第23話 二階堂ゆみ、ご町内の危機に立ち向かう
「まずは見てくれゆみちゃん。これはこの町の地図に、霊脈と呼ばれる魔法の力の流れを重ね合わせたものだ。サークルの合宿先であるオービット邸はここ」
「わぁ~青いラインが集まって超綺麗……世界の終わりってこんな景色?」
「そうだといいねえ」
「いいねえじゃないのよお兄ちゃんが危ないじゃないのよ。だってあの佐々木サクラ! 以前私に突如襲いかかってきたやべえカルトの偉い人よ!? あの女も創世神アザトースとか信じてるのよ!?」
パパはため息をついて首を左右に振る。
「別に偉いからって信じてるかは別だぜ?」
「はぁ?」
「ごほん、なんでもない。前に大人の姿をしていたゆみちゃんに声をかけてきた連中のことは調べがついていた。虚無教団という組織でね。この町にも支部がある。今までは素人の集まりだろうと軽く見ていたが、霊脈のある土地を抑えて二階堂サトルを連れ込むというのはなかなか穏やかではない」
「なんでそんな危ない連中の一員をお兄ちゃんに近づけてるのよ!」
「サトルお兄ちゃんが強いからだよ。奇妙だとは思わなかったかい? あれだけヤバい女に囲まれながら彼が無事な理由」
「私が居るから?」
「むしろ君が巻き起こす多くの魔術事象に巻き込まれても特に変わらず日常をやっているの、不思議じゃない?」
なんだ……まるで私がお兄ちゃんを追い詰めている悪みたいな言われようだ。
「はっ?」
「今も思い出すよ。彼を俺が拾った時……彼の居る町は戦場でね。彼を保護したお父さんの友達も死んでいたのに、彼だけは生き残っていたんだよ。どうやって生き残っていたと思う? まだ赤ん坊の彼が、何の力も無い筈の彼が、面白いよねえ、皆殺しにしたんだ。自分を奪いに来た現地軍閥、少数民族出身のゲリラ屋、魔術師、本当に偶然、偶然にも潰し合う形になり、あるいは異次元から来た何かに殺され、彼に到着する前には皆殺しだ」
一番危ないのはお兄ちゃんでは……? とんだ呪いのアイテムでは?
「ま、そういう訳なので、一番危ないのはお兄ちゃんだから。基本的に大丈夫だよ」
「お兄ちゃんなんなの!? 私と血つながってなくない!?」
「神の贄だよ。偶にそういう人間が居るんだ。彼らは極上の魂を持った食材だ。それに手を出そうとすれば至極当然の成り行きとして罰を受ける。今回、教団は何がしかの儀式を通じてサトルを彼らの神に捧げようとしているのかもしれない。だがこれまで佐々木サクラが無事でいる理由が説明できなくなる……奇妙だろう?」
「私と血つながってなくない!?」
「そうだが……今それ大事かな?」
であれば、細かいことは考えなくて良いのではないか。
そんな気がしてきた。
「だったら合法じゃん! 今こそ大義名分を得てお兄ちゃんを脅かすあのヤバい女を排除するわ!」
「それでもし無実だったらどうするんだい? 君はお兄ちゃんに顔向けできるのかな?」
「それは……」
「そんなことになってしまったら、君は君の心に恥じるところはないのかい? 端的に言って、負けじゃないか?」
確かにそれは人道的にも人間の格としても、あの女に敵わなかったことを認めるようなものだ。まあ人間くらい多少死のうが私としては問題ないが、私は私の勝負を放棄する訳にはいかない。
「調査はパパに任せて、君はもう少しそのオービット邸でのサークルの集まりについて調べると良い」
裏に何かを感じずにはいられなかったが、そう言われては仕方ない。
私は大人しくお兄ちゃんに話を聞いてみることにしたのであった。
*
\と言うわけでお兄ちゃんの家にあそびにきたのだ/
私は読書しながら寝転がるお兄ちゃんのお腹の上に座って紅茶を飲む。やはりここが私の座るべき定位置だ……世界を支配しているような気分になる。
「お兄ちゃん、サークルってどんなことしているの?」
「好きな作品を集めてオススメしあったり、偶に自分で書いたりもするんだ。まあ俺はそういうの得意じゃないから発表とかはしないけど、他の人が書いたものを読めるのはとても楽しいよ。なんか社会の苦手な人かなんでもできて忙しい人が多いから、俺はスケジュール管理とか原稿をあつめたりとか書いているものについての相談を聞いたりとか、そういう仕事がメインかな」
「ふぅん……そういうものなんだ。ふぅん……」
「どうしたゆみ? 珍しいリアクションじゃないか。もしかして興味があるのか?」
「お兄ちゃんがどんな仕事してるのかな~って思っただけだもん」
お兄ちゃんは嬉しそうな顔だ。
普段と違って私がダウナーなのに興味を示しているから、なにか勘違いしているのではないだろうか。もしかしてお兄ちゃんと無関係に本当に興味があるとおもっているのではないだろうか。
ハッキリ言って私はお兄ちゃんが心配で仕方ないだけだ。勘違いしないでほしい。
「あ、見せてやろうか? 見せてやろうか?」
「良いの……? サークル、見学してみたいけど……」
「サクラも喜ぶだろうしな。今度の集会とかどうだ?」
「あ、ねえお兄ちゃん。それなら私、夏至の日がいいなあ。お姉ちゃんがすごい集まりがあるって言ってたし。丁度時間もあるし」
「夏至? 作品の品評会があるんだよな。今回は怪談特集だから、ゆみ、眠れなくなっちゃうぞ?」
「そ、そ、それはちょっと怖いけど……」
もじもじしていかにも気になってますよという雰囲気を出してみる。
合法的に、佐々木サクラの前で、お兄ちゃんにベタァってくっつけるチャンスですもの……気にならない訳ないじゃない……。
「私、気になるなあ」
「まったくゆみはしかたないなあ」
忘れられがちだがお兄ちゃんは私に甘い。
私は可愛いからだ……!
しばしば忘れてしまいがちだが、私が特に悪いことをしていない場合、お兄ちゃんは私にめちゃくちゃ甘いのだ……好きになっちゃうだろう……?
そういうわけで、私は文芸サークルの発表会に無事潜入することに成功したのである。
*
「調べてみた結果だけどさ」
夏至、サークル発表会の前日。
私はお父さんから調査の結果を聞いていた。
「すごい上手に隠蔽してたよ、佐々木サクラ。あれも一つの天才だね」
「お兄ちゃんを狙う邪悪なストーカーの一人って訳ね!」
「いや、むしろ虚無教団の幹部の娘としての権限を最大限使って、邪悪なストーカーたちを影から排除し、教団内部に取り込んでいる。戦力の増強だね」
「最悪じゃん!」
「そうは言うけど君、他人にあんまり執着するような人間が健康な訳ないだろ? そんな人間に対して病院に行け、はいそうですか、ってなる訳もない。だったら神様でも信仰させたほうがよほど健全じゃないか。まあその人間の人間性がマシになるかっていうとまったくそうはならないし、駄目なものは駄目なままだが、駄目なものをひとまず管理するゴミ箱ができるからね。彼女はそれを理解した上で真面目に頑張っていると思うよ」
難しくてさっぱり分からん。
「えぇ!? で、でも、なんか絶対に怪しい魔法とか使うじゃん!」
「君は新興宗教をなんだと思っているんだ? 君の前に立ちふさがった怪人たちは魔法を使って君と戦ったか?」
「言われてみれば……見たこと無いかも」
パパはなぜか厳かに頷く。
「だから天才なんだよ。若くして異常者の心理に通暁し、他人の精神へと干渉し、信者として自らの手の内に取り込む。まさしく
「私と……同じ……能力者!?」
「君は外部装置を用いた物理干渉に特化しているが、彼女の技術はより正確に心理へと働きかける。たいしたものだ……幹部の娘でさえあのレベルで仕上がっているならば、思ったよりも危険かもしれないね、虚無教団」
「わ、私はどうすればいいの!?」
「お兄ちゃんを守るんだ。君はサークルの集会に潜入して、何が行われるのかを見届け、もしも……」
それだけ言いかけてパパは黙り込む。
「もし、なんなの?」
「いや、言おう。もし、彼らが何かをこの世界に呼び込む儀式をやっていると君が直観したならば……それを破壊してくれ。俺が動けば気取られる。後ろから手助けはするが、これは君にしか頼めない。いいね、ゆみちゃん?」
「んまぁ~! じゃあこれは貸しよパパ!」
「ああ、かまわないさ」
こうして私は町の命運を託されたのであった。
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