第20話 双神の剣

 ……私は、神崎あやめ。現実世界からゲームの中の世界に転移した元ニート。ステータスを運に極振りした『極運の冒険者』。

 その強運はどこへやら、現在絶望的な状況に立たされている。


 邪帝がラピス神とラズリ神の『双神の神器』のひとつ、『双神の剣』を奪った目的は、このゲームの世界――『ワールド・オブ・ジュエル』の世界から脱出して、三次元の世界を支配し、新たな神になるためだという。

 そして、その次元を超えるためには私の『極運』の力が必要だとも。

 それを拒絶した私に激昂げきこうした邪帝は、私の大事な人――エルモードさんを処刑しようとしている。

 鎖でがんじがらめにされ、首を差し出す格好にされたエルモードさんを見て、私は大切なものを失う恐怖で金縛りのようにその場から動けない。

「双神の剣を持て。あの剣をラピスラズリの王子の血でけがすなど、双神はどんな顔をするかな?」

 邪帝は、至極楽しそうに笑っていた。流石悪魔、しかも魔王、妖王、邪王の三悪魔の中で最も狡猾こうかつで残忍な悪魔だ。

 邪帝の命に、兵士は「はっ」と剣を取りに武器庫かどこかへ向かった。

 ……どうやら、兵士もラピスラズリ王国の王子を処刑することに疑問を持っていない状況を見るに、彼らは洗脳されている。

 もとより期待はしていなかったが、兵士たちに助けを求めることは不可能であろう。おそらくは、城を逃げ出して街の人間に助けを求めても同じ。

 黒曜帝国は、邪帝に完全に支配されていた。

「アヤメ……に、げろ……」

「そんな……エルモードさんを置いて逃げるなんて……」

「クク、微笑ましいではないか。人間の情は本当に見ていて愉快だ」

 双神の剣を待っている間、邪帝は本当に愉快そうに私達のやり取りを見ていた。

「――ッ、この!」

 私は伝家の宝刀、必殺の毒針を邪帝に向かって投げつける。

 毒針はクリティカルヒットすればまさしく必殺、必ず相手は即死する。

 しかし。

「おっと、随分危ない代物を持っているではないか」

 邪帝は人差し指と中指、二本の指で毒針を挟んで受け止めていた。

「なっ……!?」

 今まで効かなかったことのなかった攻撃が通じないことに、私は動揺する。

 毒針は言葉通り、私の最後の切り札だった、のに。

「ボスに即死攻撃は通じぬと、ゲームで学ばなかったのか?」

 クククと邪帝は余裕の笑みを浮かべる。

「……あなたは何故、ここがゲームの世界だと知っているの?」

 私は焦りを隠すように、会話で時間稼ぎをしようとする。

「そなたのように、三次元からのマレビトが流れ着いたことがあったのだ。百年前の話だがな」

 邪帝は王座に背中を預け、遠くを見るような目をした。

「いや、このゲームの世界と三次元の世界の時の流れは違うのかもしれんな。それはともかく、余が取って食おうと思っていたら、そのマレビトは洗いざらい吐いてくれよったわ。まあ最終的に余が食い殺したがな? 他の者にこの事実を知られるわけにはいかなかった。そうして余はゲームの世界で生きているという自我を得た」

「……そして、このゲームの世界を抜け出して、三次元へ侵攻しようとしている……」

「向こうでは魔法がほとんどすたれているとも聞いたのでな、侵略はたやすいであろうな」

 そして邪帝はまたククッと笑うのであった。

「次元をも斬るという双神の剣は手に入れた。あとは三次元からこの世界へ転移してくるほどの召喚エネルギーを持った極運の娘、そなたがいれば――む? そういえば双神の剣はまだか? 何をもたもたしている」

「……あの、盛り上がっているところ大変恐縮なのですが」

 武器庫から戻ってきた兵士が申し訳無さそうに邪帝に話しかける。

「なんだ」

「双神の剣が見当たりません」

「なに?」

「――盗まれました。双神の剣」

「…………は?」

 流石に予想外の展開だったらしく、邪帝はキョトンとした顔をする。

「何をしているかッ、貴様らーッ!」

「も、申し訳ありません~ッ!」

 邪帝が兵士を叱咤していると、

「――双神の剣ってのはこれかい?」

 聞き覚えのある、ハスキーな女性の声。

 これは。この声は。

「――カターリヤさん!」

「久しぶりじゃないか、嬢ちゃんに王子様」

 獣人の女盗賊――カターリヤは、剣を肩に乗せて不敵に笑っていた。

 さらに、

「うわっ! なんだこのピンクの霧は!」

「魔物が湧き出してきてるぞ! どうやって城の内部まで!?」

「と、とにかく退治しろーッ!」

 兵士たちがにわかに騒ぎ始めた。

「アヤメちゃぁん、王子様ぁ、お・ま・た・せ♪」

「邪王ーッ! よくも我を騙したなーッ! 野郎、ぶっ殺してやるのじゃ!」

 妖王のお妖さんと魔王のマオちゃんも王座の間に駆けつけてきてくれた。おそらくはお妖さんの幻術で牢屋番を化かしたのだろう。

「お妖さん! マオちゃん!」

「チッ、妖王と魔王まで来たか……」

「アヤメちゃん、邪王はわらわたちに任せて、アヤメちゃんは王子様のおそばにいてあげてぇ? もともと妾たちを殺し合わせる算段だったんでしょぉ?」

「――……っ」

 ポンポンと優しく私の肩を叩くお妖さんに、私は言葉を詰まらせる。

 たしかに、最初はそのつもりだった。でも。

「――死なないでね、お妖さん。私、マオちゃんもお妖さんも、本当に仲間だと思ってるの」

「……悪魔にも優しいのね、貴女は。だからこそ、あの双子の神様も貴女に強運を与えたのかもしれないわ」

 お妖さんはどこかはかなげな笑みを浮かべて、先に邪帝に飛びかかっていたマオちゃんに加勢し始めた。

「おうおう、ひでぇザマだねぇ、王子様」

 カターリヤはひょいひょいと倒れた兵士を跳びよけながら、エルモードさんと私のいる方へ歩いてくる。

「カターリヤさんは、どうしてここに?」

「いやなに、あのあと気ままに旅をしていたら、黒曜帝国の武器庫に『神様すら斬り殺す剣』があるって噂を聞いたもんでね。魔王の役に立つかと思ったんだが……あんたら、あの魔王をうまく使いこなしてるみたいだねぇ。いや感心感心」

「使いこなしてるんじゃなくて、もう仲間、なんですよ」

「……へぇ」

 私の言葉に、カターリヤは興味深そうな笑みを浮かべた。

「まったく、あんたは面白いお嬢ちゃんだね。あの妖王まで仲間に引き入れちまうとは大したもんだ。――っと、そろそろ王子様を解放してやるかね」

 カターリヤさんは不意に双神の剣を鞘から抜いて、エルモードさんに斬りかかった。

 一瞬ぎょっとしたが、剣はエルモードさんを拘束していた鎖だけを斬ったらしい。……流石神様の剣、不思議な力を持っているらしい。

「これが双神の剣だって言うんなら、あんたが持ってたほうが適任だろうさ。持っていきな、王子様」

「あ、ありがとう……」

 カターリヤがぽいっと投げてよこした剣を、エルモードさんは慌てて受け取る。

 すると、剣の刀身が光り輝き始めた。

「これは……!?」

「双神の剣はラピスラズリ王国の王族か、あの双子の神様にしか真の意味では扱えない。使い方はわかるだろ、王子様?」

「……ああ。初めて手にしたはずなのに、この剣の使い方が手にとるようにわかる……まるで、この剣自体の記憶が流れ込んでくるような……」

 やがて、拘束を解かれたエルモードさんは立ち上がり、剣を振りかぶる。

 剣を包む光が一層強く、刀身が長くなっていく。

「魔王! 妖王! 時間稼ぎご苦労! 邪帝から離れろ!」

 エルモードさんの言葉に振り向き、危険だと判断したのか、マオちゃんとお妖さんはバッと後ろに跳んで邪帝から遠ざかる。

「馬鹿な……馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な! 余がその剣を使っていたときに、そんな光はなかったはず――」

「消し飛べ、邪王――!!」

 振り下ろした剣から、光がビームのように一直線に飛んでいく。

「ギャッ――」

 極太の光に呑まれて、邪帝は塵一つ残さず焼き消えた。

「う……あれ? 俺、何してたんだっけ……」

 気絶していた兵士たちが次々と頭を押さえながら起き上がる。どうやら洗脳は解けたらしい。

「勝った……の?」

「ああ、そうじゃな。もう邪帝――いや、邪王の気配はない」

 私の誰に対してでもない問いかけに、マオちゃんが答えた。

「妾たちの大勝利ぃ~♪ ってとこかしらねぇ?」

 お妖さんが無邪気に笑い、勝利宣言をする。

 ――こうして、黒曜帝国を支配していた邪王は消滅し、私達はラピスラズリ王国へ再び鳳凰に乗って帰ることになったのであった。


〈続く〉

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