第7話 クエスト『ゴブリン退治』とアヤメの秘密兵器

 私、神崎かんざきあやめ! 二十五歳の新米冒険者! 毒針を打てば相手は必ず死ぬ。

 エルモードさんに連れられて魔術工房に行った次の日。

 私はある『秘密兵器』を手に入れて、フンスフンスと鼻息荒くガーネットギルドへ向かっていた。

「気合い充分だね、レディ」

「だって、早く秘密兵器、試してみたいんですもん!」

 優しく微笑む相方のエルモードさんに、私は笑顔で荷物袋を持ち上げる。

「今日はどんなクエストがあるのかな~! あー、楽しみ!」

「命がけのクエストもあるというのに、レディは頼もしいな」

 呆れたような微苦笑を浮かべるエルモードさんを見て、ちょっとはしゃいでいる自分が恥ずかしくもある。

 ……でも、エルモードさんは随分と私に素の顔を見せてくれるようになったな、と思う。

 出会ったばかりの頃は、どこかよそ行きの顔というか、呆れた顔なんてしてなかったんじゃないかな。

 それはきっと、私に少しは心をひらいてくれたということで、なんだか嬉しい。

 ――さて、ガーネットの街、ガーネットギルド。

 ギルドに入ると、なんだか冒険者も受付嬢もみんな慌ただしい様子だった。

「どうかしたんですか?」

 私が受付嬢に訊ねると、

「ああ、アヤメさん。緊急クエストが今朝入ってきたんです」

 緊急クエスト。

 ゲームをやってるときもたまに入ってくる、まあ突発的なイベントみたいなものだ。

 たいがい強敵ボスに対して冒険者たちが力を合わせて立ち向かうレイドバトルが多い。

「それで、緊急クエストの内容は?」

 エルモードさんの質問に、受付嬢は答える。

「ゴブリン退治です」

 ゴブリン退治……しょ、しょぼい……。

 でもそういえばここ、序盤の街だったね……。昨日の氷の魔神討伐がレベルおかしかっただけで。

「レディ、ゴブリンだからといって侮ってはいけません。ゴブリンは倒しても食料にならないけれど、凶暴で危険な生物であることには変わりないからね。数が増えてきたタイミングでときどき王都から駆除依頼が入ってくるんだ」

 そういえば、ラピスラズリ王国というくらいだから、当然首都として王都はある。ゲームの中で行ったことあるけど、やたら大きな街で徒歩では移動に苦労する。

 ゲームだとワープシステムがあるから楽だけど、この世界だとどうなんだろう? あるのか、ワープシステム。

 ――いや、今はそんなことよりクエスト受注だな。

「ゴブリン退治、お引き受けいただけますか?」

「もちろん。ゴブリンが増えて街を襲ったら困りますし」

「おっ、極運の嬢ちゃんが参加するなら俺も行くぜ」

「俺も俺も。ゴブリンってレアアイテム落とすのかな?」

「レアアイテムがなくてもドロップマニーが増えれば言うことなしだ! いざ、ゴブリン退治へ!」

 私がクエストを受注すると、周りの冒険者たちの士気も高まってきたようだった。

 極運。運のパラメータがカンストした人間。おそらくこの世界に私ただ一人しかいないだろうというくらいの珍しい存在だ。

 最初は「運のパラメータがカンストしたところで何の役に立つの?」という感想だったが、ドロップするアイテムやマニーが倍増したりレアアイテムをドロップしやすくなったり、攻撃に関しても必ずクリティカルヒットが出たり(ただし攻撃力は1なので毒針など即死効果のある武器のほうが効果的)と、チート的なパラメータであることが判明した。

 いまや冒険者達にひっぱりだこで、守られっぱなしの「パーティーの姫」である。

 ――ただ、私は守られっぱなしは性に合わない。ゲームでもバリバリアタッカーだったのでむしろこの状況は落ち着かない。

 そこで、昨日手に入れた『秘密兵器』の登場である。

 私は荷物袋の中のそれを手の感触で確かめながら、ワクワク気分でゴブリン退治へ向かったのであった。


 ゴブリンはどうやら洞窟を根城にしているようだった。

 冒険者たちは私を守るように囲んで、洞窟の中に入っていく。私の隣には、相方のエルモードさんが敵襲に備えて目を光らせている。

「レディ、秘密兵器を試したくてワクワクしているのはわかりますが、どうか油断なさらぬよう。ゴブリンは凶暴なわりに知能も高い生物です。この洞窟に罠をはっているかもしれない」

「あ、ワクワクしてるのわかっちゃいます?」

「レディは顔に出やすいタイプですからね……」

 なにそれめっちゃ恥ずかしい。

 すると突然、目の前に何かが落ちてきた。

「うわっ!」

 私の前を歩いていた冒険者が何か液体のようなものに包まれてゴボガボともがいている。――スライムだ!

「まずい、スライムに呑まれて窒息死するぞ!」周りの冒険者たちがにわかに騒ぎ出す。

「――燃え立つ炎の魔法! ボーマ!」

 エルモードさんは素早く呪文を唱え、指先から火球を飛ばす。

 小さな火球だったが、スライムの弱点は炎だ。ボッと炎を当てられたスライムはすぐに冒険者を解放して液体を引きずるように逃げ出した。

「大丈夫か!?」冒険者の一人が、スライムに呑み込まれた冒険者に駆け寄り介抱する。

「ゲホッ、ゴホッ……た、助かったぜ、エルモード……」

「いえ……しかし、ゴブリンはこういった自然の罠を使って侵入者を撃退しているんだな。まったく油断も隙もない」

 エルモードさんの言葉に、背すじがゾゾッとする気持ちだった。

 あのスライム、もう少しタイミングが遅かったら、あるいは私がもう少し先を歩いていたら、私に落ちてきてたんだよな。まったく、私は運がいい。これも極運の力か?

 ――そして、それに気づいた冒険者たちの提案により、私はパーティーの先頭を歩かされていた。

「私、罠よけに利用されてません?」

「実際利用されてるよ」

 私の隣を歩くエルモードさんは、口に手を当てクツクツと笑っている。

「みんな私の極運だけが目当てなのね……」

 私はよよよ、と泣く真似をする。

「レディ、たしかに皆、君の運を頼りに集まってくるが、君も満更まんざらではないのでは?」

「そりゃ……今までの人生でこんなに他人に頼りにされること、なかったし……」

 私が元いた世界では、私はいじめられたり穀潰ごくつぶしとののしられたり散々な前世だった。

 ゲームでも、私はアタッカーだったから感謝されないではなかったが、それよりヒーラー……回復役のほうが重宝されていた。

 ああ、私もヒーラーだったらあんなふうにチヤホヤされてたのかな、とうらやんだものである。

 だから、この世界――『ワールド・オブ・ジュエル』の世界に来てからというもの、チヤホヤされすぎて逆に困惑するほどであった。

 さて、私が先頭にいたおかげか、件のスライム以降は罠が発動することもなく、私達は洞窟の最奥さいおうにたどり着いた。

 どうやら洞窟の最深部はゴブリンの住処すみかになっているようだった。ゴブリンが掘って拡張したのか急に広まった空間になっており、いくつか住居のようなものも建っている。

 ゴブリンはすぐに私達の存在に気づき、仲間を呼んで大量のゴブリンが集まってきた。

 全身緑色の醜い小人は、手に石斧を持ち、応戦態勢を整えている。

「緊急クエスト『ゴブリン退治』クリア条件はゴブリンの殲滅せんめつだ!」

「ひらけた場所で敵の数も多い! 囲まれたら厄介だぞ!」

「極運だけは絶対に守れ!」

 冒険者たちは慌ただしく陣を組む。私をゴブリンから遠ざけるように自分たちの肉の壁で守りを固め、剣を持った者は先頭へ、弓を持った者や魔法使いは後方へ。私は一番後ろだ。傍らにはボディガードのようにエルモードさんが控えている。

 そして、私達冒険者対ゴブリンの戦いが始まった。正直、ゴブリンがこんなに繁殖しているとは思っていなかった。圧倒的に冒険者よりゴブリンのほうが数が多い。数の上ではこちらがされている。

「撃て撃て撃てー!」

「弓も魔法もじゃんじゃん持ってこい!」

 冒険者達が必死にゴブリンと格闘している中、

「エルモードさん、ゴブリン、もう全員出てきましたかね?」

「おそらくは」

「じゃあ早速アレを……」

 私は荷物袋をゴソゴソと漁り、『秘密兵器』を取り出す。

 古びた茶色の紙で出来た巻物を開き、私はそこに書かれた呪文を読み上げる。

「――は神のいかずち。すべての罪ある魔物を打ち砕く神罰の雷光。おそれよ。あがめよ。ラピスとラズリの名の下に――雷魔法、サンダリオン!」

 呪文の文字部分が光った紙の巻物がボロボロに崩れると同時に、視界に見えるすべてのゴブリンが雷に打たれ、カッと光ったのち、黒い炭になって消えていった。

 冒険者たちはポカンと口を半開きにしたのちに、「!? 今の、お嬢ちゃんがやったのか!?」と騒ぎ出した。

「嬢ちゃん、いつの間にそんな高等魔法を!?」

 ちなみにこの世界の魔法の名前には規則性があり、例えば雷魔法はサンダマ→サンダス→サンダリオンの順に強くなっていく。エルモードさんがスライムを撃退する際に使った『ボーマ』は下級魔法だ。

 サンダリオンになると、威力は最大の上に全体攻撃魔法になる。魔法は強力になればなるほど呪文が長くなり、詠唱に時間がかかる。冒険者達に守られている後衛だからこそ使える魔法だ。

「いえ、この魔法は『スクロール』です」

 エルモードさんは冒険者たちに説明する。

「スクロール!? 魔法が使えない人間でも魔法が使えるように簡易的に術式を刻んであるっていうアレか!?」

「しかしサンダリオンって上級魔法じゃねーか! いくらするんだよアレ……ゴブリン退治に使うにはコスト高すぎるだろ!」

 補足すると、スクロールの魔法は使う人間のMPも魔法攻撃力も関係ない。決まったダメージを敵に与える。要はアイテム扱いである。

「皆さんがゲスト報酬でくださるマニーでまかなっています。それに、アヤメは少しでも皆さんの役に立ちたいとスクロールを買ったのです」

 そう言って、エルモードさんは優しいまなざしで私を見る。イケメンにそんな目で見られたことのなかった私は、少し気恥ずかしい気持ちになる。

「嬢ちゃん……」

「レアアイテムが手に入るだけでありがてえのに、いい子だなあ……」

 冒険者たちは目をうるませて感激している様子だった。

 私としてはただ黙って突っ立って戦闘を見守るのが嫌だっただけなので、感謝されるいわれはないのだが。

「しかし、流石にゴブリン倒してもレアアイテムはドロップしねえかあ」

 ゴブリンの群れが消し炭になった場所を見ると、マニーや薬草などのちょっとしたアイテムは山のように落ちているが、レアと言うほどの珍しいアイテムはない。それはまあ、ゴブリンは凶暴とはいえ雑魚のうちに入る、数だけやたら多い魔物なので当たり前かもしれないが。

 そこへ、ゴブリンの住居を調べていた冒険者達が血相を変えて飛んでくる。

「おーい! こっちにゴブリンが蓄えた金銀宝石が山のようにあるぞ!」

「マジかよ!?」

 そうか、ゴブリンには宝物を集めて蓄える習性があったんだっけか。

 私達は、宝物の山をこの緊急クエストに参加した冒険者たち全員で山分けして、意気揚々とガーネットの街へ帰ってきたのであった。


〈続く〉

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