第13話 無重力トラブル

 気づくと俺は、PF2本体のAVケーブルを探して奔走していた。小野田獣座衛門はというとソフトの山で取扱説明書をゆったりと読んでいる。それからいう。


「おいおい小僧。まだか。コードが埃まみれでごっちゃになってるって、どんなあるあるだよ。ゲームが起動するまで晩飯抜きだからな!」


 とほほ。なんで俺がこんな目に……。

 結局、俺はAVケーブルを見つけられなかった。怒り心頭の小野田だったけど、俺が荷物から見つけた映画のブルーレイを受け取ると機嫌が治った。つくづく現金な性格だ。映画はETという名作映画だった。小野田はパッケージの裏表紙を興味深そうに見た。


「うはははははは! ガキの自転車の前カゴに乗せられたウルゴス星人の皇帝だ! こりゃあ傑作だぜ!」「?」


 獣座衛門は体を揺すり、からからと高い声で唸った。笑っているのか。


「……監督はスピルバーグとかいったか、恐らく奴は天才だ。いや、もし隆太が地球に帰ったら俺の代わりに感謝しといてくれ。宇宙人が礼をいっていたとな」

「どういう意味?」

「要するに、宇宙人はタコ野郎だけじゃないってこった。その映画が見たい。プレイヤーに入れてくれ。"手"を使うのは疲れる」


 また新しいことをひとつ知った。どうやら彼ら宇宙人は人間と違って物を掴むのに相当な神経を使うらしい。獣座衛門はそれを疲れるといった。彼曰く”掴む”という行為は相当に高度なテクノロジーなのだとか。


「俺がはじめて地球人を見たときは衝撃を受けたね。手とかいう便利な触手にあらゆるものが吸い付いてきやがる。ロックンロールか。俺達はブサイクな触手で縋りつくだけ。なんて惨めで無様な下等動物なんだって思った。俺達の進化は間違ってたんだ」


 獣座衛門は悲しげにいった。心なしかうな垂れてるようにも見えた。俺はいう。


「はは、そんな大げさな……」

「いいぜ。笑ってくれよ隆太。こいつが俺の体だ。タコ野郎とでも呼んでくれ」

「しかし、じゃあどうやって獣座衛門たち宇宙人は進化したんだ?」


 手が人を知性的にしたなら、彼らを進化に導いたものはなんだ。小野田は答えた。


「難しいことはない。タコだ。地球でも連中が知性的な動物だと知られているだろう。欠点は寿命にある。連中は寿命が三年だが、俺達は長生きだ。だから高度な文明を築くことができた」

「な……なるほど」確かに納得だった。地球の生物にもありえることが宇宙で難しいわけがない。小野田はいう。「人間を高度にしたのも手の恩恵さ。さもなくば今も木の上にいて、口で肉を食む四足歩行の連中に怯えてたところさ」

「怖いな」

「……まったくだ。俺だってそうさ。この宇宙の神様とやらがたったひとりで、そいつが地球に采配を下したなら、俺は三年しか生きられないうえ、お前らの食卓に並ぶ哀れなタコになってるところだ。俺はタコを免れた。ある意味じゃ神の思し召しさ」

「神様は……いないのか?」

「フフ。どう思う? 文明は俺達から神を奪ったか? 海の果てにがけがなくとも、空の上に天国がなくとも、俺達が神の子でなくとも、やつはいなくならなかった。つまりはそういうことだ」

「な……なるほど」


 ようするに……。一体どう言う事なんだろう。小野田は続けていう。


「俺はその衝撃以降、自分の足を手と呼ぶことにした。ロックンロールだ」


 そういって、獣座衛門はむぎゅむぎゅと触手の尖端を折り曲げてみせた。無理に力をこめてるのか尖端が震えてる。なんだか愛らしく見えたのは俺の頭がおかしくなったからか。

 つまるところ、彼らが物を掴むときは人間が足で物をつかむのと同じ感覚らしい。そりゃあ大変だ。これ以上分かりやすい比喩もまたないと思った。けどリハビリと同じで何度も使い続けることで人並みに器用に使いこなすこともできるらしい。生物ってすごい。その証拠に獣座衛門は器用に箸を使ってポテチを袋からつまみ出した。彼は触手が油で汚れることを嫌う。綺麗好きなんだ。


 ところが、ETを見終わったとき獣座衛門は一転してむすっとして不機嫌だった。


「……つまらなかったか?」

「ああ、面白くなかったな。これじゃあ宇宙人じゃなくて宇宙動物だぜ。いくらなんでもウルゴス星人がすこし哀れだ」


 確かにそうだ。ETは時代柄もあってか、出てくる宇宙人は科学者達のおもちゃのような扱いを受ける。同じ宇宙人として獣座衛門が不快に感じてもおかしくなかった。


「謝るよ、獣座衛門。変なもの見せて」

「おいおい、どうしてお前が謝るんだ。謝るなら作った奴だ。スパルバードだ」


 獣座衛門はもう監督の名前を忘れていた。


ブツンッ!

「……!」


 不気味な機械音が聞こえて、突然ふわっと体が中に浮き上がった。


「わわわっ!」


 呆気に取られる俺。背筋が凍った。ところが小野田は冷静なもんだった。


「……ブレイカーが落ちたんだ。この施設じゃよくある」

「ブレイカー?」

「人間達はそう呼ぶんじゃないのか? 重力装置の電源だ」


 どうやら、ロボットハウスでは頻繁に起こることらしい。少しだけ安心した。不安定な状態でどうにかバランスを取る。俺は吐き気を堪えて小野田にいう。


「だ……大丈夫! 安心して……復旧する方法は教わってる! もしわからなくても……」


 通信で訊けば大丈夫だ。そう口走りそうになって思わず口ごもった。小野田はいう。


「いい。方法を知るのは俺も同じだ。お前がやるよりも俺がやったほうがより確実になる」

「そ……そうだけど」


 獣座衛門はフワフワと宙を浮遊して和室の天井付近にある点検口みたいなフタを開けた。俺も不安になってついていく。天井の裏側はハイテク機器がひしめいていた。俺は思わず尻込みする。小野田がいう。


「無理についてこなくてもいいんだぜ。下でじっとしてろ」


 そういうわけにもいかない。宇宙人がロボットハウスから脱走するかもしれない。可能性は低いかもしれないけど。獣座衛門は見るからに不自由な触手を器用に使いこなして、ドライバーや工具を携えて操作盤に向かいあう。俺はじっとその様を見守っていた。操作の途中俺の視線に気づいたのか後頭部? の触手の合間からニュっと目玉が現れた。


「俺達の体は地球よりもっと重力の弱い環境に適応した。だから人間と違って無重力空間にはずっと強く、早い段階から宇宙に進出することができた。その代わり骨格は弱く筋肉も少ない。だから強い重力の空間は過酷だ」


 それは本当だった。無重力空間では彼は違う形態を見せた。全ての触手が全方向360度開いて、海の生物の"ウニ"のような形状になった。これが獣座衛門の本来の姿なんだろう。確かに全方向に触れられる触腕は宇宙空間では合理的に思えた。


 復旧工事はものの数分で完了した。再び地に這うように触手がだらりと垂れ下がる獣座衛門と下の和室へと戻る。俺は隙をみてトイレでジェイコブに連絡していた。


「リュウタか! よかった。モニター越しに君を心配してたんだよ! 講習で教えはしたが、最悪の場合を想定してこちらから呼び出そうとさえ思った。最後の手段だけどね」

「なんとかなった。獣座衛門が手伝ってくれたんだ」

「オノダが?」

「まさかNSIAが獣座衛門に重力装置の復旧方法を教えてるなんてさ。ちょっと驚いたよ!」

「……そうか」


 俺が報告するとジェイコブは嬉しそうにいう。


「なるほど……彼らの住む星は地球のように高密度の大気ではなく、手の進化を羨ましがってるんだな? ふふふ……面白いよリュウタ! 傑作だ……」

「ほっ……」

 どうやら、俺の話したことは全部、ジェイコブにとって有益なことだったらしい。俺はホッと安堵した。ジェイコブは続けていう。


「まさかと思ったが……君は宇宙人との友好な関係を築いたようだ。これは信じられない奇跡だよ!」

「お……大げさな」

「大げさ? そんなわけあるか! 正直に言おう、ワタシもマックスも君にはまったく期待していなかった! しかし君はその前評判を覆したんだ! 君をオペレーターに選任してよかった。心からそう思っているよ」

「ははは」

「引き続き作戦を続行してくれ。君なら宇宙人との理想的な関係を作る橋渡しになれるかもしれないんだ!」

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