Ⅱ 成長する西瓜

 僕は、さすがにこれはおかしいのではないか? と思い始めた。


 そこで、何度目かの既視感を覚えたその日、僕はじっくりとその巨大スイカを観察し、さらにはケイタイのカメラで(その当時はまだガラケーの荒い画像だったが…)で、表面に浮き出た黒い縞模様のパターンを撮っておいた。


 それまではそんな丹念に眺めたことがなかったので、この時点ではっきりと断言することはできなかったものの、やはりどこか見覚えのあるような〝顔〟をしている。


 その反面、以前とは少し違っている部分も見られる……。


 それは、その大きさである。


 なんだか、以前よりも大きくなっているように思えるのだ。


 それに色艶も心なしかよくなっているような気もする。


 もしかして、成長しているのだろうか?


 いや、収穫後一週間以上も経つのに成長するなんて、そんなバカなことがあるはずがない……はずがないのだが、僕にはどうしてもそのようにしか思えなかったのである。


 そして、再び巨大スイカが売れたその翌日……やはり、スイカは店頭に戻っていた。


「………………」


 僕は、再びその巨体の前で唖然とした……いや、絶句したと言った方がいいかもしれない。


 慌ててケイタイを取り出し、昨日撮った写真と見比べてみたが、やはり今、目の前にあるそれと同じものに見える。


 数分後、我に返った僕は慌てて店の奥へと首を突っ込み、いつもの如くごろごろとしている店長代理に改めて尋ねた。


「て、店長! あ、あのスイカ……あ、あそこにある巨大なヤツって今日仕入れたものですか? な、なんか、昨日売ったものが戻って来てる気がするんですが……」


「ああん? ……なに訳わかんねえこと言ってんだ? んなことあるわけねえじゃねえか」


 醜悪な顔をした店長代理は、一瞬、なんのことだかわからないという表情で固まった後、気だるそうだが、妙にドスの効いた声でそう答えた。


 確かに何も知らぬ者が聞いたら、まったくもって訳のわからない質問だったと思う。


 売ったスイカが店に戻っているなど、やはり普通に考えればバカげた話なのである。


「そりゃおめえ、似てるだけで今朝仕入れた新顔だよ。スイカなんざ、みんな同しような顔してんだ。似てて当然だよ。それとも何か? おめえは色形大きさまで、昨日売ったスイカの面を一寸違わず完璧に憶えてんのかよ?」


 さらに店長代理は、いつになく雄弁に僕を攻め立てる。


「い、いえ、そこまでは……」


 そう強く言われてしまうと、はっきりそうだとは答えられない……。


 この前、ケイタイで撮った写真にそっくりではあるが、本当に細部まで完璧に同じかと言われれば、そう言いきれる自信はないし、やはりサイズは昨日売ったものよりも一回り大きいような気がする。


 ……でも、断言はできないし、説明もうまくできないのだが……感覚的とでもいおうか、そのスイカの持っている雰囲気が、数週間前に売った……否、その時から〝売り続けている〟ものと同一であると、確信を持って僕に訴えかけていたのである。


 それ以来、僕はアレをお客さんに薦めるのをやめたのはもちろんのこと、なるべく買われることのないようにと目立たぬ隅の方へ移動させたのだった。


 こんな気味の悪いスイカ、とてもじゃないが、お客さんに買わせるわけにはいかない。


 もしアレを買って行って悪いことでもあったら大変である。


 そういえば、今までにアレを買っていった人達は大丈夫だったのだろうか? ……まあ、何かあったという話はまだ聞かないので、大事には至っていないようではあるが。


 いや、何かなくても買って来たスイカが食べる前になくなってしまったら、それはそれで騒ぎになっていてもよさそうな……そう考えると、やっぱりこれは僕の妄想なのだろうか? 


 そうして僕自身も半信半疑ではあったが、用心にこしたことはない。


 とにかくアレをこれ以上売ることは避けたかったのである。


 ところが、そんな僕の密かな抵抗を他所に、店長代理の男は……


「おい、そこの一番大きなスイカ。んな目立たねえとこに置いといたら売れねえじゃねえか。もっと真ん中に置いておけよ」


 と、普段は店番をすべて僕らに任せているくせに、たまに店の方へ出てきた時にはそんな要らぬ注文をつけてくる。


 まあ、普通に考えれば、その言い分は商売としてしごく当然なのであるが。


 一介のバイトの僕が店長代理に逆らう訳にもいかず、言われた時には仕方なく棚の前の方にアレを並べ、そして、見た目には一番大きく、いかにも美味しそうに見えるそれはすぐに売れていった。


 案の定、その翌日にはまた店に戻ってきているというパターンを繰り返しながら……。


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