私だけのお兄ちゃんを作れば勝てるわね!

第11話 増える! 抱ける! お兄ちゃん!

 これまでの経緯を思い返そう。

 悪夢のような時間が過ぎた。私の十一歳としての尊厳は地に落ち、なんなら青いキャンディーで二十一歳になって逆サバ読んでお兄ちゃんを誘惑した成功体験も汚され、もう全面的に辛い感じになってしまった。ゆみちゃん六ヶ月のガチ乳児にされた記憶はこの先一生私に消えない傷を遺すことだろう。

 いくらお仕置きと言っても娘にここまでする父親が居るか? 居るのだ。

 二階堂あゆむ。彼こそが私に秘密の道具を与えた恐るべき錬金術師なのである。

 だが私はこの男に逆らえない。十一歳の私が彼女持ちのお兄ちゃんを我が物にする為には、この男からなんとかして秘密道具をせしめなくてはならない。

 さて、その為に必要な物は?


「お兄ちゃんが一人しか居ないから駄目なのよ。分かっていただけるかしら?」


 そう、適切なプレゼンテーションだ。

 それを下支えするプランニングも欠かせない。

 そして隠し味の愛嬌も。


「まさか君」

「そうよパパ、次はお兄ちゃんを増やすわ」

「まじか君」

「そうよパパ、お兄ちゃんが二人居れば問題は無いのよ。そもそもお兄ちゃんを巡る戦いの舞台に立つのが駄目なのよ。戦わずに勝つのが最上に決まっているじゃない。私が勝てる私だけの舞台で私だけが勝てば良いのよ」


 パパが珍しく目をまん丸にしている。私の発想がそんなに素晴らしいものとはね!


「発想は悪くないね。自分の色恋の為に生命を弄ぶのは人間としてちょっとどうかと思うよ?」


 あ、これ怒られているやつね!


「既にこの世に居るお兄ちゃんに手を出したら犯罪だけど、まだ居ないお兄ちゃんをビルドして愛でる分には誰も傷つかないと思うのよね。倫理的よ、かなり倫理的」

「後から作ったお兄ちゃんとはすなわち偽物ではないかな?」

「その可能性も高いけど、まず作ってみないと分からないじゃない。それに思ったとおりに人間を一人作るなんて今の私には正直難しい気がするの。もう既に2回も失敗してるから、今回だって失敗しないとは限らないわ。そう、あくまでこれはサブプラン、お兄ちゃんに嫌われてしまった時に備えた保険的計画ね。少なくとも今回はお兄ちゃんに迷惑をかけないわけだし倫理的でしょ? すごく倫理的だわ。それに、別にビルドお兄ちゃんを傷つけたり苦しめたりする訳じゃないもの」

「そうか……思ったよりは考えているじゃないか。正直なところ、パパもホムンクルスとかよく作ったからね。そういう発想はとても良いと思う」


 ホムンクルスってなんだろう。


「要するに?」

「実に興味深いということさ。しかもその発想を実現するのに適した良い秘密道具がある。なにせ昔のはそういうことを専門分野にしていた訳だから」


 そう言ってパパは引き出しの中からフラスコの中で人間っぽいものが元気そうにジャンプしているイラストの描かれた箱を取り出す。


「水道水と遺伝子だけでできるワクワク☆ホムンクルス飼育キットだ。あとはこの箱の中のマニュアル通りお兄ちゃんのDNAを添加すればお兄ちゃん型ホムンクルスができる」

「ホムンクルスって?」

「錬金術によって作られるクローン人間に近いものだと思えば良いよ。お兄ちゃんによく似た生物を生み出せる。理論はそのうち勉強しようね。パパの専門分野だから」


 お兄ちゃんを……増やせる! オーダーメイドお兄ちゃん! 私だけのお兄ちゃん! あの薄汚い女に悪い影響を受ける前の穢れなきお兄ちゃんが私のものになる! ちゃんとお世話して立派なお兄ちゃんにしなくちゃ……!


「そういうの! そういうの待ってたの!」

「ただし、この秘密道具は扱いがとても難しい」

「手先はかなり器用だよ!」

「確かにゆみちゃんは器用かもしれない。けど試料の為にISOGENOMでDNA抽出をしたり、発生初期は免疫系が確立されてないから操作開始時は本来無菌操作しなくちゃいけなかったり、それから一時間くらいかけて完成まで人血を継続的に与えたりしなくてはいけない。初めてやるとこれが結構難しいんだ。しかしこれでも500年前に比べれば技術は遥かに進歩したものでね。必要時間も成功率も段違い。十分な手技を持つ錬金術師がこのキットを使えば発生確率はほぼ100%、そして発生したホムンクルスも十分な知性を持つ可能性が高くなる。何より貧乏な大学の貧乏な研究室の設備程度でも安定してホムンクルスを作れるというのが素晴らしい。我ながら本当に素晴らしい。これを作り出した僕は天才に違いないよ。若い頃、出会ったばかりの頃、これの試作品を見てくれたゆみちゃんのママもよく褒めてくれたんだよマジで。いやそれにしても嬉しいなあゆみちゃんが錬金術に興味を持ってくれて! 錬金術以外の魔術系統はちょっと不得手だったんだよねえ僕。君の将来は君の自由だが僕と同じ道を選んでくれるなら僕はとても嬉しいんだよ分かるかなあ分からないだろうなあだがそれで良いんだよそれで良い……とても良いと思う」

「ちょっと待って」


 想像しているのとちょっと難しさのレベルが違った。


「何? ああ、ごめんね。興奮して喋りすぎちゃった」

「何言っているか分からないよパパ。水道水と遺伝子だけでできるんじゃないのパパ? なんかすごく難しそうだよ? 初めてだと分からない錬金術講座始めないでくれない?」

「うん、人血は自分のを使えば良いし、少量だから血糖値測定に使う小さな針を使うだけでいいんだよね。その針はちゃんと入っているから。ただまあ実験用の冷凍血液もあるし、それを使っても良いけどね。お兄ちゃんの遺伝子サンプルもとって冷凍保存してあるから心配しないでね」

「それにしても……学術的な目的だと容赦なく生命を弄ぶわね、パパ?」


 案外私がモデルのホムンクルスも作られているのではなかろうか。普段は優しいパパだが今はちょっと怖い。


「失敬な。そもそも弄んでいないさ。真摯に科学者として娘への教育を行っているだけだよ」

「じゃあ私も愛するお兄ちゃんに振り向いてもらう為に一生懸命なだけだから弄んでいる訳じゃないわね」


 パパはやれやれと呟くとずれた眼鏡を直す。


「それが分かるのは──これからだよ」


 パパの背後の本棚が動き出す。本棚の下に階段が現れる。私の知らない階段だ。それは私の知らない世界に繋がっている。怖いとは思わない。この先に、私のお兄ちゃんが待っているんだからね!

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