第8話 双神教団とエルモードの正体

 私、神崎かんざきあやめ! 二十五歳の新米冒険者でパーティーの姫! 最近『スクロール』という魔道具での攻撃を覚えました!

 先日の緊急クエスト『ゴブリン退治』で財宝を手に入れて懐が潤ってから数日経った頃。

 宿屋の一階にある食堂で相方のエルモードさんと朝食をとろうと二階の部屋から降りてくると、食堂は人々で賑わっていた。

「こんなに人がいるのは珍しいですね」

「そうだね」

 私が話しかけると、エルモードさんも不思議そうに首を傾げる。

 ここ、ガーネットの街は大きな街とはいえゲームで言えば序盤の街である。ここで先立つものを稼いだ冒険者はクエストレベルの低さに飽きてきて、さらなる冒険と巨額の報酬を求めて他の街へと旅立つ者も多い。

 この宿屋が酒場も兼ねているとはいえ、こんなに盛況なのは初めて見た。

「おや、アンタたち、知らないのかい?」

 宿屋と食堂兼酒場を切り盛りしているおかみさんが私達に話しかける。

「なんでも近いうちに王都から双神そうしん教団きょうだんが巡礼に来るって言うんでね、見物人が大勢ガーネットの街に押しかけてきてるのさ」

「そうしんきょうだん?」

 今度は私が首を傾げる番だった。

「おや、アンタ双神教団も知らないのかい? そういえば変な服着てたし、他の国からの旅人なら知らなくても仕方ないか」

 変な服、とはこの世界に来た時に着ていたジャージのことであろう。この世界では珍妙な服に見えるらしく、私は外国から来た旅人だと思われていた。

「双神っていうのは双子の神様、この国で崇拝されているラピス神とラズリ神のことさ。双神教団はその双子の神様を崇拝している宗教団体。双神教はこのラピスラズリ王国の国教だからね、双神教団は王家と並ぶほどの強大な権力を持っているんだ。外国から来たからって失礼な真似するんじゃないよ?」

 宿屋のおかみさんは人差し指を立てて、子供に言い聞かせるように私に忠告した。

「ふーん……宗教かあ。私のいた国ではいろんな宗教があったけど、無宗教って人も多かったからあんまりピンとこないや」

「へえ~、アンタ変わった国に住んでたんだね。神様に頼らずに生きていくなんて相応の信念がなきゃ難しいだろ」

「いや、逆だよ。信念も何もなく、ただ無為に日々を過ごす人が多かった」

 ニートだった私のように。

「はぁ~、やっぱ神様がいなきゃ人はダメになっちまうね」

 そういうものなんだろうか。

 私は前世では神様に嫌われてたかのように不運な人生を過ごしていたから分からない。

 私もなにかの宗教に入信していれば、神様は私を見てくれただろうか?

「……そうか、双神教団が……」

 エルモードさんはブツブツと独り言をつぶやいていた。

「エルモードさん?」

「……ああ、いえ。朝食にしましょう。おかみさん、お願いします」

「あいよ」

 腕っぷしの強そうなおかみさんは、他の客の重そうな皿やビールジョッキを軽々と運んで、私達の朝食も運んでくる。

 やがて、同じ宿屋に泊まっている他の冒険者達も食堂に降りてきて、私達は軽く挨拶する。

「極運の嬢ちゃん、今日はどこに冒険に行こうか?」

「今日もその強運、期待してるぜ」

「うーん、とりあえずギルドに行ってクエスト一覧を見ないとなんとも言えないですね」

 ベーコンを下に敷いた目玉焼きをかじりながら、冒険者たちと会話を楽しむ。

 エルモードさんは押し黙っていて、どうしたんだろうと思っていたが、やがて彼は真剣な表情で顔を上げた。

「レディ・アヤメ。大事なお話があるのですが、よろしいですか?」

「は、はい、なんですか?」

 なにか重大な内容のようなので、私は緊張感を抱きつつエルモードさんに向き直る。

「そろそろ僕はガーネットの街を出ようと思います。君にも僕の旅についてきてほしい」

「そりゃ、相方だからついていきますけど」

 唐突な話だなと思いながらも、私はなんとかうなずく。

 しかし、他の冒険者達はただならぬ雰囲気を出し始めた。

「おいおいエルモードさんよぉ、随分急な話じゃねえか」

「極運の嬢ちゃんは置いてけ。俺たちには極運が必要なんだよ」

 極運。運のパラメータがカンストした貴重な人間。おそらくこの世界を見渡しても私くらいしかいないほど珍しい。

 極運をパーティーに入れるだけで通常ドロップが二倍、レアアイテムのドロップ率も大幅に上がるというのだから、冒険者たちは誰もが私をパーティーに誘いたがる。

 おかげさまで、私は前世の穀潰し呼ばわりから一気に『パーティーの姫』に成り上がっていた。

 ……たしかに、前世と比べれば他人に必要とされるのは嬉しい。

 でも、必要とされているのは『私』ではなく『私の運』だ。だから冒険者達は私を置いていけという。

「僕はアヤメの騎士ナイトです。常に行動を共にしなければならない。そして、理由ワケあって僕はこの街を出なければならない。つまり、レディ・アヤメは僕と一緒に街を旅立たなければならないのです。それを邪魔しようと言うのなら――この『白き光』と呼ばれた僕と戦って勝てる自信はお有りですか?」

「ぐっ……」

 エルモードさんの言葉に、冒険者たちは声を詰まらせる。

 ガーネットの街は序盤の街だ。そのぬるま湯に浸かっていつまでも簡単なクエストで日銭を稼いで暮らしている並の冒険者では、レベル八十のエルモードさんには勝てない。

 ……どうでもいいけど、『騎士ナイト』って響き、なんだかドキドキする。

 エルモードさんが、私の騎士ナイトかあ……。

 文句を言う冒険者達を黙らせたエルモードさんは、朝食を終えると私を伴って宿屋をチェックアウトする準備を整える。私も少ない荷物をまとめて、忘れ物がないか確認したあと、泊まっていた部屋を出た。

「レディ、急ぎましょう。双神教団が到着する前にこの街を出たい」

 教団が来る前に? どういうことだろう。

 しかし、既に遅かったようだ。

 ガーネットの街を出入りするための門の前に、いかにも僧侶という出で立ちの男たちが立っていた。

 おそらく彼らが双神教団なのだろう、と私にも容易に推測できた。

「エルモード様、お久しゅうございます」

 長く白いあごひげを生やした年配の僧侶が深々とこうべを垂れる。

「……待ち伏せしていたのか」

 エルモードさんはどこか冷ややかな温度を感じさせる声音で問いかける。

「エルモード様が極運の娘と行動を共にしていることは我々もかねがね風の便りに伺っておりました」

「それで巡礼の旅とうそぶいて私を追ってきたわけか」

 エルモードさんは私をかばうように背中に隠しながら、僧侶たちを睨みつける。

「あの……双神教団とエルモードさんはお知り合いなんですか?」

 私はエルモードさんの背中からちょっとだけ顔を覗かせて僧侶に問う。

「王都にいる者でエルモード様を知らぬ者はおりませぬ」

 おじいさんの僧侶は白いあごひげを撫でながら、これまた白く長い眉毛で隠れた目をこちらに向ける。

「……そうだ。アヤメには言っていなかったが、私はラピスラズリ王国の第三王子、エルモード・アールモーデン。王都を出奔しゅっぽんし、今はしがない冒険者だ」

「だ、第三王子……!?」

 アールモーデンという名字はラピスラズリ王国の王家の名字だ。だから、エルモードさんは私にも名字を伏せていたんだ。

 エルモードさん、王子様オーラあるなあと思ってたけど、本当に王子様だったんだ……!

「エルモード王子、その極運の娘をこちらにお引渡しください。今なら国王陛下――エルドラド王も無断の出奔をお許しくださいます」

 教団の僧侶たちはお願いというより強制といった感じで、ぐるりと私達を包囲する。

「アヤメをどうするつもりだ?」

 エルモードさんは獣が牙をき出すように殺気立っている。

「この世界に二人と存在しないと言われるほど珍しい極運……この娘こそ巫女に相応しいと思いませんか?」

「極運の巫女……なるほど、双神に捧げるに相応しい人材だ。レディ、貴女はどう思いますか?」

 エルモードさんは私の意見を聞きたいというようにちらりと見る。

「え、嫌ですよ。私まだまだ冒険したいし、宗教にはいい思い出がないんで」

 前世で最凶に不運だった私は、何度もインチキ宗教に引っかかりそうになった嫌な思い出がある。結局入信はしなかったけど、アイツら勧誘がしつこいのなんの。

「そんな、アヤメ様! ラピス神とラズリ神にその豪運の恩恵を授かりながら、双神に身を捧げないと!?」

「その『身を捧げる』って言い方めっちゃ不穏なんですけど、もしかしてお宅の教団、生贄の儀式とかやってます?」

「当宗教はそんなに物騒ではありません! 不敬ですよ!」

 若い僧侶がカンカンに怒っている。

「レディ、双神教はこの王国では国教です。侮辱すると罪に問われますよ」

 そういえば、宿屋のおかみさんもそんなこと言ってた気がする。

「そんなことより、なんとか逃げる方法を考えないと。エルモードさんが王子様って事実で頭が回らないけど、とりあえずこの教団に捕まったらヤバそうな気がするんですが」

「ええ、僕も王都の城に連れ戻されるでしょうね」

 そして私は巫女にされる。

 つまりは、ここから逃げないと私達の冒険はここで終わってしまう。

 しかし、僧侶たちにぐるりと取り囲まれて、逃げ場はどこにもない。

 戦うしか無いか? 『白き光』のエルモードさんなら無双できるだろうし、私にもスクロールがある。

 しかし、人間相手に攻撃するのは抵抗があるのは確かだった。

 どうしたものか迷っていると、そこへ天から光が降り注いだ。

「えっ、な、なに!?」

 私は突然のことに戸惑う。

「おお、これは天の梯子はしご! ラピス神とラズリ神がご降臨なされるぞ!」

 教団の僧侶たちは、全員ひざまずいて祈りを捧げるポーズをとる。

「えっ、神様実在するの!?」

「モンスターや魔王がいるのですから、そりゃ神様だっているでしょう」

「いやいやいや」

 エルモードさんも、さも当たり前のように答えるもんだから、私はますます困惑する。

 あれ、ゲームでこんな設定あったっけ? 神様とか会ったことないから分かんない。

 混乱している間にも、双子の神様は天から舞い降りてきていた。

 人間で言えば十代くらいの年頃の、男女の双子だ。姉のラピス神と、弟のラズリ神。性別が同じだったら見分けがつかなかっただろうというほどによく似た顔をしている。

 降臨した双子の神様のうち、姉のほう――ラピス神がこちらへ優しく微笑みながら話しかける。

「貴女がアヤメ・カンザキですね。この世界は楽しめていますか?」

「え、ああ、はい……」

 私は戸惑いながらもなんとか言葉を返す。

「我々がお前をこの世界に喚び出した理由は唯一つ。その極運の力で我々の宝を取り戻して欲しい」

 弟のラズリ神は随分と不遜な態度で話しかけてくる。いや、神様なんだからこのくらいが普通なのか。

「神様の、宝……?」

「この世界のことは貴女もよくご存知かと思いますが、主要な国は三つ。このラピスラズリ王国と瑠璃国るりのくに、そして黒曜こくよう帝国。他にも小さな国はいくつかありますが、まあこの三つの大国に吸収されるのも時間の問題なので考えなくて良いでしょう」

「我々の宝はそれぞれの国の悪魔たちに奪われてしまった。そのせいで我々も力を失い、宝を取り返すことが出来ない。お前が極運の巫女になっても我々の力は取り戻せないので根本的な解決にはならない。だからお前に悪魔たちを倒して欲しい。そのために前世のお前の不運を反転させ、召喚に成功した」

「貴女の不運パワーがあまりにも強くて、召喚エネルギーとしては申し分なかったわ」

「いや、どういう理屈での召喚成功?」

 不運パワーを反転させて召喚エネルギー? まったく意味が分からんぞ。

「どうせお前には理解できない理屈だから話を進めるぞ。まずラピスラズリ王国の魔王。瑠璃国の妖王ようおう。そして黒曜帝国の邪王じゃおう。この三体の悪魔を倒して、双神の鏡、双神の宝玉、双神の剣を取り戻して欲しい」

「え、でも、魔王を倒したら食糧問題が発生するのでは……?」

「それは問題ない。そもそも魔王は双神の鏡を使って魔物を増殖させている。鏡さえ取り戻せば、我々が食べ物を増やして食糧問題を解決させることが出来る」

「な、なるほど」

 私がこの世界に喚ばれた事情はだいたいわかった。

 要はこのチート能力を使って魔王、妖王、邪王を倒せばいいと。

「……その旅に、エルモードさんを連れて行ってもいいですか?」

「もちろん。大切な相方ですものね?」

 ラピス神は優しい微笑みを浮かべている。

 全部お見通しなんだな。さすが神様。

「エルドラドには話を通しておく。エルモード、アヤメを頼んだぞ」

 ラズリ神も了承してくれた。

「……は。双神の尊きお言葉とあらば」

 エルモードさんは双神の眼前で跪き、敬意を示す。

 そして、双子の神様はお互い手を繋ぎ、

「ラピスラズリ王国に栄光あれ」

 とのたまうと、スーッと浮かび上がって天の梯子を昇り、天に帰っていった。

「双神のみ言葉とあらば仕方ない。アヤメ様、貴女の旅に幸運をお祈りいたします」

「あ、はい」

 双神教団の僧侶たちは私にまで女神のように祈りを捧げると、その場を立ち去った。

 ガーネットの街の門には、私とエルモードさん、そして私達と双神教団のやり取りを見ようと集まった野次馬たちが残った。

「いやぁ、まさか双神教団どころか神様までお目にかかれるとはなぁ」と野次馬たちは和気あいあいとその場を去っていく。

 私とエルモードさんだけが、ガーネットの街の前に立っていた。

「……よろしいのですか、レディ・アヤメ。私――いや、僕は君にも素性を隠していたというのに」

「エルモードさんが身分を隠さなきゃいけない事情があったわけですし、別に気にしてませんよ」

 ラピスラズリ王国の王子様が冒険者に身をやつしているなんて、下手したら国家ぐるみの大問題だろうし。

 そう思っていると、不意にエルモードさんが私の手を取って跪く。

「……僕は誓いを立てましょう。何があっても僕は貴女を裏切らない。何があっても僕は貴女を見捨てない。何があっても僕は――貴女を守ってみせましょう」

「そのわりには私、キラービーに刺されたり氷漬けのエルモードさんに置いてけぼりにされたりしましたけどね」

 私は冗談めかして笑う。

「…………お恥ずかしい限りです。もっと精進します……」

「あはは、冗談ですよ! これからも私の相方でいてください」

「ええ、僕は貴女だけの騎士ナイトです」

 ……笑って背中をバンバン叩こうと思っていたのに、そのセリフは不意打ち過ぎる。

「では、行きましょうか、レディ。まずは近隣の街を巡って魔王の居場所を突き止めましょう」

「……は、はい」

 こうして、私とエルモードさんは二人でガーネットの街を旅立ったのであった。


〈続く〉

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