黒曜帝国編

第18話 黒曜帝国への空の旅

 私、神崎あやめ! ステータスを運に極振りした『極運』の冒険者! 魔王のマオちゃんと妖王のお妖さんに妙に懐かれているよ!


 お妖さんが『双神の宝玉』から生み出した鳳凰に乗って船ごと『冥府の海』を越えた私達は、船をラピスラズリ王国の港におろして船乗りたちと別れ、今度は私達四人だけがそのまま鳳凰の背中に乗って、『黒曜帝国』へと向かった。

 黒曜帝国。ラピスラズリ王国に見劣りしない土地の広さと文明レベルを持った、いわばラピスラズリ王国のライバル国である。お互いに戦争をしていた時期もあったが、今のところは停戦中で貿易なども盛んだとエルモードさんから聞いた。

 ――そして、黒曜帝国には邪王がいる。マオちゃんとお妖さんをそそのかして三人で共謀し、ラピス神とラズリ神の『双神の神器』を盗んだ、諸悪の根源である。

 邪王は、黒曜帝国のどこに潜伏しているのか。邪王が神器を奪った目的は何なのか。何をしようとしているのか――。

 疑問と不安が入り混じった私の肩を、エルモードさんは落ち着かせるようにポンポンと優しく叩く。

「大丈夫ですよ、レディ。自分の強運を信じて。僕たちで必ず邪王を倒そう」

「……そう、ですね」

 邪王はおそらく対話には応じないだろう。魔王、妖王、邪王の三人の中で最もずる賢く残忍な性格だとマオちゃんとお妖さんからも聞いている。

 今度こそ、誰かの血が流れる戦いが起こる。それがたまらなく怖い。もしも、それがパーティーの仲間だったら……。

 今まで散々クエストをこなしてきたのに、そんな気持ちになったのは初めてだった。極運のおかげで、そこまで重傷になった冒険者を見ていないせいかもしれない。

 今回も、その極運で平和的に解決できたらいいのだが――。


 さて、黒曜帝国へ向かう、空の旅路の道中。

「ねぇねぇ、アヤメちゃぁん。お腹空いてなぁい? お姉さんがご飯分けてあげよっか♪」

「あーっ! よーちゃんズルいのじゃ! アヤメは我のしもべじゃぞ! 餌で釣るなど卑怯な!」

 ――私、神崎あやめは、魔王のマオちゃんと妖王のお妖さんに挟まれ、大岡裁きよろしく両側から腕を引っ張られていた。

 いや、引っ張るとは言っても手加減はしてくれているというか、腕に胸を押し付けられているというか……うーん、好かれているのは嬉しいけど、私にはそっちのケはないしなあ。

 チラッとエルモードさんのほうを見ると、彼は私達から離れた位置に座り、ギリリと歯を食いしばりながらマオちゃんとお妖さんを睨みつけている。

 エルモードさん、仲間になったとはいえ、魔物に対して並々ならぬ敵意を持っているらしい。

 まあラピスラズリ王国の王子様なわけだし、王国が崇拝している神様の宝物を奪った魔物の王――三悪魔を憎まないはずもないか。

「えぇ~、じゃあマオちゃんもご飯一緒に食べるぅ? 取り分少なくなっちゃうけどマオちゃんならいいわよぉ?」

「わーい! ご飯、ご飯♪」

 マオちゃんの機嫌は一瞬にして直ったようである。食欲に素直なのだ。

 そして、お妖さんが着物の懐に手を入れて、取り出したものは――

 お妖さんの体温でほのかに温かくなった――ネズミの死骸。

「ギャーッ!?」

 お妖さんが尻尾を指でつまんでぷらぷらと揺らしたそれを見た瞬間、私は思い切り地面――いや、鳳凰に乗ってるから鳳凰の背中か――を蹴り、座りながら跳ぶように後退あとずさりした。

「? どぉしたのぉ、アヤメちゃん?」

「どうしたもこうしたもあるか! レディになんてものを食べさせようとしているんだ、この女狐!」

 後退りした方向がちょうどエルモードさんの座っていたところで、今にも泡を噴きそうな私の肩を優しく抱き寄せながら、お妖さんに罵詈雑言を浴びせる。

「なんじゃ、人間はキラーマウス食わんのか? せっかく食べ物を恵んでやったというに、贅沢な奴らじゃのう」

 もぐもぐと咀嚼そしゃくしているマオちゃんの口からはネズミの尻尾が垂れている。ま、マオちゃん……。

「やはりコイツラは今ここで滅したほうがいい……」

「エルモードさん、邪王を倒せば全部解決ですから、もう少し我慢してください」

「たしかに、悪魔同士で殺し合いをさせるという算段ではありますが……ぐぬぬ……」

 エルモードさんは剣の柄に手をかけながら、史上最高に渋い顔をしている。

「あんまり暴れると危ないわよぉ? ここ、鳳凰の背中なんだから、落ちたら真っ逆さまよ?」

 下を見るとめまいがしそうなので敢えて見ないようにしているが、どうやらラピスラズリ王国と黒曜帝国の国境にある黒い木々の森を越え、着実に黒曜帝国の帝都へ向かっているようであった。

「あの邪王の性格を考えると、田舎町や地下に潜んでコツコツ征服の下準備をしているようには思えないのよねぇ」

「そうじゃな。邪王が『双神の剣』を持っておるのなら、単身それを持って黒曜帝国を蹂躙じゅうりんしていてもおかしくはないのう」

「そ、そんなやばいやつなの……?」

 お妖さんとマオちゃんの会話を聞く限り、邪王は相当強大な力を持った悪魔のようだ。

「うーん、でも蹂躙ってわりには戦火も煙も上がってないわねぇ。もう征服完了しちゃったのかしら?」

「まあ、降りてみないとわからんじゃろ。適当に目立たない場所に降りれるか、よーちゃん?」

「鳳凰自体が派手で目立っちゃうから、幻術をかけて私達の姿を消すわ。しっかり掴まってちょうだいねん、アヤメちゃんと王子様」

 そうして、降り立つ準備を整えた鳳凰の背中に、私達は伏せる。伏せた私を更にかばうように、エルモードさんが私の背中に腕を回してくれた。

 ……み、密着している。

 しかし、その状況にドキドキする暇もなく、ジェットコースターがレールを降りていくときのような浮遊感を感じた。

 私達四人は必死で鳳凰の背中に掴まり、やがて鳳凰は歩いて帝都に行けるほど離れた場所に降り立った。

 ――黒曜帝国、帝都近くの丘の上。

 周囲を見渡す限り、この帝国は平和なように見えた。

 丘には緑が芽吹き、草食系の魔物が草をんでいる。

 特に戦争があったような痕跡は見当たらなかった。

「とにかく、帝都へ向かってみましょう。住人から何か情報を得られるかもしれない」

 エルモードさんが先導して、私達は帝都の門へと歩き出したのであった。


〈続く〉

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