第11話 オペレーターの残した記録
『――アメリカ人=45歳=マイク・ジェフマン――ワタシは小野田と出合った。あのような醜悪極まる冒涜的な生物に出会ったのは生まれてはじめてだ。小野田はぬたついた不気味な触手で地を這い、ワタシに近寄るなり機械的な音でうめき声をあげた。あとから知ったことだが、日本語という言語らしい。私には到底言語とは思えなかったのだが……』
「そんな大げさな……」
けれど冒頭から奇妙に思えた。この時、宇宙人から積極的に接触してきたと記されている。しかも日本語を話していたというんだ。俺の置かれている状況とは随分異なるように思えた。資料はまだ続く。
『私がロボットハウスに滞在したのはほんの二日間に留まることになった。理由は簡単だ。死に掛けたからだ。小野田は触手から怪光線を放ち、私の右手を焼き落としてしまった。私は苦悶のうめき声をあげて、野蛮な宇宙人から逃げ回った。ロボットハウスには逃げる場所などはない。私は宇宙ステーションに内蔵されている緊急脱出ポットに乗り込んで命からがら故郷へ逃げ帰った。今でも私の右手はあの忌々しい宇宙ステーションにあるに違いない。全ては過ちだったんだと知った。あれ以降、宇宙飛行士がこの名誉ある任務につくことはなくなったんだと知った。あまりにもリスクが大きすぎるからだ』
「――!?」
『その時、私が地球に持ち帰った情報はたった三つだった。《日本語を話すこと》そして《非常に好戦的な未知の武器を使うこと》そして《えらく短気だってこと》だ。しかし奇妙なのはそうまでしても彼はロボットハウスから立ち退かないことだ。彼は依然としてあのロボットハウスにいる。そして新たなオペレーターを待ち望んでいるのだ』
「…………」
話には聞いてたけど、衝撃的だった。怪光線で右手が? いったいどういう事なんだよ。
俺はページをめくった。
『――アメリカ人=33歳=ジェイク・マースティン――宇宙人との奇妙な共同生活ははじまった。ワタシは日本語の語学教師をしているため選ばれたと聞いた。まさかと思ったが宇宙人は本当に日本語を話した。イングリッシュはまるで理解していない。笑えない冗談だ。恐らく宇宙の公用語は日本語に違いない。オノダは日本に長く潜伏していた。理由を聞いたが答えてくれない。彼にとってそれは重要な機密事項のようだ。ワタシはオノダの多くの些細なことを知った。例えば緑茶をこよなく愛すこと。食欲旺盛なこと(彼はしきりに栄養価が高いといった)。映画に興味を示すこと、そして意味ありげな秘密主義者なこと。そして多くのオペレーターを殺害したこと。ひとつ残念なことを報告しなければならない。どうやら彼はオクトパスモドキではなく本当に宇宙人のようだ』
「…………」
『日本語なんて知らなければよかった。今日ほどそう思った日はない。今日が何と言う日で何月かもわからない。NSIAは私が知ったことを全て現実的ではないといって切り捨てた。私もそれを信じたいが、全ては事実なのだ。ようやく意味を悟った。だからロボットハウスなのだ、と。地球から一歩出たとき私は宇宙人になった。もう一度地球に入るためには地球人であることを証明しなくてはならない。それは途方もないことだ。しかし、ただそれだけのことなのだ。ワタシは地球に帰れるとは思えない。宇宙人でもなく地球人でもない、私の居場所はこのロボットハウスだけなのだ!』
「どういうことだ……?」
俺と宇宙人はこたつの前で正座してお互い向き合っていた。ようやくといっていいのか。俺はやっと床に座ることができた。無言。話すことが何も見つからなかった。俺は居心地が悪くなってつい、いう。
「お……お茶、入れてくるな」
俺はハッとして思い出してお茶を入れに台所へと向かった。
台所。キッチンにも、通信機がある。文字通りいたるところにある通信機は目に見えて通信機とわかる六畳間の和室の派手にぶっ壊された一台を除いては全部無事だった。俺はお茶を淹れる合間、再びジェイコブに通信をつなげていた。
「ジェイコブ。マイクジェフマンって何者だ?」
「マイク? ああ、奴はうちの宇宙飛行士だった男さ。初期のロボットハウスプロジェクトに参加して負傷し、その後に退役している。今はNASAの下部機関で仕事しているはずだ。それがどうした?」
「マイクジェフマンの記述を読んだ……ジェフマンは右手が……」
俺は息を飲む。ジェイコブはいった。
「リュウタ……マイクは大きなミスをやらかした。確かに彼の被った被害は甚大なものだが、それを知る君は同じ轍を踏まないだろう?」
「……そ、そりゃあ理屈じゃそうなるけどっ」
「オノダは何か話したのかい?」
「いいや。ダメなんだ。何を話しても返答が無いんだよ」
「ふぅん……おかしいな。いや、こっちの話だ、引き続き作戦を続行してくれ」
「あっ……あとそれから、ジェイク・マースティンって人の記述も見たんだ!」
「ジェイク? ……知らないな、私の管轄外なのか……すまない。まあ、私が知ることはその程度だ」
「……そっか」
「リュウタ。ちょっといいかい?」
「え?」
「君が好奇心を向けるのは我々ではなく、宇宙人だろ? その部分を履き違えてもらっては困るよ」
「え……ああ、ごめん」
「うん。確かに立場上不安になる気持ちも分かる。それが普通の感情だ。だからサラのような人間もプロジェクトに参加している」
「サラ……?」
思い出した。アメリカのケネディ宇宙センターに滞在している時、俺のことを親身になって気にかけてくれた女性のカウンセラーだ。このごろ忙しくてすっかり忘れてた。彼女に相談してみるのもアリかもしれない。ジェイコブは続けていう。
「大丈夫さ。全ては想定済みのことだ。何も問題なんか起こっちゃいない。だから君も安心して作戦を続けてくれ。以上だ」
ブツッと、通信が途絶えた。途方に暮れる。すぐに気を取り直して緑茶をトレイに持って茶の間に戻った。宇宙人がいる。シュールな状況。けれどだいぶ慣れた。俺はお茶を宇宙人のそばのちゃぶ台の上に置く。すると、突然宇宙人が湯飲みを二本の触手で持ち上げて頭の部分? の方へと運んだ。わらわらと蠢く口吻が触手の間から覗く。その時、大小異なる三つの目も触手の間から覗いた。目だ。小野田獣座衛門には目があったんだ。
「ズズズズズ」
「――!」
宇宙人が緑茶を啜った。シュールな光景だ。ごとりと、湯飲みを置く。緊張の瞬間。俺は瞬きすることもできなかった。小野田が呻くようにいう。
「うまいな……緑茶は」
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