第13話 魔王のマオちゃんとラピスラズリの王

 私、神崎かんざきあやめ! 現実世界からゲームの世界に転移した新米冒険者! なんと魔王のマオちゃんが仲間になってくれました!


 マオちゃんに案内されて魔王の玉座のある大広間を通り抜け、岩がむきだしになったゴツゴツとした階段をのぼる。

 マオちゃんが重そうな岩をどけると、それは廃坑の蓋の役割をしていたらしく、差し込んでくる久しぶりの太陽の光に私は目を細めた。

「ここは……王都のすぐ近くですね」エルモードさんが呟くように言う。

 廃坑から抜け出ると、やはり山の中腹にはなっていたが、美しい湖の向こうに白亜の城と城下町が見える。

「……魔王がもし『双神の鏡』で魔物を増やして一気に侵攻されていたら、王都が危なかったかもしれないと思うとぞっとしませんね。確かに仲間にして正解だったかもしれない」

 エルモードさんはまだマオちゃんを信用してはいないらしい。こんなに可愛くていい子なのに。

「ひとまず角と翼と尻尾をしまって、と……これで少しは人間らしく見えるかの?」

 マオちゃんはかたつむりが角をしまうようにシュルシュルと魔王の印を身体の中に格納していく。こうしてみると、抱きしめたら折れてしまいそうな華奢きゃしゃな幼女だ。

「うーん、そのいかにも魔王っぽい服装をどうにかできれば完璧なんだけどなあ」

 現代日本ならビジュアル系に相当するんだろうか、黒コートにトゲ付きの鎖がジャラジャラ、どういう仕組みなのか裏地が赤の黒マントがマオちゃんの背中を覆うように浮いている。

 これは王都に入ったら浮く。いやダジャレではなく。

「そうじゃな、てぃーぴーおーは大事じゃ。王都などという時代の最先端をゆく大都会にふさわしい服を……」

 マオちゃんがパチンと指を鳴らすと、ポンっと音を立てて衣装棚が現れた。

「ちょいと待っておれ」

 マオちゃんは何故か衣装棚の中に入っていく。

 衣装棚の扉がパタンとしまると、中からドタンバタンと暴れるような音がしていた。中で何してるんだろう……。

 やがて着替え終わったらしいマオちゃんが衣装棚の中からキィ……と扉を開けて出てくる。

 現代日本で言うならば甘ロリ、だろうか。全体的に淡いピンクの、フリルやレースがこれでもかとふんだんに使用されたお人形さんみたいな服だ。

 マオちゃんは完全に人間の美幼女だった。

「かーわーいーいー!」

 私は思わず抱きしめて頬ずりしてしまう。

「フハハ、アヤメも我の魅了にメロメロじゃのう!」

「いや、レディにそういうのまったく効かないので関係ないですね」

 高笑いするマオちゃんに、エルモードさんは冷たく返す。

「そんなことより、早く王都に向かわないと日が暮れてしまいますよ。この山を降りなければならないのですから」

 それから私達は山を降りて、湖に沿ってレンガで舗装された道をたどり、王都に入った。

 王都の門を抜けると、商店街のように道の両脇に店が立ち並び、荷物を乗せた荷車を引く四足の魔物もいた。おそらくは魔車のように魔物使いが操り、引かせているのだろう。

 こういう、魔物を使役するのってマオちゃんはどう思うんだろう、と恐る恐るマオちゃんの方を見ると、存外彼女は目を輝かせていた。

「おお……王都でも人間と魔物が共存しておるではないか! これは我の目指す世界も遠くはないのう!」

(……レディ、魔王はおそらく魔物使いの存在に気づいていません)

 エルモードさんは私にそっと耳打ちする。

(ここは言わぬが花、というものでしょう。魔物が操られていることは黙っておいたほうが)

(そうですね……)

「ぬ? また内緒話か?」

 マオちゃんは不満そうな顔を浮かべているが、その姿はねた幼女にしか見えない。可愛い。

「ごめんごめん。でも、王都の様子見てどう? 魔物と人間が共存しているならもう満足じゃないかな?」

「そうじゃのう……王城に殴り込みしようかとも思っとったが、アヤメの仲魔になったからには双神の宝物を取り戻す手伝いはしなきゃならんし、王国征服はもうできんな」

 マオちゃんはサラッと恐ろしいことを言いながら、荷車を引く魔物に近寄る。

「おじちゃん! この魔物、触ってもいい?」

「ああ、いいよ。おとなしくてとてもいい子だからね」

 マオちゃんは本物の幼女のように無邪気な笑顔を浮かべて荷車の持ち主に話しかける。持ち主も快諾してくれて、マオちゃんは魔物の毛皮を撫でる。

 するとすぐに異変は起こった。魔物が「ブモォォォォォォ!」と牛のようないななきを上げてブルブルと身体を震わせて暴れ始めたのである。

「お、おい、どうしたんだ? ……俺の『魔物操作』が効かない!?」

「――おい、どういうことじゃ」

 魔物使いだったらしい荷車の持ち主が慌てていると、マオちゃんは硬く冷たい声を発する。その豹変に男はビクリと肩を震わせた。

「コイツは自分の意志で荷車を引いておったわけではない……クツワや拘束具を外せと暴れておる。『魔物操作』とはどういう了見じゃ?」

「な、なんだこのガキ……」

「ま、マオちゃん!? 何をしたの!?」

 私も慌てた声を上げる。

「なに、魔王たる我が魔物に触れば魔物に対する洗脳も解ける。それだけの話じゃよ」

「ま、魔王!? おいおい、冗談はたいがいにしてくれよお嬢ちゃん」

「おい、何の騒ぎだ!」

 そこに王城の兵士が駆けつける。私達の周りにはすっかり人だかりができていた。

「この子供が魔物に触った途端、魔物が暴れだしたんだ!」

「それに自分で魔王と名乗っている! コイツ、ただのガキじゃないぞ!」

「あーあー、わかったわかった。とにかく、営業妨害でこの子供と……保護者はあんたらか? 一緒に王城に連行する」

 兵士が私達をぐるりと取り囲む。

「おうおう、我もちょうど王城を見学したかったところよ。では参ろうか、アヤメにエルモードよ」

「面倒なことになった……」

 エルモードさんはハァァ……と、額をおさえてため息をついていた。


 ――ラピスラズリ王国、王都、王城。

 遠くの山から見ても巨大なのは見て取れたが、さすが国王の住む城といったところか。

 エルモードさんが自らを王子だと名乗り出ると、兵士たちは驚きつつ王座の間へ案内してくれた。

「おお、エルモードか」

 王座に座っている老王――エルドラド・アールモーデンが、エルモードさんを見て嬉しさのにじみ出た声を出す。

「お久しゅうございます、父上」

「お前が城を出たときはどうしようかと思っとったが……やっと王位を継承する気になったか?」

「いえ、それは兄上たちに任せます」

「その兄たちがワシの死を願って王位継承争いをしておるから困っとるんじゃ」

 国王はガックリした様子でうなだれる。

「まあ、いい。で、魔物を暴れさせた少女というのはそこな娘か?」

「ふん、こんなヨボヨボのジジイが国王だったとはの」

 マオちゃんは国王に向かって鼻で笑った。

「おい、陛下に対して無礼だぞ!」

 兵士の一人が、マオちゃんに向かって槍を向ける。

「これ、やめんか」

 国王が手で制する前に、マオちゃんが兵士を睨みつける。

「……我に、何を向けておる。クソ雑魚モブ人間の分際で」

「なにィ?」

「我がその気になれば、こんな城、火の海にして地獄に変えることも出来るんじゃぞ」

 マオちゃんは相当怒っているのか、自然と角や翼、尻尾が生えてきていた。

「ヒッ……!? 化け物だ!」

「散々魔物をこき使っておいて何を今更。魔物は見慣れておるんじゃろう? のう?」

「……なるほど。そなたが魔王であったか」

 一連の事態を静観していた国王が静かに口を開く。

「おうよ。我こそが、人間どもに食料を恵んでやっていた魔王様よ」

「その点は感謝しておるが……魔王というのであれば、生きて帰すわけにもいくまい」

 その言葉を合図に、兵士たちが一斉にマオちゃんを取り囲む。

「待って!」

 私は思わずマオちゃんと国王の間に割って入っていた。

「そなたは、極運の娘じゃな。双神教団から話は聞いておる。『双神の神器』を取り戻すために、ここまで魔王を連れてきてくれて大儀であった」

「違うんです、マオちゃんはもう私達のパーティーの仲間なんです!」

「……なに?」

 国王は眉を上げて不思議そうな顔をする。

「魔王を仲間に引き入れてなんとする?」

「真の悪は邪王なんです。マオちゃんは邪王にそそのかされて鏡を盗んだけど、本当は人間と仲良くしたかっただけなんです!」

「お、おい……やめんか恥ずかしい……」

 マオちゃんはポポポと顔を赤く染める。

「それで、邪王を倒すためには魔王と妖王を仲間にすれば……」

「悪魔同士で潰し合いというわけか。ふむ、悪くない考えじゃが……」

 わざと嫌な言い方をして、国王は顎を撫でる。

 そこへ、突然ズドンという音を立てて、雷が落ちてきた。……雷? ここ屋内だよね?

「エルドラド、魔王を処刑する必要はない」

 雷がおさまると、ラピス神とラズリ神が姿を現した。

「おお、ラピス様にラズリ様」

 国王は顔を綻ばせる。

 それとは対称的に、兵士たちは緊張した面持ちで平伏する。

「アヤメ、お互い血を流すことなく魔王を仲間に引き入れる手腕、たいへん見事なものでした」

「は、はぁ……どうも……」

 ラピス神は優しい微笑みで私を褒めちぎる。

 アレは話の流れでそうなっちゃっただけって感じなのでイマイチ褒められても実感がわかない。

「魔王にはこのままアヤメと同行してもらう。妖王は現在『瑠璃国るりのくに』にいる」

「瑠璃国……」

 瑠璃国は日本の江戸時代をモチーフにした和風の国だ。私が現実世界でゲームをしていたサーバーはラピスラズリサーバーだけだったので、ここから先は私の現実世界での経験も通じない、正真正銘未知の冒険となる。

「あ、そうだ、鏡、取り返したんですけど」

「いえ、アヤメが持っていてください。もしかしたら使うチャンスがあるかもしれません。結構便利な神器なんですよ?」

 ラピス神はいたずらっぽく笑う。

「父上、私はレディ・アヤメとともに瑠璃国へ向かいます。彼女とは相方契約をしていますし、魔王と二人きりにしたら危険ですから」

「こやつめハハハ。一度痛めつけたくなるのう」

 マオちゃんは笑顔で恐ろしいことを言う。

「そうか……ワシが兄たちに暗殺される前に戻ってきてくれると助かる」

「保証はできかねますがわかりました」

 エルモードさんは真剣な顔でうなずく。

 こうして、私達はラピスラズリ王国を飛び出し、次の旅へ出かけることになった。

 次の目的地、いざ、瑠璃国へ。


〈続く〉

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