第17話 二階堂ゆみは目で殺す
「死ねっ!」
腰を捻ってピースサイン。可愛くポーズを決めてパチリとウインクするとコンクリートの壁が凹む。凹んだ後からもう一度爆発して、ねじ切ったような痕跡があとに残る。
「37℃!」
パチリとウインクしてもコンクリートの壁はうんともすんとも言わない。
次にパパから借りたラットを見つめる。
「スヤスヤ眠って!」
スヤスヤ眠った。穏やかな寝顔である。
完璧だった。思った以上に完璧な訓練結果が出てしまった。
やはり私は神に愛されし至高の天才。この世界すら変えかねない力を唯一つお兄ちゃんの為だけに使うなんて、なんて慎ましやかで純真な女の子なのかしら。でもそういう謙虚な心にこそ力は宿るって言うし、ある意味妥当といえば妥当かもしれないわね。生まれるべくして生まれたのね渡し。
「発声とウインク、二段構えの制御スイッチを使うことで、邪視の暴発を防ぐことはできる。何回か試し打ちもしたし、用意は完璧。コントロールはまったくもってパーフェクト! 二階堂ゆみ、いくわよーっ!」
こうして私はお兄ちゃんのところに遊びに行くのであった。
*
「どうしたんだゆみちゃん、急に遊びに来て?」
「ん~? えっとね、ちょっと変わったところが無いかなと思って~」
「眼鏡か? 可愛いけど……視力が落ちたのか?」
さりげなく可愛いって言ってから心配そうな顔をする。
これですよ。
私のことを分かっている。君のことを心配しているんだよって顔をされてしまうとくらくら来てしまう。
「うふふ、ただのアクセサリーだよ。優しいねお兄ちゃん! 可愛かった? そんなに?」
「え? ああ、とても可愛いし似合っている……おしゃれだと思うけど……どうした?」
「なんでもないの~! あ、そういえばお姉ちゃんは?」
「サクラは今少し体調を崩していてね……多分向こうのマンションで休んでいるよ。丁度お見舞い行ってきたところだったんだ」
おっと、これは思わぬ僥倖。どうやら本当に日頃の行いが良かったみたいね。
「え~!? 心配だなあ~! 私もお見舞い行こうかな?」
肝心な時にお兄ちゃんの傍に居られないなんて恋人失格よね~!
こりゃあ私の勝ちが決まったようなものじゃない。健やかなる時だけお兄ちゃんに寄り付くような格の低い女だったとは少しだけがっかり~!
まああんな性癖が最悪な女より私の方が魅力的なのは分かりきっていたこと。こうなったら二人の距離をさっさと縮めるしかないわね!
「ゆみにまでうつってしまったら大変だろう? やめておきなさい」
「そっか……じゃあそうする」
「せっかく来たんだ。お茶でも用意するよ。座ってて」
「うん、じゃあご馳走になろうかな! じゃあ今日は私がお姉ちゃんの代わりに家事とか手伝っちゃおうかなあ?」
「べ、別に俺一人だってできるが……まあそう言ってくれると助かるな。後でお皿洗いでも手伝ってもらおうかな」
ちなみにお兄ちゃん、マジで一人で何でもできる。ただちょっと私が乗り気の時に自尊心をくすぐって仕事を気持ちよくやらせるのが得意なだけだ。
「はーい!」
つまり 私は とても 気分が 良い。
「……それにしても」
お兄ちゃんが台所に消えた後、私は一人首をかしげる。
なにせ奇妙な話なのだ。
よほどの重症でお兄ちゃんにうつしてしまうことを恐れていたのだとしても、あの女がお兄ちゃんの傍を離れるのはおかしい。
「変よねぇ……」
とはいえ、調査をする時間が惜しい。
お兄ちゃんの前でポーズと発声を行うにしても、目撃者の居ない今この時間にやったほうが絶対に良いことは分かりきっている。
「まあいいや」
私はソファから立ち上がり、こそこそとお茶の用意をするお兄ちゃんを物陰から見つめる。
「軽く寝込んで」
コホコホと軽く咳をしてから、お兄ちゃんは不思議そうに首をひねった。
*
二時間後。急に体調の悪くなったお兄ちゃんに布団をかけて、私は勝利を確信する。
「悪いなゆみ……すっかりお世話されちゃって」
「気にしなくていいよ~。けど、やっぱり無理しすぎたんじゃないのお兄ちゃん? 私が佐々木さんなら嬉しいけどちょっと悲しいなあ~」
「だな。サクラには秘密にしておいてくれ」
「ふふ、二人だけの秘密だね」
まずは上々。あとはあの女が回復して立ち上がってくるまでにお兄ちゃんポイントを稼ぐ。
……な~~~~~~~んてぇ! 冗長な手段をとるわけないじゃない!
「二人だけの秘密か……可愛いこと言うな。けど、ゆみにまでうつったら大変だからな」
「ゆみ、うつってもいいよ」
「何を言っているんだ? 俺のことを心配してくれるのは本当に嬉しいが……」
「ねえ、お兄ちゃん、今日は一人だよね?」
「ん? あ、ああ。まあそうなるな」
「だったらゆみ、泊まっていって良いかな? お兄ちゃんが一人ぼっちだと寂しいでしょ? お世話してあげるから!」
満面の笑みを浮かべてみせる。自慢ではないが私は可愛い。
これを見てきゅんと来ない男は居ないだろう。
そもそも邪視などというものに頼らなくとも、私の瞳には異性の心を奪う魔法の力がある!
見給え、お兄ちゃんが熱で頬を赤らめながら逡巡している。
心細さに耐えられないのと身近な子供である私ならば頼ってもいいかなと言う甘えによって今まさに! 道を踏み外そうとしている! 良いじゃ~ん! 私以外に愛されないしょうもない犯罪者になっちゃえ~!
「……頼めるかな?」
勝った。
「うん!」
そんな時、お兄ちゃんの部屋のチャイムが鳴った。
「ん? いけないな……俺が行ってくるよ」
「ううん、インターフォンで様子見てくる。無理しちゃ駄目だよ、お兄ちゃん。熱がある時ってめまいとかふらついたりとかしちゃうから」
そう言って私はお兄ちゃんにウインクする。
「う……ああ。ゆみ、頼めるか」
「もっちろん!」
私はインターフォンのカメラでドアの外を確認する。
「サトルさん❤ 来ちゃいました❤」
知らない女だった。
マジで、知らない女だった。
見るに堪えない醜い表情だったので思わずインターフォンの通話を切る。
次の瞬間。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン
狂ったようにノックの音が部屋に鳴り響いた。
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