第12話 お兄ちゃんにそっくりなちょいワル人造人間ができちゃったよぉ!?
地下室にはクリーンベンチという機械があった。ガラスで囲まれた作業机のような機械だ。
パパいわくバイキンが入らないようにする為に大事な機械らしい。
その中にアルコールを吹きかけた腕だけを入れて、同じく消毒したフラスコと注射器、それにお水を入れる。
注射器の先端に針ではなく滅菌フィルターを装着して、水道水をそのフィルターで濾過しながらフラスコの中に入れる。
続いて赤青緑の袋に入った粉を入れて、フラスコの口に血液をポンプからゆっくりと流し込む為のホースを設置する。
「……パパ、これでいいかしら」
「よくできました!」
それからはひたすら待つだけだ。フラスコをクリーンベンチの中に残して書斎に戻る。居間で私が淹れたお茶を飲みながら、パパと私は一息つく。
コピーお兄ちゃんの作成は思った以上に面倒だった。確かにホムンクルス飼育キットの基本的な操作は水道水に袋の中の粉を入れるだけなのだが、温度の調整やお兄ちゃんっぽく作る為のDNA試料の入手など、マニュアルには書いていないことが沢山ある。マニュアルに書いてある通りだとホムンクルスは作れてもお兄ちゃんは作れないというのだからやるしかなかった訳だが。
「私、パパが魔法使いって聞いてたし、今更それを疑ったりはしてないのよ。けど魔法使いっぽくないわね。どっちかって言えば科学者よこれ」
「これが最新鋭の魔法であり、最先端の錬金術だよ?」
「ふぅん?」
よく分からないが、そういうものなのだろう。私は首を傾げざるを得ない。
「実験においても論文やデータには現れない微妙なコツがある。現代科学においても命や血肉を代償に生み出される知見がある。巧妙に隠されているだけで、探求の本質はいつの時代も変化しない。叡智とは
パパは不思議なくらい自信ありげな表情だった。ちょっと普段のお兄ちゃんに似ているかも知れない。普段からそういう顔してれば格好良いのに。
「分かったかな?」
「分かんない」
ちょうどその時、居間に置いてあったキッチンタイマーが鳴った。
*
「ちっちゃいお兄ちゃん! ちっちゃいお兄ちゃんだ!」
クリーンベンチに安置されたフラスコの中には小さなお兄ちゃんが居た。
驚くべきことに服を着て椅子に座り、優雅にお茶まで飲んでいる。
「やあ、二階堂ゆみ。早速で済まないが俺は二階堂サトルではない」
「えっ?」
「ホムンクルスだよ、二階堂ゆみ」
小さなお兄ちゃんはそう言っておどけた仕草で肩をすくめた。私は後ろに居るパパの方を見る。
「ねえパパ? 見た目はかなりのお兄ちゃん具合じゃない? 私すごくない? かなり上手にできてない?」
パパは信じられないと言わんばかりの目つきで小瓶の中を凝視していた。
我ながらかなり上手にできている気がする。本人はお兄ちゃんじゃないと言っているが、そういう言い回しもわりかしお兄ちゃんっぽい。確かにお兄ちゃんじゃなさそうだが、性格も見た目もかなり近い。私の好みのタイプだ。
「ねえ、どうしたのパパ?」
「いやなんでもないよ。思ったより上手にできていたみたいで、少し驚いただけさ。そのホムンクルスは君の部屋で一緒に暮らすと良い。フラスコの蓋を開けては駄目だよ?」
「やった! これからよろしくねお兄ちゃん!」
「お兄ちゃんではない」
「じゃあなんて呼んだら良いの?」
「ホーエンハイムさんで良いぞ。ながければホムさんで良い」
「へえ……じゃあ私のことはゆみって呼んで! ホムさん!」
こうしてホムさんと私の奇妙な夏休みが始まった。
*
「ホムさん、最初から服を着てたけど、あれはどうなっているの?」
「作ったんだよ、ゆみ」
ホムさんを部屋に連れ帰った私は、早速彼を質問攻めにしてみることにした。
「作る? 粉は入れて水に溶かしたけど、まさかあれ? あそこから作ったの?」
「ああ、茶も机も全て作った」
「トイレとか大丈夫かしら」
「トイレの必要は無い。そもそも食事の必要も無い。この三角フラスコの中には俺に必要な物が全て揃っているからな」
「なにそれ……便利すぎない?」
「俺はお前たち人間と異なり完成しているからな。だが、欠けているなりに努力をして、夢を見る姿は好ましいものがある。お前のことだぞ、二階堂ゆみ」
お兄ちゃんの顔で好ましいとか言ってきた……!
胸が、胸が苦しい……心臓がさっきから鳴り止まない。
「照れているのか? 可愛いところもあるじゃないか。ほら、もっと近くに来て、顔をよく見せたらどうだ? 俺を作ったのだ。恥じることは何もないぞ」
壁ドン!
ホムさんがフラスコの壁をドンッ! ってして私を口説いている!
そんな……ごめん、お兄ちゃん。私、こんな情熱的で顔の良いお兄ちゃんみたいな人に声をかけられてるせいかだいぶクラっと来ちゃってる!
「あ、あのね。ちょっと、ちょっと、いきなり距離感近すぎないかしら? 私だって女の子なんですけど」
「ク、ハ、ハハハ! これは悪いことをしたな。悪いな、ゆみ。だが俺はこの世界の全てを知っている。お前のことも当然知っている。しかしお前が俺を知らないことはうっかり忘れていた」
「全てを知っている?」
「ああ、恋バナでもするか?」
「や、やめてよぉ!?」
なんなのなんなのなんなのなんなのなんなのなんなのこいつ!?
お兄ちゃんの顔でめちゃくちゃチャラい!
よく理解できたわ! こいつお兄ちゃんじゃない!
「可愛いところもあるじゃないか。動揺した挙げ句ケーキのスクイーズを抱きしめながらキャアキャア悲鳴を上げて頬を染めるなんて、年頃の女の子っぽいぞ? ん?」
「悪かったわね! 年頃の女の子よ!」
私がフラスコに顔を寄せて叫ぶと、ホムさんは口元を歪めてニタァと笑う。
「そうだな。知っている。狙いの男が手に入らないかもしれないから、そっくりの男を作って自分好みにしてやろうと思ったんだろう」
「そ、そうだけど言い方ってものが!」
「いけない子だな。お兄ちゃんにごめんなさいしなきゃだぞ? ゆみちゃん?」
低く囁く声、耳触りの良い、きれいな声だった。
しかも喋り方もわざわざお兄ちゃんに寄せている。
「お兄ちゃんの真似をするなぁ!」
「おやおや、スクイーズを投げるな。フラスコに間違って当たったら割れて死ぬからな。俺死んじゃうからな」
「あ、ご、ごめんなさい!」
「良い子だ」
「やめろぉ!」
「可愛いな」
「やめてくださぁい!」
「口の利き方は弁えているようだな。父親の教育が良いらしい」
ホムさんは手のひらの中にタバコを作り出す。そして口に咥える。
何もしていないのにその小さなタバコの先端に火がついて、薄く煙が立ち上り始めた。ほう、と煙を吐く。
「あの、未成年の部屋で喫煙はやめてくれませんか」
「固いことを言うな。この煙もフラスコの中で循環するのだからお前に害は無い」
「じゃあ言わない」
「話が分かるじゃないか。話ついでに質問とかはないのか、二階堂ゆみ」
「貴方については十分聞いたわよ。それに分かったわ、何でも知ってて、お兄ちゃんに似てて、それにとっても嫌なやつってこと!」
さみしげな表情で流し目を使ってくる。もう騙されない! お兄ちゃんに似ているし、話し方も性格も確かにお兄ちゃんに近いが、お兄ちゃんと違って私に意地悪だ。だから大丈夫。間違っても好きにはならないもん。
「おいおいおい、俺は何でも知っているんだぞ。聞けばいいじゃないか」
「何をよ!」
「そりゃあ君、愛しのお兄ちゃんを自分のものにする方法とかだよ」
「あっ」
こいつのこと、結構好きかもしれない。
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