第5話 相方契約、そして次なる冒険へ
私、
『相方』というとなんだか漫才コンビのようだが、ここ――『ワールド・オブ・ジュエル』においては、とても大切なシステムのひとつである。
まず、相方はひとりしか選べない。どちらかが相方契約を破棄するまでは他のプレイヤーと相方になることは出来ない。
相方になることで一緒にクエストをこなすと経験値が多めにもらえたり、二人組限定のクエストがあったり、イベントによってはお互いに特別なプレゼントを贈りあえたり……いろんな恩恵がある。
実際のゲームでは相方に束縛されるのを嫌うプレイヤーもいて賛否両論分かれるシステムではある(相方以外のプレイヤーと一緒に冒険すると嫉妬する相方もいたりしてめんどくさい)が、まあメリットの大きいシステムであった。
……とはいえ、この世界でも適用されるんだろうか? どうやら私はゲームの中の世界に飛ばされてきたらしいが、そもそも『ゲームの中の世界』というものに私は懐疑的であった。
だって、私はニートとはいえ、いい年の大人だ。ゲームの中に入れるなんて子供じゃあるまいし、どうにも信じがたい。
しかし、現実は現実である。夢にしてはキラービーに刺された激痛は今思い出しても死ぬほど痛かった。
そういえば、この世界で死んだらどうなるんだろう? ゲームなら教会で目を覚ますところだろうが、本当に死んじゃったらどうしよう。さしずめ第二の死か。
そんなことを考えている間に、エルモードさんのほうはというと、宿屋に頼んで二人部屋にしてもらっていた。
動揺する私に、「二人部屋のほうが宿代が安くて済むんです。折半も出来るしレディの負担が少ないほうがいいでしょう?」と微笑んでいた。
「ベッドはちゃんと二つ離れてありますのでご安心ください」
いや、安心できない。こんな王子様みたいなイケメンと毎日一緒の部屋で寝るとか、心臓がうるさいくらいバクバクする。
実際、エルモードさんは私の窮地を救ってくれた王子様みたいなものだし、なんとなく王子様っぽい雰囲気のあるイケメンなんだよなあ……。
「さて、二人部屋にしてもらったところで、朝食をとったら部屋で少し話し合いませんか? 僕たちはまだお互いを知らなすぎる」
「そうですね。私もこの世界のことやエルモードさんのこと、聞きたいですし」
一階の食堂で朝食をとってから、私達は二階の宿の二人部屋に移動する。
お互いのベッドの端に座り、向かい合ってお互いの情報を開示した。
「――なるほど、随分不遇な人生を歩んできたんだね」
「そうなんです。だから、この世界に来てからこんなに強運なのが信じられないくらい」
「きっと、ラピス神とラズリ神がレディを憐れんでこの世界に連れてきてくれたのでしょう」
ラピス神とラズリ神というのは、このラピスラズリ王国で信仰されている双子の神の名前だ。この国を創り、国の名前の由来になったとか。まあ元々は宝石の名前なんだけど。
「双子の神には感謝しなければ。こうして僕とレディを引き合わせてくれたしね」
そう言って、エルモードさんは笑いながらウィンクする。
うーん、この女に慣れてる感じ。
「改めて、僕の名はエルモード。
名字があるということは、それなりの地位にある人間だということだ。この『ワールド・オブ・ジュエル』の世界ではそういう設定になっている。さしずめ、エルモードさんは貴族出身なのだろう。それなら、この王子様オーラとスマートな言動には納得だ。
……私も一応名字はあるけど、名乗ったら貴族と思われそうだし、周囲には伏せたほうがいいかもしれないな。
「そのゲームとやらもコンビニとやらも、僕にはとても興味深いものだけれど、まあこの世界にないものについて話しても仕方ないな。レディはそのゲームのおかげでこの世界について詳しいんだね?」
「まあ、だいたいのシステムや設定なんかは把握してます」
エルモードさんの言葉に、私はうなずく。
「設定、ね」
エルモードさんは苦笑する。
……確かに、自分が生きている世界こそが彼にとっての現実なのだから、『設定』という言い方は失礼だったかもしれない。
「ひとまず、君が異世界から来たマレビトであることは伏せたほうがいいかもしれないな。ただでさえ『極運』なんだから悪人に狙われてもおかしくない」
極運。運のパラメータがカンストした人間。賢者に転職するよりも難しい。私が現実世界にいたときでさえ、そんなプレイヤーにはお目にかかったことがない。その極運が、私である。
「エルモードさんは何者なんですか?」
「ただの冒険者だよ。『白き光』なんてあだ名がついてしまっているがね」
白き光。その白く輝く鎧と、光のように速い攻撃速度・移動速度から名付けられたらしい。
パラメータを見せてもらうと、思ったとおりというか、パラメータのバランスがいい上にどれも数値が高い。レベルは八十。このガーネットの街はわりと序盤の方の街なので、彼には物足りないんじゃないかと思ってしまう。
そう伝えると、
「まあ、簡単なクエストばかりで身体がなまってしまいそうな危惧はありますが、簡単に宿代が稼げるので重宝はしていますよ」
と肩をすくめていた。
「クエストといえば、そろそろギルドでクエストを受注しに行きましょうか。いい加減レディを独占していると他の冒険者の連中に嫉妬されてしまうからね」
当面の私の仕事は、他の冒険者のパーティーのゲストに参加して、ゲスト報酬を稼ぐと同時に、冒険者たちのためにその極運を発揮すること。
極運の人間が同じパーティーにいるだけでレアアイテムのドロップ率が上がるというのだから、私には山のように冒険者達が群がる。
もちろん、相方であるエルモードさんもクエストについてきてくれるので、悪い冒険者に悪用されるということはないのだが……。
私達は宿屋で準備を整えると、次なる冒険のためにガーネットギルドへと足を運んだ。
――ガーネットの街、ガーネットギルド。
「おう、嬢ちゃん、久しぶりだな」
ギルドに入った途端、冒険者たちが挨拶してくる。
「おっ、今日は極運の嬢ちゃんが来てくれたのか! 運がいいぜ」
「エルモードもついてきてるじゃねえか。いつも一緒でゴールドフィッシュのフンみたいだな」
冒険者たちはエルモードさんを冷やかす。
「ええ、この度、僕たちは相方契約を結んだので、いつでも一緒に行動しますよ」
エルモードさんは涼しい顔で答えた。
「は……ハァァ!? 相方契約!?」
「おいズルいぞエルモード! 極運を独り占めする気か!?」
男たちは阿鼻叫喚であった。
「いえいえ、ゲストにアヤメを呼ぶ場合、僕もついてくるだけなのでご心配なく」
「ったく、ホントにゴールドフィッシュのフンじゃねえか」
冒険者たちは「まあエルモードもゲストで来てくれるなら心強いけどよ」と言いつつも、抜け駆けされたことに不満そうな顔をしていた。
「相方ってことは、なにか? お前ら付き合ってんのか?」
で、出たー。異性同士で相方契約してたらカップル認定されるやつー。
実際のゲームでも周りがくっつけようと勝手に奮闘してくれるのでたいへん迷惑なものである。
「いえ、まだ付き合ってませんよ」
エルモードさんは爽やかな笑顔で答える。『まだ』って何? 可能性はあるの?
「さて、今日はどのパーティーにゲスト参加しましょうか、レディ?」
エルモードさんはまったく気にすることなく、クエスト参加を促してくる。
「今日は俺達のゲストになってくれよ。どうしても欲しいレアアイテムがあるんだ」
「そんなの、俺らだって欲しいアイテムあるわい。俺らについてくればアイテム以外に用はないからマニー全部やってもいい!」
「そんなら俺たちだってマニー全部差し出すからこっちのゲストに来てくれよ。なんならレアアイテム以外のアイテムもつける!」
冒険者たちは極運をなんとか自分たちのパーティーに引き込もうとどんどん条件を良くしていく。なんだか自分がオークションにかけられた気分だった。
「レディ、報酬に惑わされないで。あくまでご自分の意志で選んでください」
エルモードさんはこっそり耳打ちした。
「じゃあ……」
私は結果的に、若い冒険者パーティーのゲストになることにした。現実世界でいえば中学生から高校生くらいの若さの少年たちが友達同士でパーティーを組んでいるようだった。
「アヤメさん、エルモードさん、今日はよろしくおねがいします!」
「こちらこそ、よろしく」
礼儀正しく挨拶してくれる若者たちに、私は好感を持った。
意気がっている若い子なんかは、現実世界のゲームでは結構迷惑行為をしたりするものである。本人にとっては無自覚だったり、そのゲームのルールに関して無知なのが原因だったりもするのだが、まあそれはさておき。
「アヤメさんが僕たちのパーティーに来てくれて嬉しいです。僕たちは大人みたいに高額の報酬は用意できないから……」
「あの『白き光』のエルモードさんまでついてきてくれるなんて心強いです!」
「ははは、純朴でいい子たちですね」
エルモードさんも
おそらく、『白き光』という二つ名は若き冒険者たちにとっては憧れの対象なのだろう、と私は推測した。
うーん、でも現実世界でエルモードどころか『白き光』なんて聞いたことがない。やっぱりこの世界はゲームとは微妙に世界観が違う気がする。
「でも、君たちのレベルではこのクエストはまだ早い気がするなあ」エルモードさんは難しそうな顔をする。
受注したクエストは、難易度高めの『氷の魔神討伐』というものだ。魔神討伐系のクエストは魔王に近い存在を倒さなければならないので正直かなり手強い。
「僕たち、どうしても氷の魔神石が欲しいんです」
若き冒険者たちは真剣な表情でレアアイテムの名を告げる。『アイスソード』というレア武器を作るために必要なアイテムだ。
「アイスソード目当てか……氷の魔神は強いよ」
「だから、ゲストに頼るしかないんです」
冒険者のリーダー格らしき年長者の高校生くらいの少年はすがるような目で私とエルモードさんを見る。
「どうか、力を貸していただけませんか?」
「……
「私には立って見ていることしか出来ませんが、私の極運が力になれるなら」
「ありがとうございます!」
冒険者たちは深々とお辞儀をした。
若き冒険者たちは六人パーティー、私とエルモードさんを入れれば八人だ。いくらなんでもこの人数なら、囲んで叩けば氷の魔神は倒せると思うけど……ゲームではどのくらいの強さだったっけ。
かくして私達は、ガーネットの街から北の外れにある氷の洞窟へと歩を進めるのであった。
〈続く〉
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