第9話 サファイアの街へ向かう道中

 私、神崎かんざきあやめ! 二十五歳の新米冒険者! こないだ神様に会いました!


 双子の神様・ラピス神とラズリ神に直々に命じられて、三つの国に潜む悪魔――魔王・妖王ようおう邪王じゃおうから神様の宝物を取り返すことになった私とエルモードさん。

 エルモードさんと話し合った結果、まずは自分たちが今いるラピスラズリ王国に巣食っていると言われている魔王から先に探すことになった。

 魔王の情報を求めて、国中を巡る旅をすることになった私達だったが――。


「見つかりませんね、魔王……」

「まあ、まだ三ヶ月しか経っていないし国のすべてを探したわけではないが……魔王なら目立つ城くらいは建てていそうなものなのに、何の手がかりもないとはね」

 魔物使いが魔物を操って引かせている馬車のような乗り物――この世界では『魔車ましゃ』というらしい――の中で揺られながら、私達は次の街に向かっていた。

 序盤の拠点、ガーネットの街を出てもう三ヶ月経つのか……。

 最初は「極運の嬢ちゃんがガーネットの街を出ていくなら俺たちもついていく」と名乗りを上げた冒険者もいたが、「魔王討伐の旅」とエルモードさんが言うと誰もついてこなかった。

 所詮は序盤の街、魔王を倒すには戦力となるレベルに達している冒険者はいなかったのだ。

 ……まあ、言うて私もまだレベル二十とか三十とかそこらなんだけど。

 レベル八十のエルモードさんの足を引っ張らないか心配だ……。

 ちらりとエルモードさんの顔を見ると、彼は私の視線に気づいてニッコリと優しく微笑みかけてきた。

 うっ……イケメンとそう広くない魔車の中で二人きり、まぶしいような恥ずかしいような気分にさせられる。

 前世では男運もこれといった出会いもなかったが、これも役得というか、極運の力なんだろうか……。

 極運。運のパラメータがカンストした特殊な人間。賢者になるより難しい、らしい。おそらくこの世界全域を探しても私一人しかいないだろう。

 そんな私の相方になってくれたのが、こうして一緒に魔車に揺られ、共に旅をしているエルモードさんだ。

 ――エルモード・アールモーデン。ラピスラズリ王国の第三王子にして、今はしがない冒険者。でもめちゃくちゃ強い。多分私の知らないたくさんの冒険をして経験値を貯めてきたのだろう。

 この世界に来た直後にモンスターに襲われた私を助けてくれて、クエストにも必ずついてきてくれて、おまけに相方にまでなってくれた。

 私の一番の幸運は、エルモードさんに出会えたことだろう。

「そ、それにしても、ラピスラズリ王国の王子様であるエルモードさんでも、魔王城の場所は知らないんですね」

 私は恥ずかしい気持ちを払拭ふっしょくするように必死で話題を探す。

「そうだね、魔王がいるのは確かなのに、誰もそいつの居場所を知らない。僕が王都にいた頃、一度国中の兵士で人海戦術を使ったこともあるが、魔王の城なんてどこにも見当たらなかった」

「なんだか不思議というか、おかしな話ですねえ」

「もしかしたら新たに城を建造しているかと思ったんだが……この様子だと次の街でも手がかりはないだろうな」

 エルモードさんは「やれやれ」と言いたげにため息をつく。

「まあ、いい。そろそろ次の街でアイテムを補充しておこう」

「そうですね。私もそろそろスクロールが減ってきましたし」

 スクロールと呼ばれる、魔法を使えない人間でも魔法を使えるように術式が書かれた紙の巻物は一度使うと紙がボロボロになって消えてしまう使い捨てアイテムだ。

 決まったダメージ量を与えられるので魔法もMPも持たない私が戦うための必須アイテムである。

 ここまでの道のりでモンスターと戦う機会もままあって、私達の荷物袋は随分軽くなってきていた。

 でもまあ、極運の効果でモンスターを倒してドロップしたマニーはたくさん貯まってるし、買い物に困ることはないだろう――。

 と思った矢先、突然魔車が大きく揺れて止まった。

「え? なに?」

「レディ、気をつけて。――どうした? 何かあったのか」

 エルモードさんは私を魔車の奥に隠すようにかばって、魔車を運転する魔物使いの御者ぎょしゃに声をかける。

「そ、それが――」

「止まれ。――わざわざ魔車に乗って旅行とは、カネの匂いがするなあ?」

 魔車の扉をこじ開けて、手に持ったナイフを舐めながら下卑げひた笑いを浮かべる男たち。

 ――盗賊団だ。

「おうおう、いいとこの坊っちゃんと育ちの良さそうな姉ちゃんの二人だけで旅行かい? 悪いけどさあ、金を恵んでくれよ」

「サンダリオン」

 私は躊躇ちゅうちょなくスクロールを一枚消費した。

「グギャッ」

 盗賊団の一味は全員雷に打たれ、ピクピクと身体を痙攣けいれんさせている。

「アヤメ!?」

「あ、す、すいません……強盗にはいい思い出がないものでつい……」

 なにせ私が前世で死んだ原因はコンビニ強盗に腹を刺されて失血死である。とてもいい思い出とは言いがたい。

「そうじゃなくて、もったいないだろう、こんな奴らにスクロールを使うなんて。安いアイテムじゃないんだよ?」

「あ、そっちなんですね」

「しかも詠唱無しでいきなり魔法を撃ったらダメージが減るじゃないか」

「いや、それはわざとですよ。流石に同じ人間を殺しちゃったら罪悪感があるというか……」

「ち……ちくしょう……ナメやがって……」

 衣服のところどころを黒く焦がされ、髪がチリチリになった盗賊団が半泣きで睨みつける。

「まだやる気か?」

 エルモードさんは剣を抜き、魔車をこじ開けた盗賊に剣を突きつける。

「アヤメを怖がらせた罪は重いぞ」

 私にはエルモードさんの背中しか見えないけど、なんか黒いオーラが出ている気がするし、多分怖い顔をしている。

「ヒッ……お、覚えてろ!」

「おかしらに言いつけてやる!」

 どうやら下っ端しかいなかったらしい盗賊団は捨て台詞を吐いて逃走した。

「レディ、お怪我は?」

「いや……私まったく盗賊に接触してないんで……」

 前々から思ってはいたが、エルモードさんは心配性というか過保護なところがある。

「それにしても、魔車を引っ張ってる魔物って盗賊撃退とか出来ないんですか?」

「いやあ、車を引っ張るためにクツワをはめてるから火も吹けないし、そもそも車を引っ張らせるためにおとなしい性格にさせてるからねえ。すまんね」

 魔物使いの御者は申し訳無さそうに頭をかく。

「まあ、それは仕方ないさ。とにかく、新たな盗賊が来る前に早く車を出してしまおう」

「そうですな。ええと、お客さん方が向かってるのは『サファイアの街』だったね」

 サファイアの街。ここまで来るとクエストの難易度も跳ね上がる、ラピスラズリ王国の中心地――王都に近い街だ。

「サファイアの街に着いたら必要な買い物と情報収集、あとは宿屋の確保だな」

「宿、取れるといいんですけどね」

「君の強運ならたとえ歌劇団の巡業中の街でも取れそうな気がするよ」

 そう言ってエルモードさんはおかしそうに笑う。

 そんな感じで、私達は魔車の中で談笑したり、夜には御者から借りた毛布を膝にかけて座ったまま寝たり、数日をかけてサファイアの街に向かうのであった。


〈続く〉

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