第12話 魔王
私、
魔王の潜んでいる廃坑を見つけた私と相方のエルモードさんは魔王討伐のために準備を整えた。
具体的にはまずカジノに行って、盗賊団を見逃した冒険者たちのためにギルドの代わりに報奨金分のマニーを稼ぎ、冒険者たちに分配した。
「俺は何人捕まえた」「俺はもっと捕まえたからもっとよこせ」とゴタゴタはあったものの、最終的に全員が納得するマニーを渡すことが出来た。
それにしてもお金は人の心を貧しくする……。いや、『お金がない』という貧しさが人の心を貧しくするのか。
ギルドには盗賊団を解散させたと報告しておいた。結果的に盗賊たちはアサシンに転職して冒険者登録するために盗賊団を辞めて王都へと向かったので嘘は言っていない。
そして、サファイアの街で少し買い物をした。魔王の潜む廃坑はいわばダンジョンである。ダンジョンを瞬時に脱出できるマジックアイテムなんてものも売られているのは助かった。
あとは、自分たちが通った場所を自動的に記録してくれる魔法の地図。廃坑と言うからにはかなり入り組んだ構造をしているだろうし、マッピングを楽にするために必要なものだ。
盗賊団鎮圧クエストでアイテムはほとんど使わなかった(そもそも私とエルモードさんはほとんど戦闘をしていなかった)ので買い足しはしなかった。
こうして準備を整えた私達は再び魔王の潜伏している廃坑へと向かった。
「私達、二人だけで魔王を倒せるんでしょうか……」
「僕たちの呼びかけに応えてくれる冒険者がいなかったからこればかりは仕方ないね」
魔王の名を出すと、あんなに「魔王の城があったら冒険者が群がって魔王を倒しちまうよ」と豪語していた彼らは気まずそうな顔をしてそそくさと私達を避けた。
腰抜け共と罵りたいところだが無理もない話ではある。仮にもこの世界の神様の宝物を奪ってみせた悪魔だ。その宝物が武器かどうかはわからないが、もし殺傷力のあるものだったら人間などでは太刀打ちできないだろう。魔王自体の戦闘力も高いに違いない。
おまけに魔王は現時点で人間に魔物の肉や副産物という形で人間に食料をもたらす存在である。神のように崇める者はいないが、食糧問題が起こったら困るのは結局人間側である。
この世界に畜産の概念がないでもないのだが、牛や羊に相当する生き物は魔物に襲われて食べられてしまうし、魔物を繁殖させて畜産業として経営できるのは一部の魔物使いくらいだろう。
しかし、こんないびつな食料供給をいつまでも容認するわけにもいかないだろう。そこはエルモードさんと意見が一致した。
魔王に魔物を増やすのを止めさせればいずれは魔物は絶滅するかもしれないが、畜産業を発展させれば牛や羊は数が回復するはずだ。それまで魔物を狩ってもそう簡単には増えすぎた魔物は尽きないだろう。
私達はよし、と覚悟を決めて廃坑の立入禁止の看板を通り過ぎ、穴の中へ入っていった。
廃坑の中に『何か』がいるのは確からしく、穴の壁には
「魔物、倒して経験値貯めたほうがいいですか?」
「いや、体力やアイテムは温存しておきたい。なるべく避けて通ろう」
私とエルモードさんは通路の角に隠れて魔物をやり過ごしながら、複雑な構造になっている廃坑の分かれ道を勘で進んでいった。
昔は金山だったと言うだけあって、がむしゃらに掘ったのか、やたらと分かれ道が多い。
「カターリヤさんが仲間になってくれたら良かったのになあ……」
私は盗賊団の首領だった女獣人を思い出してため息をつく。カターリヤが廃坑の中の構造を知っていたかは知らないが、強そうだったしパーティーに勧誘できたら心強い仲間になってくれたに違いない。サバサバした気持ちの良い性格だったし、仲良くなれそうな気がしたんだけど。
ちょっとしょんぼりした私を見て、エルモードさんは少し寂しそうな顔をする。
「僕だけでは不満ですか、レディ?」
「あ、いえ、そういうわけではないんですけど……!」
私は慌てて手をブンブンと振る。
「僕はアヤメと二人きりで冒険できるの、楽しいですよ」
「うーん、でも、魔王相手に二人はちょっと心細いというか……もう少し数が欲しかったなって……」
そう言うと、エルモードさんは不満そうな表情を浮かべるのである。
私達二人で魔王を倒せる自信があるんだろうか? いくら極運でも、魔王に太刀打ちできるかなんてわからないのに。
「そ、それより、早く先へ進みましょう! 今のところ行き止まりにはなってないですし、もしかしたら道が合ってるのかも!」
「個人的には、地図を埋めたかったんですけどね」
エルモードさん、マッピング好きなんだな……。RPGプレイヤーによくいる、行き止まりまで調べて地図を埋めないと気がすまないタイプ……。
トロッコの線路を辿って下り坂を降りていくと、鉄の扉があった。まだ真新しい。最近立てつけられたもののようである。
「うわぁ、いかにもボス戦直前って感じ……」
「やっぱり一度引き返してマップ埋めませんか?」
「時間がもったいないので却下です」
私は両開きの扉を押した。
キィィ……と甲高い音を出して、扉が開いていく。
もともとは採掘場だったのであろう広い空間が、大広間になっていた。廃坑からいきなりお城に来たような妙な錯覚を覚える。
そして、奥にある玉座に座っているのは――
「フハハ! よく来たな人間! 我こそが、ラピスラズリ王国に混沌をもたらす魔王である!」
――えらそうにふんぞり返る、幼女。
「可愛い~~~!」
「こ、これ、抱きつくでない!」
私は瞬間ダッシュして自称魔王の幼女を抱きしめていた。
「アヤメ! 何してるんですか! 魔王ですよ!?」
「こんな可愛い女の子が魔王なわけないじゃないですか。お嬢ちゃん、歳はいくつ? こんなところで遊んでたら危ないよ?」
「ええい、我を馬鹿にするな~!」
突然、怒り出した幼女の背中から、バサッとコウモリのような翼が広がる。頭からは角も生えてきていた。
「マジで魔王だ!?」
「だからそう言ってるであろうが! ナメてるのか人間!」
……と、なんだか展開がグダグダになってきてお互い戦意が削がれたので、大広間のど真ん中にちゃぶ台を置いて話し合いをすることにした。
「マオちゃんはなんで双神から宝物を盗んだの?」
「ま、マオちゃん……?」
「魔王だからマオちゃん」
魔王に対してめちゃくちゃフランクな態度になっている私を、エルモードさんは若干引き気味に見ている。
「お前ほんとに我をナメてるな。……まあいい。我の目的はもちろんラピスラズリ王国を征服することである」
「世界征服という途方も無い夢を叶えるために、まずは地盤として国の征服からってことね。地道に頑張っててえらい!」
「いや全然えらくないですよレディ。一応僕の父が治めてる国ですよ?」
マオちゃんに甘々な私に、呆れながらツッコミを入れるエルモードさん。
「そ、そうか……? えらいなんて初めて言われた……」
マオちゃんはほんのり頬を赤く染めた。可愛い。
「そ、それでな、人間は食べ物に困っていたから、肉が美味しい魔物をこの『双神の鏡』で増やしてな? そしたら人間と魔物は仲良くなれて最終的に魔物を支配している魔王である我がラピスラズリ王国の頂点に君臨できるって邪王が言っとったんじゃ」
「邪王って、一緒に双神の宝物を盗んだっていう悪魔?」
人差し指を合わせてもじもじしているマオちゃんはコクンとうなずいた。
「ゴブリンや食べ物にならない魔物が増殖していたことに説明がつかないのですが」
「あいつらは鏡を使わなくても勝手に増えるからの。まあ食べ物だけでなく兵隊も必要だと思っとったので放置しとったが」
エルモードさんの追及に、マオちゃんは平然と答える。
「……あの、エルモードさん」
私はエルモードさんのマントをちょいちょい引っ張ってヒソヒソ話を始める。
「もしかしてマオちゃん、本当は悪い子じゃないけど邪王ってやつに騙されてる感じじゃないですか……?」
「魔王にいい子もなにもないと思いますけど……」
「だって、人間と魔物が仲良くなれたらいいなって思ってる子ですよ? 絶対いい子ですって」
「そうかなあ……」
「なにコソコソしとるんじゃ? 我も混ぜろ!」
「あっ、ごめんねマオちゃん」
「マオちゃん、その邪王って悪魔は双神から何を盗んだの?」
「剣じゃ」
「剣?」
「――『双神の剣』か……!」
エルモードさんは苦々しく顔を歪める。
「剣ってことは武器ですよね。やばいやつですか?」
「ヤバいなんてもんじゃないですよ。双神が神話の中で巨人の鍛冶師に造らせたという、神かラピスラズリの王族にしか振るうことを許されない伝説の武器。一振りで山を断ち切るほどの光の刀身を持つという……」
ビームサーベルみたいなもんか……? いや、ビームサーベルって言った途端、なんか凄みというか有り難みが薄れたな。
「今のお前らでは双神の剣を持った邪王は倒せそうにないのう。ただでさえ邪王は我ら三柱の悪魔の中でも一番ずる賢いからの」
そうだね、実際マオちゃんも騙されてるからね。
「――よし、我も地上に出る。人間と魔物がどの程度仲良くなったかも見ておきたいし、お前、いいやつだから気に入ったぞ。我の配下になることを許す」
「え? マオちゃん、仲間になってくれるの!?」
「あくまで我のほうが立場は上じゃからな!」
「へへぇーっ」
「…………魔王はここで倒しておくべきでは?」
マオちゃんの言葉に悪ノリしていると、エルモードさんは感情が死んだ目で剣を抜きかけていた。
「ワーッ! エルモードさん落ち着いて! 大人になりましょうここは!」
私はエルモードさんを必死に制止するのであった。
【まおうの マオちゃんが なかまになった! ▼】
〈続く〉
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