幸せな二人

佐藤要

第1話 幸せな二人


 俺の名前は本仲工事こうじ。大学生だ。


 冴えない名前だ。実際、ダサい。


 だが、そんなことはどうでもいいんだ。


 俺は今、車で海に向かっている。

 

 運転する車の後部座席には、2人の女の子が乗っている。


 一人は俺の妹の愛理。そしてもう一人はその親友のともちゃんだ。

 愛理は小柄で活発、ともちゃんは反対に長身の清楚なお嬢様。俺が言うのもなんだが、二人ともかなりの美少女だ。


 今日は二人だけで海に遊びに行く予定だったが、心配した両家の親から俺が保護者代わりを頼まれた。


 正直、今日の俺は浮かれている。


 何故なら、俺はこの二人が、お互いに親友以上の感情を抱いていると思っているからだ。


 今でもそうだ。助手席には目もくれず、二人とも後部座席に乗り、お互いを見つめ合って話をしている。俺が話しかけても当然無視。


 なんて素敵なんだ。間違いないじゃないか。

 俺は拳を握りしめた。神はいた。


 深まる二人の仲を見守ることができる。

 

 今年の夏、最高の思い出になりそうだ。





 まさかの事態だ。

 

 何なんだこれは?


 海についた俺は目を疑った。


 男ばかりじゃないか!


 しかも、見渡す限り、色黒+タトゥー+マッチョの3大DQN要件(俺基準)を満たした強者ばかり。


 おまけにあちこちでBBQの煙、ビーチボール、「ウェーイ」的な奇声が次々に打ちあがる。

 地球上で最悪の海だ。


 俺は親指の爪を噛んだ。こいつら何が楽しくてこんなに集まってるんだ?


 全国DQN選手権関東予選でも開催されているのか?

 それとも、誰かが関東中のDQNを1ヵ所に集めて爆弾で一掃しようとしているのか?

 後者であると信じたい。


 とにかく、君子危うきに近寄らずだ。愛理、ともちゃん、早く立ち去ろう。

 

 しかし、ふと気づく。後部座席に誰もいない。

 愛理とともちゃんは既に海に向かって駆けて行った。


 危険だ!


 いや、バカかこいつら?

 お前らも何が楽しくてこんな鉄火場みたいな海に入りたいんだ?


 俺は運転席を飛び出した。


 お互いしか目に入らない彼女達を、輩どもが舐め回すように見る。


 今の彼女達はクソまみれのサバンナに投げ込まれた小鹿達。


 俺が守護まもらねばならぬ。


 俺は愛理とともちゃんを一瞬で追い抜くと、目の前に立ちふさがる人間ゴリラどもと対峙する。


「ンだてめえ?」


 不細工なキリンみたいに鼻がでかい男が、きったねえ歯をむき出しにして睨んできた。


「ここはユリの花が咲くバージンロードだ。」

「あァ?」

 キリン男は、仲間と「コイツ、くっせえオタク?」「マジきめー殺す」「肉焼けた」とか言い合っている。


「理解できなくても恥じるな。フンコロガシに品性を求めるのは無理な話よ。」

 ゾウリムシなみの脳でもバカにされたことは理解できるらしく、俺に向かって一目散に、右拳を振るってきた。


「だれっに、いってんだろっしゃ!」


 俺は、威勢のいい男の腕を掴むと、下から拳を突き上げ、肘を叩き折った。

 男は悲鳴を上げた。屈んだ男の顔面に蹴りを入れる。顔面に俺のつま先がめりこんだ。


 キリン男はマジでぶっ倒れた。


 まさかの瞬殺劇に場が凍り付く。


 言い忘れていたが、俺は格闘技の超天才だ。どれほどかと言うと、護身術の少林寺拳法を完全な殺人拳に昇華させ、全盛期(中2)には100人同時殺しを達成した位だ。


 男達は一斉に飛びかかってくる。


 俺と無数のDQNとの戦争が始まった。


 片っ端から骨を砕き、顔を潰し、歯を折る。

 愛理とともちゃんは海に入る前にかき氷を食べていた。


 数百人ブチのめしたが、俺もかなり追い込まれていた。男達はまだ100人はいる。多勢に無勢だ。


 ニヤニヤしながらチンパンジー達が襲い掛かってくる。


 流石に厳しいか・・・・・・そう思った瞬間、何者かが俺の前に現れた。


 銀髪でロン毛の少年だった。短パン一丁で筋骨隆々。何より、その美しい横顔に俺は思わず見とれた。


 男は、飛びかかってくる類人猿を次々に地面に叩き伏せた。しかも、合間合間に一人一人にしっかりととどめを刺す手の込みようだ。


「てっめぇもころっしゃげたる!」


 そう言って、最後の一人になった男は、頭突きをかまそうとした。銀髪の男は冷静に首を掴み、ねじるように抱えこむと、一本背負いの要領で抱え上げ、地面に男の頭を突き刺した。


 山猿達は皆血まみれで浜に伏している。


「おい、そいつ、生きてるのか?」

 俺がそう聞くと、全く動かなくなった原始人を横目に、銀髪の男は俺を見つめてきた。


「DQNは生物的にはワラジムシと同等。殺しても罪にはならん。」

 

 男は清々しく言い切った。

 凄いおとこだ。覚悟が違う。実際、今の奴は死んだかもしれん。

 俺は胸が高鳴るのを感じた。

 

「今、二人の女の子の気配があった。お前が連れてきたのか?」

 俺は頷いた。


「そうか。ならば、貴様、分かるな?」

 こいつ、まさか同類か?


「ああ。俺は令和のテルマ&ルイーズを見届けたいんだ。」


 その男は笑った。そして俺の手を取る。


「俺はラウ。お前と同じ、百合を誰よりも愛する者だ。そして、俺はDQNが嫌いだ。特に理由はないが、心情的に腹が立つ。」


 単純に嫌いなだけかよ、と俺は呆れたが、ラウに握手を求められるのは悪い気がしなかった。


 俺達はすぐに意気投合し、喋り続けた。


 ラウは、男の俺から見てもドキリとするほど美しい顔をしていた。


 大人びているかと思えば少年のように無邪気に笑う。アホの返り血に塗れた姿も、また美しかった。


 陽が徐々に落ち、何も気づかず、美しい海で無邪気に遊ぶ二人を見て、俺とラウは微笑んだ。


「美しいな。」

 ラウが笑う。涙さえ浮かべていた。


「しかし、お前ともあろうものが、何故こんなゴミ回収の日を選んで来たんだ?」

 ラウが不思議そうに尋ねてきた。


「どういうことだ?」

 俺が聞き返すと、ラウは驚いていた。


「今日、ここにD.Q.Nディー・キュー・エヌの大物がやってくる。」

 D.Q.N?いかにも頭が悪そうな響きだ。


「Domestic.Quality.uNderground.略してD.Q.N。世界的なクソ男の組織だ。」

 何てことだ。あのゴミで極めて無軌道で自分勝手でゴミ臭くて生きる価値のカケラもないカスのゴミ共がまとめ上げられ、組織化されていたとは。


「俺はその男を潰しにきた。理由はない。恨みも何もないが、とにかく殺したいんだ。」


 意気込むラウを見て、俺は思わず笑った。

 彼はハッとして少し赤くなった。


 すましていると大人っぽくも見えるが、照れた表情などは、ひどく幼く見える。

 不思議な男だ。


 俺はこの男がすっかり気に入っていた。



 話をしていると、唐突にラウが立ち上がった。そして海岸の方を振り返る。


 視線の先には、路駐したランボルギーニから降りて、ゆったりと歩いてくる男がいた。


「金の王子ライオンキングだ!」


 ラウが叫んだ。

 こいつがどうやら「大物」らしい。


 色黒、タトゥー、マッチョは当然、2mはありそうな長身、タテガミのような金髪とヒゲ、金のネックレス、サングラス・・・・・・。今までの輩とは段違いだ。


「まったく、してやってくれるぜ。」

 ライオン王子と呼ばれた男は、髪をかき上げて言った。

 歯が黄色い。というか黒い。ニコチン中毒か・・・・・・さらにレベルが高い。


 ちらりと海を見る。


 愛理とともちゃんは、はしゃいで水をかけあっている。


 ふと手が触れ合って、お互いハッとして、慌てて手を放す。


 オイオイオイ。現実かこれは。天国だとしても、死ぬわけにはいかねえな。


「好き勝手やってくれたな、オイ。死なせてくれるぜ。」


 俺は再びライオン王子に向き合う。


 二人だけの夕日を邪魔させるわけにはいかぬ。


 俺とラウは立ち上がった。

 

「おっとしめえ、つけられらっしゅると!」

 ライオン王子はGUのTシャツを破り捨て、襲いかかってきた。



 どれほど経っただろうか。恐ろしく長いようで、僅かな時間なのだろう。


 肉が裂け、歯が砕けるほどの激闘を制したのは、俺とラウだった。お互いに酷い顔になっている。

 ライオン王子は血まみれで浜辺に横たわっていた。


 恐ろしい男だった。まさかあの健康法でしかない太極拳を殺人拳にまで昇華させているとは。


「ククク・・・・・・してやってくれたぜ。だが、俺など所詮日本四天王で最弱。」


「な、何?」

 俺とラウは驚愕の声を上げた。こいつ以上の存在がまさか3人も・・・・・・?


「残る3人は俺より遥かに恐ろしい奴らばかりだぜ。大阪の新世界王カオスマン、名古屋のデンジャー立浪、北海道のMUNEO。」

 もはや何を言っているか分からん。


「それだけじゃねえ。D.Q.Nはてめえらを完全にロック・オンだ。世界中の猛者がお前らに牙をむくぜ。お前らはもう朝日ライジングサンは望めねえぜ。・・・・・・これから貴様らがどこまで戦えるか・・・・・・楽しみにしてやってくれてやるぜ。」

 そう言って不敵に笑うと、ライオン王子は事切れた。


 俺は息を呑んだ。ラウを見ると視線が合った。ラウは強い瞳で俺を見つめていた。

 ラウの美しい顔に、赤みがさした。

 きっと、見つめ返す俺も同じなんだろう。


「ついてきてくれるか?工事。」

「もちろんだ、ラウ。」


 会った時から俺は何故か思っていた。この男についていきたいと。


 傷だらけの俺達は輝く夕日を背景に、熱い握手を交わした。


 愛理とともちゃんを見ると、やはり同じ雰囲気のように見えた。



 数か月後、俺達がロンドン本部を滅ぼしたと同時期に、愛理とともちゃんは、晴れて思いを伝えあい、結ばれた。


 俺とラウの元には、幸せそうな二人の写真と、惚気に満ちた手紙が届いた。読めば読むほど微笑ましくなる。



 もう彼女達を脅かす輩はいない。


 どうか幸せな二人の日々が続きますように。

 

 俺は心から祈った。





 俺とラウがどうなったか?


 想像に任せるよ。



 ただ一つ言えることは、


 幸せな二人ってのは、あいつらだけじゃなかったってことだ。

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幸せな二人 佐藤要 @seventhheaven7076

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