第12話 うまいな、緑茶は

 確かに、そういったんだ。俺は呆気に取られてしまった。小野田はちゃぶ台からテレビのリモコンを取り上げると器用に操作してテレビを点けた。放送していたのは日本のバラエティ番組だった。俺はテレビの画面に見入る。おもむろに彼が喋った。


「知ってるか。地球では公共の電波が発信されてからまだ百二十年ほどしか経っていないらしい。それが地球の文明の程度だ」


 同意を求めるように、小野田は俺の方をちらりと一瞥してくる。


「あ……ああ、そうなんだ?」

「フフフ、あまり興味はないか? 自分の星の文明のことなんて?」

「い……いや、そんなことは」


 文明。いや、あまりにもスケールのでかい話で、頭に入ってこないんだ。

 日本っていう一つの国に所属する俺は、そもそも自分の国の文化と他国の文化の違いの軋轢に四苦八苦してる段階で、つまるところ思考のレベルがその程度の次元なんだよ。と、そんなようなことを簡潔に話して伝えたら。小野田は逡巡していた。


「ううん……そうか、人間の世界には、宇宙には国はないものな」「ははは……」


 面白い話だ。確かに宇宙にも国があったら、もっと宇宙のことを身近な存在としてとらえられるのかもしれない。現状は宇宙はまだまだファンタジーの領域だと思う。今まで考えたこともなかったけど。俺は続けていう。


「じゅ……獣座衛門はどうして日本に? ……あ」


 俺はようやく気づいて、自分の口を塞いだ。大変なことを口走ってしまった。

 思い出す。資料に記されていたこと。過去のオペレーターが残した記述だ。


――オノダは日本に長く潜伏していた。理由を聞いたが答えてくれない。彼にとってそれは重要な機密事項のようだ――


 機密事項なんだ。この質問はようやく打ち解けかけた関係を破滅させかねなかった。ところが小野田獣座衛門は俺に向かっていう。


「ほんとうに……知りたいのか?」

「い……いや」


 嫌だ。正直なところ嫌だった。けど、ここまで来た以上は腹を括るしかない。俺はオペレーター。NSIAに雇われて宇宙人の情報を得るためにここ来た。俺は答えた。


「うん?」

「……そうか、実はな」

「?」


 突然、小野田は立ち上がって、どこかへと向かった。俺はその後姿を見守る。持ってきたのはボロボロのナップザックだった。しかも地球産。どうやら彼の私物のよう。彼はバックの中から何かを取り出した。キャラクターのフィギュアだった。俺は意味不明で、フッと小野田の顔を見る。彼の目は触手の中に隠れていた。


「宇宙人が……日本カルチャーに興味があったらメンツが立たないだろ。ワタシは外人に舐められたくはなかった」

「ははは!」


 俺は思わず噴出した。そうしたら触手の隙間からぬるっと目玉が現れた。


「笑うな。これは私の秘密なんだ」

「う……うん?」


 不気味な剣幕に気圧されて、俺は笑顔を消した。緊張が走る。ナップザックを床に置いた小野田はおもむろに言う。


「君は、不思議な奴だ。二回だ」

「え?」

「君はワタシの前で二度。笑った。モニターを通さず人間の笑った顔を見たのは随分昔のことだ。ワタシを直視した人間は皆硬直し、一様に顔をしかめる」


 小野田は興味深そうに言った。怒りの感情は感じられない。それから続けていう。


「ここ、ロボットハウスに来てからと、言ったほうが正確か……」

「なぜ獣座衛門はここに?」

「お互いの都合の問題だ。私の事情と君達の事情を鑑みたとき、この宇宙ステーションが及第点となった。そういうことだ」

「う……うん?」


 どうやら。ロボットハウスに閉じ込められているのは小野田獣座衛門が望んだことでもあるし、またNSIAが望んだことでもあるらしい。俺は、思いきって訊く。


「な……なぁ、獣座衛門……これは、たぶん今聞くべきことじゃないと思うんだけど」

「なんだ?」

「どうして人を殺す。俺以前に来たオペレーターの大半は……地球に帰ったのかもしれないけど、一部は君が……」


 そうしたら、小野田はうめき声をあげた。ゾッとした。けれど、よくよく聴くとそれは呻いてるんじゃない。笑ってるんだ。小野田は笑っていた。


「ウフフフフ。リュウタ。宇宙人は基本的に恐ろしいものだぜ」

「?」


 小野田の答えはそれだけだった。それ以上答える必要はないといわんばかりに、彼はそのことについて詳しく語ろうとはしなかったんだ。


 それからは俺が地球から持ってきたものの発表会みたいになった。小野田についてもうひとつわかったことがある。それは彼の口調が酷く荒いということだ。日本に滞在していたというが、恐らく彼に日本語を教えた先生は粗暴な人物だったに違いない。今までの畏まったような喋り方が嘘みたいに、彼は日本語でいろんなことを話して伝えてきた。だけど少しぎこちないのは気のせいか。


「ゲーム?」

「ああ」


 俺は荷物の中から最新ゲームのソフトを取り出して見せた。触手のぬたついた手で器用に受け取る宇宙人。スマブラだ。小野田は落胆したようにゲームをつき返してきた。


「なんだスマブラじゃねぇかよ。こんなもん。やり飽きたわ」


 衝撃だった。日本からアメリカに持ち込み、そこから宇宙にはるばる輸入したスマブラがつき返されるなんて。


「隠しキャラも全部出したわ」「……」


 しかも俺よりもやりこんでるなんて。なんてやつだと思った。


「他にねぇのかこんなもん」「え……ええと……」


 俺は困惑する。どれもこれもダメ。宇宙人の小野田獣座衛門のお眼鏡に適うソフトはない。ついにぬたついた触手が俺の荷物に手を掛けてきた。ぬっと体を乗り出してくる。どこが顔かもわからない。


「待て……それはPF2のソフトか?」「え!?」


 最新のゲームソフトに隠れて、奥の方に俺が子供の頃にやってたゲームソフトがあった。まいったな。父さんわからないからって丸ごと押し付けてきやがって。新しいゲームだけにしろっていったじゃん。


「……興味がある。古いソフトにはな」


 俺は小野田に指示されてPF2のソフトを漁った。《物体魂》というゲームが出てきた。とつぜん小野田が奇声をあげたんだ。


「おいおい嘘だろ。マジかよてめぇ。しょぼい顔して、なんてクールでイカしたソフト持ってんだ。物体魂じゃねぇかよ!」


 小野田は俺の手からパッケージをひったくった。むずむずと口吻が蠢く。触手の隙間から大きな目玉が俺を見ている。


「俺はなぁ、PS黎明期のシュールな世界観がたまらなく好きなんだ。今のゲームには失われちまった魂がある、他にはないのか?」

「あ……ああ、ソフトならいくらでも」

「探せ! 俺の機嫌を損ねる前にな!」


 俺は横暴な宇宙人の意のままにPF2のソフトをひたすら探した。

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