平たく言えば、国の為に働くスパイだ。
このことは、家族も含め、まだ誰にも伝えていない。
誰にも知られてはいけない。
「私だ。内藤だ」
「内藤さん、どうされましたか」
内藤は私の上司だ。
もちろん、内藤というのは本名ではない。
また、上司と言っても素性は一切分からない。
歳も分からなければ、顔も分からない。
「お前、昨日、A国に関する情報を報告してきたな」
「はい。聞き出すのにかなり苦労しましたよ」
「何が苦労しただ、馬鹿者。お前の報告はまた間違っていたぞ」
「そんな……確かな情報だと思ったんですが……」
「言い訳するな。一体これで何回目だ」
「すみません」
「国を守り、国を支える重要な仕事なんだ。もっと真剣にやれ。いい加減仕事を覚えろ。ゴホッ」
「すみません、すみません……」
「分かったか。ゴホッ」
「大丈夫ですか」
「少し風邪気味なだけだ。そんなことより、次はないからな」
そう言われると、すぐに電話は切られた。
全く、私は本当にだめだな。
自分の仕事のできなさ加減に腹が立ってくる。
おっと。
もうこんな時間か。
そろそろ家を出なくては。
私は、支度を整え、とあるコンビニへと向かった。
秘密諜報部員は裏の姿だ。
表向きの仕事は、コンビニの店長である。
コンビニへ着くと、バイトの斉藤を見つけたので、私は声を荒げて怒鳴りつけた。
「おい斉藤。お前、昨日、レジでお釣りの金額をまた間違えたらしいな。別の客には箸のつけ忘れもあったそうじゃないか。一体これで何回目だと思っているんだ。もっと真剣にやれよ。早く仕事を覚えろ」
「はい。反省しております。大変申し訳ありませんでした。ゴホッ」
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