第15話 瑠璃国の百鬼夜行

 私、神崎かんざきあやめ! 現実世界からゲームの世界に転移した極運の冒険者! 船が難破したけどなんとか瑠璃国るりのくにに到着しました!


 ひとまず私達を発見した百姓風の和服を着た男性から瑠璃国の情報を求めることにした。

「僕達はこの瑠璃国に巣食う妖王という邪悪な存在を退治するために冥府の海を渡ってきました。妖王はこの島のどこにいるかご存知ですか?」

「妖王かい? いやあ、俺たちもあの悪戯者にはほとほと困っているんだよ。妖怪を引き連れて畑の作物を食い荒らしたり、人間に悪戯したり……」

 どうやら妖王は『悪戯者』で片付く程度の被害しか出していないらしい。話を聞く限り、人を殺したりといった危害は加えていないようだ。

「妖王をなんとかしてくれるってんならありがてぇ。良かったら宿屋に案内してやるよ」

「ありがとうございます」

「俺たちは町の船職人を探してくるぜ。妖王退治頑張ってくれよ、勇者様!」

 船乗りたちとはそこで別れた。どうやらエルモードさんを勇者だと思っているらしい。でもまあ見た目からして主人公属性だしわかる。

 どうやら砂浜近くの町はそこそこ規模が大きいらしく、平屋が何軒も軒を連ねている。時代劇で見たことがあるような風景だ。

 その中で唯一二階建ての、立派な瓦屋根の宿屋に案内されて、男は去っていった。

 国が違うのに宿代を払えるだろうか? と不安に思っていたが、どうやら通貨はラピスラズリ王国と同じらしい。そういえばここ、ゲームの世界だったな。

 しかし西洋風の装備をしている私達は、周りの人間にじろじろ見られるのにはまいった。黒船で日本に来た異国の人々はこんな気分だったんだろうか。

「僕たちもこの国に合わせた装備をしたほうがいいかもしれませんね」

「エルモードさんは金髪だからどのみち目立ちそうですけどね……」

 などと会話しつつ、ひとまずこの国の武器・防具屋にあたる『呉服屋』に入って、新しい装備を新調した。

 普通に武士が着ているような鎧や兜もあるのだが、驚くべきことに和服だけでもかなりの防御力がある。

 つまり、普通に町中を歩いている通行人もかなりの防御力があるのか……? 何ここ、修羅の国?

 まあそれはおいといて、私達は着物を仕立ててもらい、着替えが完了した。

「さすがアヤメは和服がよくお似合いですね」

 エルモードさんは目を細めて微笑む。

「エルモードさんこそ……」

 金髪のイケメン外国人が和服を着ている和洋折衷の美しさは、ちょっと直視できなくてうつむいてしまう。

「我も着替えたぞ! うむ、この魚の模様、気に入った!」

 マオちゃんは黒い出目金と赤い金魚が泳いでいる模様の和服を仕立ててもらい、ごきげんである。

「ふふ、マオちゃんは何を着ても可愛いね」

「もっと褒め称えてもいいんじゃぞ~?」

「ハハッ、仲のいい親子だねえ。しかし、家族連れでよくあの冥府の海を渡ろうなんて思ったな。家族旅行にはちぃっと荷が重すぎたんじゃないかい?」

「……親子? 家族連れ……?」

 私とエルモードさんは呉服屋の店員の言葉にキョトンと顔を見合わせる。

 どうやら私達は家族とみなされているらしい。

「ハハハ、アヤメと夫婦というのも悪くないですね」

「エルモードさん、そういうの冗談でも軽々しく言わないでください」

「何故か怒られた……」

 エルモードさんが冗談で言う言葉は、私には重く受け取りすぎて冗談にならない。

「まあまあ、元気を出すんじゃぞ、パパ♪」

「やめろ」

 マオちゃんが悪ノリすると、エルモードさんは今までに聞いたことのないようなドスの利いた低い声で短く拒絶する。

 マオちゃんと親子に見られるの、本気で嫌なんだな……。

「今日のところは一度宿屋で休んで、明日周囲を探索してみましょう」

 エルモードさんの提案で、呉服屋を出た私達は再び宿屋に戻った。

 宿屋に着いた頃には日もとっぷりと暮れていた。

「お客さん方、早く宿に入ってくだせえ。夜になったら建物の中に入らないと危ないよ」

 宿屋の主人が慌てた様子で、私達を宿屋の中に押し込む。

「な、何かあるんですか?」

「百鬼夜行だよ。外に出てて奴らに見つかった人間はひどい目に遭うんだ」

 百鬼夜行。

 鬼や妖怪たちが行列をなして夜の町を跋扈する、アレか。

 私達は二階に取った部屋から百鬼夜行の様子を見ることにした。

 しばらく夜の真っ暗な町を眺めていると、不意に光が灯った。――人魂だ。

 町の外の暗闇から、人魂が飛んできて、やがて提灯を持った美女がしゃなりしゃなりと歩いてくる。しかしこの美女が人間ではないことは、何本も生えた狐の尻尾から明瞭であった。

 しかし普通、百鬼夜行の先頭といえばぬらりひょんという「妖怪の総大将」と呼ばれる妖怪のはずだが……。

「あれは、よーちゃんじゃ」

「よーちゃん? っていうと、妖王のこと?」

 マオちゃんの言葉に、私とエルモードさんに緊張が走る。

 まさか、こんなに早く妖王にお目にかかれるとは。

「どうします? 突撃しますか?」

「いや、やめておいたほうがいい。妖怪――魔物のたぐいだろう? 数が多すぎる。百や二百といった数じゃないだろう、アレは」

 確かに、百鬼夜行がしばらく宿屋の前を通っているが、列が途切れる気配はない。

 鬼にろくろ首に巨大な骸骨――あれはがしゃどくろというんだったか。とにかく様々なバリエーションの、おどろおどろしい姿の妖怪たちが列をなして町のど真ん中を行進していく。

 マオちゃんは魔物を通じて食料をもたらしていたが、あの妖怪たちは食べられるものではない、と容易に想像がついた。むしろ畑を荒らしているのだから、人間にとっては迷惑極まりない存在だ。

「宿屋の主人によると、妖怪は朝日が昇ると消えてしまうそうですが……明日、妖王の棲み家を探してみましょう。きっとこの近くに根城があるはず」

 エルモードさんはそう言って、敷かれていた布団の中にもぐりこんだ。

 確かに、これ以上百鬼夜行を見ていても手出しも出来ない状況だし、妖怪の行列は朝まで続くかと思えるほど長い。

 私もマオちゃんと一緒の布団で寝ることにした。

 ……それにしても、妖王がこんなことをする目的は何なのだろう。

 アレだけの妖怪たちを従えながら人間を滅ぼすでもなく、夜な夜な畑から作物を盗んだり、人間に悪戯をするだけ。

 善か悪かと問われれば間違いなく悪なのだが、極悪非道というほどでもない。

 妖王を仲間に引き入れるなんて、できるんだろうか――。

 そう思いながら、私の意識は眠りの中に落ちていった。


〈続く〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る