第13話 リアルお兄ちゃん、来襲

「お兄ちゃんを振り向かせる方法ですって!? そんなのあるの!? すぐに教えなさ……教えてホムさ~ん!」

「愛嬌で生きていくという強い意志を感じるよ。褒めてやる」

「私は可愛いからね……しかも度胸と愛嬌を兼ね備えた最強の存在よ」


 髪をファッサーとかきあげて胸を張る。そう、私は今でこそ可愛いが将来的に美しいお姉さんになると知っている。何を恥じることが有るだろう。


「お前、生きているのが楽しそうだな?」

「ええ、とても楽しいわ。ところでお兄ちゃんが私に振り向く方法って?」

「ああ、それは――」


 ピンポン、とチャイムの音が鳴る。


「叔父さん、ゆみ、遊びに来たよ~」


 リアルお兄ちゃんだ。パパが相手してくれるだろう。


「おっ、待ってたよサトル君。ほら、レポートに使う本」

「いつもありがとうございます。大学の図書館だと借りられちゃってて」

「あそこ、昔は同じ本が五・六冊有ったんだけどねえ」


 うんうん、良い感じに相手してくれている。


「あ、これお土産の六花亭のお菓子です」

「サンキュー! ゆみちゃん、今自由研究だって部屋に籠もってるから、ちょっと届けてくれないかな? あの子、君が来ると喜ぶからさ」

「勿論です」


 んんんん~~~~~~~~~?

 パパ~? 何を言っているのかな?

 今、私の部屋に何が有るか知ってるのはパパだよね?

 ホムさんが私の方を見て腹を抱えて笑いをこらえている。

 さてはこいつ、リアルお兄ちゃんが来ることを知っていたな?

 階段を登る足音がゆっくりと近づいてくる。やばい、とても。私はケーキのスクイーズを立て掛けてフラスコを隠す。扉が開く。


「ゆみ、元気にしてたか? 最近顔を見せてくれないから寂しかったぞ?」

「う、うん! 元気! ゆみ、とっても元気! お兄ちゃんが会いに来てくれるなんてこれはもういよいよ私がお兄ちゃんの恋人となる時が来てしまったみたいね!」

「待て。俺には世界で一番大切な人が居る訳でな……?」

「ゆみ、二番目に大切な人でもいいよ?」

「ゆみが二番目であってほしくないな」

「お兄ちゃ~~~~~~~ん! 好き!」


 咄嗟に抱きついて視線を私に誘導する。大丈夫だ。ホムさんを見られたら終わる。マジで色々と終わる。あまりにも気持ち悪すぎるだろ私。好きな人にそっくりの人工生命体を作ってフラスコの中に閉じ込めながらニヤニヤ笑っている女を好きになる男の子なんて絶対絶対絶対に居ないわ! 最悪! 私なんか悪いことした!? 気持ち悪いくらいよね!? 


「ははは、ゆみは可愛いなあ。ところでゆみ」

「なあにお兄ちゃん?」

「その机の上に有るフラスコは何? なにか作ってるのか? 隠さないで見せてくれよ」


 見るな!!!!!!!!!

 と、叫びそうになったところをグゥっと抑えこむ。

 なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!


「ナ、ナツヤスミノ……自由研究デス……ネ」

「ゆみ? どうしたそんなに引きつった表情で」


 と言いながら机の上を覗こうとするお兄ちゃん。

 私はお兄ちゃんの背中にすがりついて引き止める。


「あ、ああ~待って! 待ってちょうだい。お待ち下さいお兄ちゃん。いけませんわお兄様見てはいけません見ないでくださいまし」

「どうしたんだよ? 失敗しても笑わないぞ?」

「違うの、まだ途中なのよ」

「完成してから見て欲しいってことか?」

「そ、そう! それ! だからまた遊びに来てほしいな~って! ね、だめぇ?」


 私、言い訳の天才か?

 美貌愛嬌機転を兼ね備えた至高の美少女じゃん。

 これでお兄ちゃんも私が気を引こうとしてこんなこと言っているだけって思い込むでしょ。私、あったまいい~!


「ゆみがそこまで言うなら無理に見せてもらおうとは思わないが……」

「ありがとう。完成したら一番最初にお兄ちゃんに見せてあげるから」

「ん? あ、ああ。分かった。楽しみにしているよ」


 私はすかさずお兄ちゃんの正面に回り込み、できるだけ机の上の物が見えないように背伸びしながら部屋の入口の方へと押し返す。

 と、その時だった。


「あっ」


 気を抜いた私が躓いてバランスを崩す。

 スローモーションで迫る床。カーペットと運命の出会いをかます直前に、もう一度私の視界は回転する。


「ゆみ!」


 お兄ちゃんが咄嗟に私を抱きかかえてくれた。顔が近い。


「あ、ありがと……」

「怪我はないか?」

「うん……大丈夫、だよ」

「良かった」


 眩しい。この人は眩しすぎる。


「ところでゆみ」

「なぁに……お兄ちゃん?」


 体中がゆっくりと熱くなる。ああ、このままずっとこの人の腕の中に居たい。


「あのフラスコの中身、すごいな」

「ゔぇ゛っ!?」


 飛び起きて机の上を振り返る。

 フラスコを隠すために慌てて置いたスクイーズが今のゴタゴタで落下して、三角フラスコの中身が露わになってしまっている。

 だが、そのフラスコの中身は私が知っているものではない。


「ゆみ、お前ボトルシップなんて作ってたのか~!」


 なんで!? さっきまであの中にはホムさんが居たのに!

 なんでフラスコの中に船が浮かんでるの!?

 あははは! ま~ったく分かんない! 訳わかんない!


「あっちゃ~、バレちゃった……パパには秘密だよ? 完成させてびっくりさせるんだから」

「もうすっかり出来ているように見えるけどなあ」

「まだ仕上げ作業があるんだ」

「そういうもんなのか。じゃあ疲れたらこのお菓子食べて頑張ってくれよ」


 お兄ちゃんは持ってきていた小さなお菓子の詰め合わせを私に渡す。


「うん、頑張っちゃう! 楽しみにしててね」

「待ってるからな」


 お兄ちゃんはそう言うと部屋を出ていく。背中を見送っていると胸が熱くなる。

 やっぱりお兄ちゃんは素敵だ。多分、世界で一番好き。

 

「ところで、だ。二階堂ゆみ?」


 天まで上っていきそうな私の意識を、お兄ちゃんによく似た声が引き止める。

 ドアをしめてから振り返る。


「なによ」


 ホムさんがフラスコの壁にもたれかかりながら腕を組んでいる。


「気を利かせてボトルシップに変身していた俺に感謝の言葉の一つくらいあってもいいのだぞ?」

「分かってるわよ、ありがと。正直助かったわ……パパの余計な介入も避けられたし」

「ふふん! 奴らしい悪戯だ。とはいえ年をとって落ち着きもしただろう。そうそう害のあるものでもない。あまり気にするな」


 ホムさん、やけにパパについて詳しいみたいだけど、どういう知り合いなんだろうか。まあいいや、それより聞きたいこともあるし。


「ホムさん。あなた、結構良い人ね」

「まあな。それで、先程の質問の答えだがな」

「うん! うん!」

「タダで教えてやるのもつまらないだろう? 俺をここから出せたら、教えてやる」

「できるのそんなこと!?」

「お前なら、あるいはな」


 絶対に無茶苦茶言われている事はわかる。

 とはいえ既に借りを作ってしまった相手だ。それになんだかんだ築いた信頼関係を壊してしまうのは嫌だ。私が一方的に自分の都合で作った筈なのに、ホムさんは明らかな自我を持ちつつも割とフレンドリーに接してくれている。

 嫌な奴だけど、嫌いではないのだ。

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