第19話 黒曜帝国の邪帝

 私、神崎あやめ! ステータスを運に極振りした『極運』の冒険者! いよいよ邪王の潜む黒曜帝国へ乗り込みました!


「――邪王? ああ、邪帝陛下のことかい? あのお方は優れた治世者だよ!」

「陛下がこのあたり一帯の肉食系の魔物を掃討してくれたおかげで、安心して外に出られるしね!」

 ……私達は今、双神の神器を盗んだ悪魔『邪王』について情報収集をしているところだ。

 しかし、邪王――いや、邪帝? の評判は、帝都の住人の話を聞く限り、かなり好印象のようだった。

「これはどういうことだろう」エルモードさんは顎に手をあて、考えるポーズをする。

「邪王のやつ、ズルいのじゃ! 我だって『魔帝』のほうがカッコいいのじゃ~!」

「『妖帝』もなかなか……ふふ、響きがいいわねぇ」

「まてい? ようてい……? よく分からん言葉を使う嬢ちゃんたちだなあ。あんたら、よそ者かい?」

「アッ、私達は旅をしているパーティーの者で……」

 いぶかしげな目で見る住人に、私は慌てて弁明する。

「僕はエルモード・アールモーデンと申します。ラピスラズリ王国の第三王子なのですが、邪帝陛下に謁見することは可能でしょうか?」

「えっ、ラピスラズリ王国からわざわざおいでなすったのかい。これは失礼いたしました。ワシが城まで案内いたしましょう」

 エルモードさんが名乗った途端、帝都の住人はかしこまった様子で城まで連れて行ってくれた。

「くれぐれも陛下に失礼のないようにお願いいたしますよ。あのお方は先代の無能皇帝の首をねて新しく皇帝の座につかれた、怒らせると恐いお方です」

 そう言い残して、住人の男は逃げるように立ち去った。

 城門の前には、門番が槍を持って控えている。

「止まれ。お前達、見かけない顔だな。帝都は初めてか?」

「はい。エルモード・アールモーデンとその一行です。邪帝陛下にお目通り願いたいのですが」

「アールモーデン……? おい、手配書を調べろ」

 エルモードさんの名字を聞いて、門番はもうひとりの門番に命じる。

 手配書……手配書? なんだか嫌な予感がする。

「――見つけたぞ。『ラピスラズリ王国の第三王子』エルモード・アールモーデンと『極運の娘』アヤメ・カンザキ! それに魔王と妖王だ!」

「見つけ次第、捕らえよとの陛下の命だ。増援を呼べ!」

 やっぱり、指名手配されてる!?

「こ、この場合、どうしたら……!?」

「戦いながら邪帝の間を目指すか、捕まって城に入るか、ですね」

「なら、捕まったほうが体力も使わずラクなんじゃないかのう」

「そうねぇ。わらわ、帝都中歩き回ってもう足疲れちゃったぁ」

「やる気ないのかお前らは!」

 戦意のないマオちゃんとお妖さんに、エルモードさんは怒り心頭である。魔物は気まぐれなのだ。

 結局、黒曜帝国の兵士たちに囲まれ槍を突きつけられ、私達は城の牢に入ることになったのであった。


 ――黒曜帝国、王宮地下牢。

 地下牢というとじめじめしたイメージがあるが、ここは非常に清潔なものであった。

 そもそも、私はおかしいと思っていたものがあった。

 黒曜帝国は、ゲーム内においてはスチームパンク――産業革命期のイギリスとファンタジーを融合させたモデルの国である。

 しかし、帝都の外も、そして中も、霧や黒煙に包まれてはいなかった。空気が汚染されていなかった。

 以前、この世界はゲームの舞台から百年は経っているのではないかという推測があったが、他の国はドラゴンや大型の魔物が激減したくらいで、国の有り様までは変わっていなかった。

 この黒曜帝国だけが、近代化している。文明レベルが同じくらいだったはずのラピスラズリ王国を遥かに上回っている。

 そして、その原因にはおそらく邪帝が関わっている――。

「おい、アヤメ・カンザキ。陛下がお呼びだ。出ろ」

 思索にふけっていると、突然牢の扉が開かれ、私だけが牢から引っ張り出される。

「アヤメ!」

 エルモードさんは壁に手錠と鎖で繋がれ、身動きができないまま私の名を呼ぶ。

「エルモードさん――!」

 無情にも、再び牢の扉は閉ざされ、私は牢屋番に腕を引かれて邪帝の間へ連れて行かれる。

「――ほう、そなたが『極運の娘』か」

 王座で頬杖をついて私を迎え入れた邪帝は、いかにも帝王らしい不遜ふそんな態度で、それでいて美しい顔立ちをしていた。悪魔だと聞かされていなければ、みんな人間だと信じるだろう。

「既に知っているとは思うが、余は邪帝。この黒曜帝国を支配する皇帝である」

「……前の皇帝の首を刎ねて、みんなを騙しているんでしょう」

「クク、騙すとは人聞きの悪い。実際、余の治世は民に好評なのだがな」

「単刀直入に言う。双神の剣を返して」

 私は邪帝に気圧されないように、必死でキッと邪帝を睨みつける。

 ここには私しかいない。エルモードさんもマオちゃんもお妖さんも、味方が誰もいない。

 今こそ、私が自力でこの場をどうにかしなければ――

「余も単刀直入に言おう。余はそなたが欲しい」

「!?」

 邪帝の思わぬ言葉に、私はぎょっとする。

「いや、正確に言えばそなたの極運がほしい。余の妃になる権利をくれてやる」

「なんでそんな上から目線?」

「余のほうが立場が上なのは自明の理であろう?」

「……神様の剣を奪って、極運を味方につけて。そこまでする、あなたの目的は何?」

「次元を超えることだ」

「……?」

 邪帝の言葉の意味がわからず、私は思わず首を傾げる。

「難しいか? より簡単に言うならば、『このゲームからの脱出』だ」

「……え?」

「極運の娘よ、そなたは三次元から来たのであろう?」

「!?」

 何故、二次元の存在が三次元の概念を知っている?

「三次元が二次元を覗くとき、二次元もまた三次元を覗いているのだ。余にとって、三次元とはあの双神すら超えた神の領域。双神とて二次元の存在でしかない。しかし、神は神だ、双神の神器なら次元を超えることもできるやもしれん。極運の娘――三次元の存在であるそなたの力も合わせれば、可能性は決してゼロではない」

「……何を……言ってるの……?」

「余の話はそんなに難しいか? それとも理解する知能がないのか……まあ良い。要は、極運の力を利用した状態で双神の剣で時空を斬る。それで次元の穴が開く。余は三次元に行き、そこで強大な力を得て三次元世界の神となるのだ。この世界はあの忌々いまいましい双子に支配された結果、余と魔王、妖王は悪魔にされてしまったからな」

 宗教でよくある話だ、と私はかろうじて思考する。

 特定の宗教では崇拝する対象である神しか認めず、その他の神は悪魔として扱われる――。

「どこの次元に行ったって無駄。そこには既に神様がいる。あなたが神になれる余地なんてないし、私はあなたの妃になんかならない。あなたに力なんて貸さない」

 私が毅然きぜんとそう言い返すと、邪帝は機嫌を損ねたように眉根を寄せる。

「そんなに一緒に行動していた男が大事か? ラピスラズリ王国の王子であったか」

「な、なんでそこでエルモードさんが出てくるの!?」

「余の妃になりたがらぬということは、あの男と婚約でもしているのかと思ったが、違ったか?」

「……」

 こ、この悪魔……思考回路が傲慢にもほどがある。

 自分と結婚したがらない=他に男がいるっていう結論になるんだ……。

 呆れて茫然ぼうぜんとする私を置いてけぼりにして、邪帝は話を続ける。

「あの男だってお前の極運を利用しようと近寄っているだけではないのか? 余と何が違う?」

「エルモードさんはそんな人じゃない。一緒に旅をしてそれははっきりわかる」

 それから、私は一息おいて再び口を開く。

「……たとえエルモードさんに利用されていたとしても! 私はあの人が好きなんだからいいの!」

 顔が赤くなっているのを感じる。熱い。初めて明確に、自分でエルモードさんが好きなことを口にして認めた気がする。

 私みたいな強運しか取り柄のない私を、エルモードさんは一人の女性として気遣いをし、扱ってくれた。

 私は彼の役に立ちたいと奮闘してきたし、相方になったときから――いや、きっと初めて出逢ったあの時から、ずっと好きだった。

 だから、私は仮にエルモードさんが極運目当てで相方契約を申し出たのだとしても、絶対に恨んだりなんかしない。

 二十五歳ニートの重い初恋だ。フラれても仕方ない。それでも、相方という形でも一緒にいてくれるというのなら。

「私はこれからもエルモードさんと冒険を続ける! あなたなんかに邪魔はさせない!」

 私が叫ぶようにそう宣言すると、邪帝は面白くないという顔をする。

「……小癪こしゃくな。ならばお前の目の前であの男の首を刎ねてやろうか」

「なんですって……!」

「連れてこい」

「はっ」

 邪帝が近くの兵士に命令すると、鎖でがんじがらめに拘束されたエルモードさんが乱暴に連行されてくる。

 私はサーッ……と体感温度が下がっていくのを感じた。

「極運の娘よ、そなたは余を怒らせた。そなたを絶望の淵に叩き落として、逆らう元気も無くしてから婚姻の儀を執り行う」

「やめて……」

「アヤメ、逃げろ……」

 エルモードさんが呟くように私に声をかける。

 ……私は、動けなかった。身体が、恐怖で動かない。

「これより処刑を行う。罪状は……そうだな、余を殺そうとした国家転覆罪とでもしておけ」

「やめて――!」

 兵士に囲まれ、鎖で拘束されたエルモードさん。金縛りのように動けない私。

 粛々と、エルモードさんの処刑が行われようとしていた。


〈続く〉

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