第6話 クエスト:氷の魔神討伐

 私、神崎かんざきあやめ! 二十五歳の新米冒険者! 今日はガーネットの街から北の外れにある氷の洞窟で『氷の魔神討伐』というクエストをするよ!


 現在の状況、全滅寸前。


「エルモードさん! しっかりしてください! エルモードさん!」

 中高生くらいの若い冒険者六人は既に氷漬けにされている。氷漬けの状態になると行動不能になるのはゲームと一緒だ。

 そして、彼らが頼りにしていたゲストのエルモードさんも足元から凍っていく。

「くっ……」

 徐々に氷漬けになっていくエルモードさんは、道具袋を地面に投げ捨てる。

「アヤメ! 道具袋の中に状態異常を治すアイテムがある! 冒険者達にそれを使って彼らと逃げなさい!」

「エルモードさんは!?」

「私のことはあとでいい! 頼ん……だ……」

 ――エルモードさんは、完全に氷漬けになった。

「これが……氷の魔神……」

 見た目は巨大な雪だるまみたいなふざけた外見のくせに、これがめっぽう強い。

 レベル八十のエルモードさんが勝てない敵がいるなんて……ガーネットの街って序盤の街なのになんでこんなに強い魔神討伐クエストがあるの!?

 私のレベルは、今までゲスト参加の報酬として得た経験値で、今は……二十くらいか。

 無理だ。勝てない。

 仮に冒険者に状態異常回復アイテムを使っても、逃げ切れなければまた氷漬けに逆戻りだ。低レベルの冒険者では素早さが足りない。

 私はカンストした運の強さでなんとか状態異常を回避してるけど、時間の問題というか、攻撃力1の私では魔神を倒せない。

 ……ああ、なんだか自分の無力さに腹が立つ。

 こうなったら全滅覚悟で突撃するか。

 私は鎧の腰に結びつけた鞘から、アイスピックのような柄のついた毒針を抜く。

 エルモードさんが「護身用に」と持たせてくれたプレゼントの武器だ。

「お願い、私の極運……! 当たれええええええ!!」

 私は毒針をシュッと氷の魔神に投げつける。

 サクッ、と毒針が雪だるまの身体に刺さる。

 ところで、この毒針には刺さった敵を毒状態にする他に、クリティカルヒットすると即死する、という効果がある。

 そして、極運は運のパラメータがカンストしているため、必ずクリティカルヒットする。

 つまりは、氷の魔神は即死したのである。

 巨大な雪だるまはパラパラと雪を振りまいて、雪の結晶になってやがて消滅した。

 消滅した霧のあとには、アイテムやマニーの山が積み上げられている。

「……やった……独りで勝てた……!」

 急いでエルモードさんの荷物袋を拾って、僭越ながら状態異常回復アイテムを全員に使わせてもらう。

「あ、あれ……? 終わった、んですか……?」

 若き冒険者たちはあっけにとられた様子で私を見る。

「氷の魔神はもういないよ。早く魔神石を拾って」

「は、はい!」

 パーティーの皆で手分けしてアイテムやマニーを拾い集める。

 レアアイテム『氷の魔神石』はなんと六つも拾えた。

「あ……パーティーは八人なのに、六つしかない……」

「僕たちはその魔神石は必要ないから、君たちで持って帰るといい」とエルモードさんは固辞した。当然、私も。

「ありがとうございます……! せ、せめてマニーだけでも持っていってください!」

 断る間もなく、袋いっぱいの金貨を押し付けられる。

「じゃあ、せっかくだしいただこうかな。ありがとね」

「こちらこそ、なんとお礼を言ったらいいか……アヤメさんって、強いんですね」

「運が良かっただけだよ」

 もし、エルモードさんに毒針をプレゼントされていなかったら、私達は全滅していた。

 毒針を渡されたときは(物騒なプレゼントだな……)と思っていたが、エルモードさんには先見の明があるのかもしれない。

「レディ、独りで戦わせてしまってすまない。お怪我は?」

「平気ですよ」

 私は作り笑顔で答えた。


 そして、ギルドで報酬を受け取って、宿屋への帰り道。

「いや~、まさかエルモードさんでも勝てない相手がいるなんて、やっぱり魔神は恐ろしいですね」

「まったくだ。あの身体がじわじわ氷漬けになっていく感覚は、嫌なものだな」

 ふう、とエルモードさんはため息をつく。

「また君を守ることが出来なくて、自分を恥じてしまうよ」

「いや、アレは仕方ないですって。結果的にエルモードさんがくれた毒針のおかげで勝てたし」

 でもなあ、と私もため息が出てしまう。

「私、極運だからって、ピンチになるまで立ち尽くして見てるだけで何も出来ないのが歯がゆいです」

「レディ……」

「あはは、でも私、攻撃力1だし。毒針以外で皆を助けられないですよね」

 私は自嘲するように力なく笑う。

「……いや、アレを使えばあるいは……」

「エルモードさん?」

「レディ、少し寄り道をしても?」

「いいですけど……どこへ?」

「僕についてきてください」

 うやうやしく手を取られ、路地裏へと入る。……路地裏って、なんとなく治安が悪いイメージがあるけど、入って大丈夫なのかな。

 まあ、エルモードさんならそのへんのごろつきにも負けないだろうけど……。

 しばらく路地裏の奥へ歩いていくと、

「……ここは?」

「魔術工房です」

「魔術工房?」

 外観は武器屋とそんなに変わらないが、こんな辺鄙な立地にあっては気付く者は少ないだろう。

「ここではマジックアイテム――魔道具が売られているのです」

 魔道具。

 魔法が使えない、MPが足りない、そんなプレイヤーの欠点を補ってくれる補助アイテムだ。

 ちなみに私のMPはいくらレベルを上げても初期値の10のまま。魔法も覚える気配がない。

 どうやら、極運の私は、経験値を貯めてレベルを上げてもステータスに変化はないようだ。攻撃も防御も上がらない。

 そんな強運しかない私を、マジックアイテムで補助すれば、いくらかは戦えるということだろう。

 私とエルモードさんは今日のクエストで手に入れた金貨袋を握りしめて、魔術工房の扉を開けた――。


〈続く〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る