第16話 妖王

 私、神崎かんざきあやめ! 現実世界からゲームの世界に転移した極運きょくうんの冒険者! 妖王ようおうを仲間にするため瑠璃国るりのくにを訪れて、早速見つけました!


 百鬼夜行を目撃してから、次の日の朝。

 目が覚めると、ちょうど宿屋の仲居さんが朝食を持ってきてくれたところだった。

 味噌汁や白米なんていつぶりだろう。この世界に来てからしばらく口にしていなかったので、なんだかとても懐かしい気分になってしまった。

 エルモードさんは箸の使い方に慣れていないらしく、仲居さんにお願いして木製のスプーンとフォークで四苦八苦していた。微笑ましい。

「妖王と百鬼夜行にはほとほと参っちまいますよ。作物を食い荒らすからなかなか食材が仕入れられなくてねぇ。値段も高騰するし」

 朝食を終えて宿屋の女将に話を聞くと、女将は頬に手を当ててそんな事を言っていた。

「妖王がどこにいるかはご存知ですか?」

「さてねぇ……どこかの山の中に立派な御殿を作って贅沢な暮らしをしているとは聞きますけど」

 エルモードさんの質問に、女将は小首をかしげながら答える。

 そこへ、

「私、山菜採りに行ってその御殿、見たことありますよ。ご案内しましょうか?」

 私達が振り返ると、籠を背負った素朴な雰囲気のそばかす顔の娘がこちらを見ていた。

「おや、アンタは……?」

「私、おつるっていいます。女将さんに会うのは初めてですかね」

「あらやだ、この町の住人とはほとんど顔見知りなんだけどねぇ」

「いつもは山にいるか引きこもってますから」

 女将の言葉に、お鶴さんは苦笑いを返す。

「案内してくださるんですか、それはありがたい。レディ、渡りに船ですし、このお嬢さんにご協力していただきましょうか?」

「そうしましょうか。でも、いいんですか?」

「今日も山菜採りに行く予定だったので、むしろ都合がいいんですわ。護衛役がいたほうが心強いですし」

「護衛役ならお任せください!」

 そういうわけで、お鶴さんの案内で、私達は妖王が棲んでいると言われる山の中に入ることになったのである。


「皆さん、妖王には随分困らされているようですね?」

 私はえっちらおっちらと転ばないように気をつけながら足を上げて山を登る。

 熊か猪でも出そうな木々の深い山だ。……このゲーム、熊とか猪とかいるのかな? それっぽい魔物はいるかもしれない。

「そうですね、畑は作物が盗まれたり食い散らかされたり、私も山菜を採るときは妖怪に遭わないように祈りながら山を登っとりますわ」

 お鶴さんは流石に慣れた様子でひょいひょいと山から飛び出た岩を足場に登っていく。

「妖怪に出遭ってしまったら何をされるんですか?」

 エルモードさんは岩に生えた苔で足を滑らせないように慎重に足をかける。

「命までは奪われませんが、まあまあひどい悪戯に遭いますよ。巨大な岩の下敷きにされたり、洞窟の中に閉じ込められて蓋をされたり」

「いや、それ普通に死にません?」

「ああいえ、全部幻なんです。妖王って狐の妖怪でしょう? 幻術をかけてくるんですわ。食べ物と見せかけて糞尿を食わされた男の方もいるって聞きましたけどね」

 私は思わず、ウゲッという顔をしてしまった。死ぬよりキツい、それ。

「よーちゃんは相変わらず悪戯が好きなんじゃのう」

 マオちゃんは見事な身のこなしで岩から岩へと跳び移っていた。

「もしかして、よーちゃんが建てた御殿ってアレかの?」

 一番先頭まで行ってしまったマオちゃんを、三人で慌てて追いかける。

「ああ、アレですわ。私、おっかなくて近寄ったことはないんですけど」

 お鶴さんはブルッと身体を震わせる。

「そうですか、じゃあ――」

 エルモードさんは剣を抜き、

「――もう、貴女に用はありませんね」

 同じ岩に立っていたお鶴さんを山の斜面に蹴落とした。

「キャッ――」

 お鶴さんは蹴り落とされてそのまま山の斜面を転がり落ちていく。

「え、エルモードさん!? 何やってるんですか!」

 まさか、エルモードさんが殺人を犯すなんて!

「お前が妖王だろう! 下手な演技をしないで、正体を現したらどうだ!」

「――……ふふふ、殿方のくせに酷いことするわねぇ」

 お鶴さん――いや、もう顔が違う。もうあんな素朴なそばかす娘という雰囲気ではなく、恐ろしいほど美しい、きらびやかな着物を着た女が空中に浮いている。その背には、九本の狐の尻尾。

「――九尾の狐!?」

 あまりにメジャーな妖怪。しかもラスボス級の。

「よ―ちゃん、久しぶりじゃのう」

 マオちゃんは呑気に妖王に声をかける。

「あら、さっきからよーちゃんよーちゃん馴れ馴れしいと思ったら、もしかしてマオちゃんじゃないのぉ? また背縮んだぁ?」

「我は自分の見た目を自由に変えられるのを忘れたか? 今は愛され幼女の気分なのでな」

「愛され幼女て……ふふ、相変わらずマオちゃんは面白いわぁ」

 マオちゃん――魔王と妖王は随分と仲がいいらしい。

「それでぇ? マオちゃん、なんでこんな辺鄙へんぴな島にいるのぉ? マオちゃんの担当はラピスラズリ王国でしょぉ?」

「よーちゃん、我らとともに邪王をぶっ殺しに行かんか?」

 マオちゃんは元気な笑顔で物騒なことを言い放つ。

「我、邪王に騙されておったんじゃ! よーちゃんも邪王のやつにそそのかされてこんな小さな島国でつまらん暮らしをしとるんじゃろ? この人間たちは我のしもべじゃ」

「は? 誰がしもべだって……?」

 エルモードさんは手に持った剣をマオちゃんに向ける。

「エルモードさん、まあまあまあ、こらえてこらえて」

 私は必死に制止する。

「あら、なぁに? マオちゃん、騙されてたのに今頃気づいたのぉ?」

「なにっ!? よーちゃんは知っておったのか?」

「当たり前でしょぉ? わらわは悪戯のために双神の宝玉を盗んで、この誰も邪魔の入らない島で悪戯して暴れたいだけぇ。邪王ちゃんが何を企んでようがどうでもいいのぉ。ふふ、人間の慌てふためく様子が見てておかしくってぇ。でも別に命までは取らないから安心してぇ? 死んじゃったら悪戯できないから作物もギリギリ人間が生きられるくらいまで残してあげてるのよぉ?」

 ……これが真の悪魔か、と思った。

 魔王はまだ可愛いものだったのだ。

「レディ、今回ばかりは血を流すことになるかもしれませんね」

 エルモードさんの目つきは厳しいものになっていた。

「そうですね、ちょっと懲らしめたほうがいいかもしれませんね」

 私は荷物袋からスクロールを握りしめる。

「よーちゃん……こういう形で戦いたくはなかったんじゃがのう……」

 マオちゃんも角や尻尾、翼を出して臨戦態勢である。

「あらら、妾とヤル気なのぉ? いいわよぉ、返り討ちにしてあ・げ・るぅ」

 甘ったるい声を出しながら、妖王は胸元から宝玉を取り出す。

「あれは……双神の宝玉……!」

 占いで使うような水晶玉くらいの大きさの宝玉が、光を発して妖怪たちを生み出していく。

「双神の鏡が『増殖』なら双神の宝玉は『創造』を司る神器です。アレで妖怪を無尽蔵に生み出しているとしたら厄介だな……」

 エルモードさんは顔をしかめて剣を構える。

「いくわよぉ? せいぜい楽しませてちょうだいねぇ」

 妖王が宝玉を掲げると、鬼火というのか、炎に包まれた小鬼の首がこちらをめがけて飛んでくる。数は四、五体といったところか。

「回避せい! アレは炎魔法みたいなもんじゃ、地面にぶつかれば消える!」

 マオちゃんの言葉に従い、私とエルモードさんは鬼火をなんとか避ける。鬼火が地面に着地すると、火柱をあげて消滅した。

 あっぶな! これ食らったらひとたまりもない!

 なにせ私は(自分の本意ではないが)運のパラメータに極振りした『極運』と呼ばれる人間だ。少しずつレベルを上げていってはいるが、どんなにレベルを上げても体力は三十から増加しない。

「あっはは! まだまだ終わらないわよぉ!」

 妖王は心底楽しそうに笑いながら、双神の宝玉から次々と妖怪を生み出す。

「どうするんじゃ、エルモード? あの宝玉をなんとかせんと、キリがないぞ?」

「わかっている! しかし、双神の神器を破壊するわけにはいかないだろう!」

 魔法攻撃をしながら背中合わせに戦うマオちゃんの言葉に、エルモードさんは妖怪を剣でぶった切りながら苛立った様子で答える。

 妖怪は倒すと煙のように消え、死体も残らないようだった。

「うっふふ、手も足も出ないってとこかしらぁ? じゃあこれで終わりにしてあげるぅ!」

 妖王が宝玉を空高くに垂直に投げ上げると、宝玉から何か巨大な――骸骨がムクムクと生成されていく。

「――がしゃどくろ!」

 私でも知っている有名な大妖怪だ。

「そーぉれぇ、潰れちゃえ~♪」

 がしゃどくろの骨で出来た手が振り上げられ――私達をめがけて勢いよく振り下ろされる!

 しかし、私達はダメージを受けることはなかった。……私が潰される寸前に、とっておきの武器である毒針をがしゃどくろの手に刺していたからだ。

 運のパラメータは、高ければ高いほどクリティカルヒットが出やすくなる。そして極運である私は、攻撃が必ずクリティカルヒットする。

 毒針がクリティカルヒットになれば、敵は必ず即死する。

 巨大な骸骨は、悲鳴をあげる間もなく灰になって消えた。

「――」

 妖王は驚いた表情で私を見る。

「妖王さん、お願いです。私達とお話する気はありませんか?」

「……」

 空中に浮かんでいた妖王は静かにふわりと私の眼前に降りてくる。

「……あなた、何者ぉ? あのがしゃどくろを一撃で倒しちゃうなんて。妾のとっておきだったのに」

「ただの冒険者です。……極運の」

「へぇ~。極運なんて噂でしか聞いたことないのに、本当に存在するものだったのねぇ」

 妖王はキスでもするんじゃないかと思えるほどの至近距離で、私に顔を近づけてくる。

「――いいわよぉ。お姉さん、アナタのこと気に入っちゃったかもぉ。話くらいなら聞いてあげる」

「あ、ありがとうございます……」

 良かった、どうやら対話には応じてくれるようだ。私は距離の近さに冷や汗をかきながら、なんとか礼を言う。

「とりあえず御殿に招待してあげるから上がって」という妖王の言葉に従い、私達四人は山の斜面を登って妖王の御殿に足を踏み入れた。

 御殿、というだけあって、外装も内装もきらびやかで豪奢ごうしゃだった。一歩間違えれば悪趣味な成金のお屋敷になってしまうところだが、花瓶や壺には山で摘んだらしい素朴な花が生けられていて、なんとなく妖王の気品のようなものを感じる。

 どうやら宝玉で生み出した小鬼に給仕をさせているらしく、用意された座布団に座った私達の前に御膳が運ばれてくる。

「山登ってお腹すいたでしょぉ? 少し腹ごしらえしたほうがいいわよぉ」

「……」

 妖王の言葉に、私達は綺麗に盛り付けられた美味しそうな料理を見る。

 ……美味しそう、だけど。

「毒でも盛ってるんじゃないだろうな」

「やだぁ、失礼しちゃう。毒は入ってないわよぉ。毒は」

 エルモードさんは信用ならないという顔で妖王を睨みつけるが、妖王は呑気に笑うだけである。

「……エルモードさん、知ってます? 狸や狐に化かされたときは眉に唾を塗るといいんですって」

 私はそう言って、人差し指をペロリと舐めて眉毛に塗る。エルモードさんもそれに従った。

「――……うっ、こ、これは…………」

 料理の正体を見たエルモードさんは顔をしかめる。

 それもそのはずで、美しく盛り付けられた料理は、眉に唾を塗った途端、皿の上に乗った泥や小石に変わったのだ。

「あらぁ、見破られちゃったぁ」

 妖王はテヘペロ、といった感じでいたずらっぽく舌を出す。

「――貴様ァ! この期に及んで我々を化かすとは!」

 エルモードさんはご立腹した様子で剣を妖王に向ける。

「まあまあまあまあエルモードさん落ち着いて」

「よーちゃんはイタズラ好きじゃからのう……これはもう習性みたいなもんじゃ」

 私はエルモードさんをなだめ、マオちゃんは呆れたようにため息をつく。

「それでぇ? 妾に話って何ぃ?」

 妖王はクスクス笑いながら頬杖をつく。

「ええと……私達は双神の神器を取り返しに来たんですけど……」

「ああ、この宝玉ぅ? いやよ、妾の悪戯に使う大事な玩具おもちゃなんだから」

 私の言葉に、妖王はにべもなく断る。

「じゃあ、私達の仲間になって、一緒に邪王を倒すお手伝いをしていただけませんか? それなら宝玉は妖王さんが持ってたままでいいです」

「えぇ~、めんどくさぁい。仲間になれっていうんなら、何か見返りがほしいわぁ」

「見返り……」

 そう、交渉をするなら何かしらの相手が得をするカードが必要だ。しかし、私達にそんな交渉材料があるだろうか?

「妖王さんは何か欲しい物とかあります?」

 私は単刀直入に訊いてみることにした。

「そうねぇ、甘いものが食べたいわぁ。畑の作物だけじゃなかなか甘味って摂れなくてぇ」

「甘いものかあ……」

 私は荷物袋の中を漁ってみる。荷物袋はRPGあるあるで食べ物でも形が崩れたりせずそのまま持ち運べるのが便利なところだ。

「あ、これとかどうですか?」

 私は一切れのアップルパイを取り出す。

 ここ、『ワールド・オブ・ジュエル』では食べ物は回復アイテム扱いで荷物袋に入れて持ち運ぶことができる。

 先述したとおり、アップルパイはまったくグチャグチャにもなっておらず、つやつやとした光沢を放っていた。

「やだぁ、美味しそう! それ、くれるのぉ?」

「なんだこれは! 我も食べたい!」

 妖王とマオちゃんはアップルパイを見た瞬間テンションが高まったらしい。

「ちょっと待ってね、今増やすから」

 私は同じ荷物袋から、あの双神の神器のひとつ『双神の鏡』を取り出した。

 鏡にアップルパイを映し、鏡の表面を触ると、手が鏡の中に入った。そのまま鏡の中からアップルパイを引っ張り出す。

 これでアップルパイは二つになった。

「へぇ~、双神の鏡って便利ねぇ。そっちを盗んでも良かったかもぉ」

 妖王は不穏なことを言って呑気に笑っている。

「はい、どうぞ」

 私は妖王とマオちゃんにアップルパイを差し出す。

「いやぁん、すっごく美味しい~! こんなに甘いの食べたの初めてかもぉ!」

「うむ、人間の作る食い物は美味い! 人間の食い物が食いたくて人間と魔物が共存する世界を作りたかったほどよ!」

 そうなんだ……。

 やはり悪魔ともなると簡単には人間の料理やお菓子が手に入らないらしく、ふたりともいたく感激していた。

「妖王さん、この島を出れば世界にはもっと甘くて美味しいものがいっぱいあるんですけど、良かったら私達と一緒に来ませんか?」

「行く行くぅ! 妾としても、邪王ちゃんが何をしようとしているのか興味が湧いてきたしねぇ」

 妖王は食べ物につられてご機嫌であった。

 たしかに、邪王はマオちゃんと妖王をそそのかして一緒に双神の宝物を奪った、その目的は何なのだろう?

 まあ何はともあれ、


【ようおうが なかまになった! ▼】


〈続く〉

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