瑠璃国編
第14話 『冥府の海』の洗礼
私、
――目を覚ますと、私は砂浜で仰向けに寝転んでいた。
「あれ……? 私……?」
「おお、目が覚めたか、アヤメ」
声のする方を向くと、マオちゃんが火をおこして焚き火をしていたところだった。
「身体が冷えとるじゃろ。焚き火にあたって温まると良いぞ」
「ありがとう……あの、何が起こったの?」
「そうじゃなあ……」
ここまでの経緯を説明しなければなるまい。
「よーちゃん……妖王は、
マオちゃんの言葉に、私もエルモードさんも首を横に振る。
「瑠璃国は海にぽつんと浮かんどる島国じゃ。当然、海を渡らなければならないわけじゃが……」
マオちゃんは難しそうな顔をする。
「瑠璃国の周りの海は『冥府の海』と呼ばれておってな」
「め、冥府……?」
「ああ、もちろん本物の冥界ではないがの、嵐が頻発する荒れ狂った海じゃ。下手したら本当に冥府に連れて行かれる、命がけで渡らねばならぬ海じゃ」
「その海のおかげで、瑠璃国は他国からの侵攻を受けたことがない、と聞いたことはあります」
エルモードさんはうなずく。
「そ、そんな海、無事に渡れるの……?」
「まあ運次第じゃな。アヤメなら極運じゃし、まあ嵐が起こらん幸運もあるかもしれんし楽勝じゃろ」
楽勝ではなかった。
私達を乗せた船はひどい嵐に呑まれて、難破してしまったのである。
「マオちゃんが私達を運んでくれたの?」
「おうよ。大変じゃったんじゃぞ、嵐の中を往復して人間を飛んで運ぶのは」
「ありがとう……!」
船には私達三人しか客が乗っていなかったのは不幸中の幸いであろう。
周りを見ると、船乗りたちも助けてくれていたようで、おそらく全員砂浜に打ち上がっている。
「しかしアヤメはほとんど水を飲んでなかったからすぐ目を覚ましたのう」
「え? エルモードさんは?」
「まだそこで寝ておるぞ」
「息止まってない? え、エルモードさーーーーん!!」
私は慌ててエルモードさんに駆け寄り、生きているかどうか確認する。
息はしていないが、まだ心臓は動いている。応急処置すればまだ助かる!
ええと、こういうときどうするんだっけ。
学生時代、体育の時間で習った救急処置の方法を必死に思い出す。
まずは顎を上げて気道を確保。そうだ、人工呼吸をしないと。
私はエルモードさんの鼻をつまみ、薄く開いた口に自分の口を当てて空気を送り込む。
「アヤメ……いくら好いておる男とはいえ、寝込みを襲うのはどうかと思うぞ?」
「違うから! これ人工呼吸だから! しょうがないの!」
っていうかマオちゃんにエルモードさんが好きなことバレバレで恥ずかしい。
「ッ、ゲホッ、ガホッ」
何度か人工呼吸を繰り返すと、エルモードさんはゴボッと海水を吐き出して息を吹き返した。
「エルモードさん! 大丈夫ですか!?」
「……アヤメ……?」
エルモードさんはまだ意識が朦朧としているらしく、ぼんやりした目で私を見る。
やがてエルモードさんはギュッと私を抱きしめる。
「!? え、エルモードさん!?」
「良かった……無事で……」
「おい、エルモード。そんな冷えた身体でアヤメを抱きしめたらアヤメの身体がまた冷えるじゃろが。お前も焚き火にあたれ」
「……そうします」
エルモードさんは存外素直にマオちゃんの言葉に従った。マオちゃんに助けられたことには素直に感謝しているのだろう。
しばらく焚き火にあたっていると、周りで失神していた船乗りたちも目を覚まして、一同は焚き火を丸く囲んで会議をすることになった。
「どうする? 帰りの船が無くなっちまったぜ」
「だから冥府の海なんて渡りたくなかったんだよ」
「瑠璃国の船職人に新しく船を造ってもらうしかねえなあ。腕は良いって評判だし、どんな乗り心地か俺は楽しみだぜ? ポジティブにいかねえとな」
「おう、まあ、なんとかなるだろ」
「お客さん、そういうわけだから船が新しく出来るまで、この国に滞在しててくれ。不便かけてすまねえな」
「ああ、いえ。私達もしばらくはこの国にとどまるつもりでしたから」
船乗りたちはみんな気がいい性格のようで、私達にも人懐っこく話しかけてくれる。
すると、「おんやまあ」と知らない声が耳に届いた。
私達が一斉にその方向を見ると、現地人らしい和服を着た男性が立っている。江戸時代をモチーフにした世界観なだけあって、百姓のような格好であった。
「まぁたマレビトが打ち上がったかあ? しかし冥府の海を生きて渡れたとはアンタら運がいいなあ!」
つまり死人が上がる可能性もあったのか、と思うとゾッとする。今回は誰一人欠けずに命が助かったので極運で良かった。
こうして、冥府の海の洗礼をくぐり抜けた私達は、瑠璃国になんとか辿り着いたのであった。
〈続く〉
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