第4話 蟻、地獄
「……」
「……」
無言の時間が続く。
無言で歩き続ける時間が続く。
王城を出発してから何時間経っただろうか? 東にあった太陽が、今は西に傾いている。朝から夕方まで無言で歩き通し、リアの体と心は悲鳴を上げていた。
そもそも、共に歩いているクロノが無口だというのは雰囲気から分かっていた。だが、実際のクロノはリアの想像を超えていた。
リアがどれだけ話し掛けても『ああ』と言って頷くか、『いいや』と言って首を横に振るかの二つしか反応はない。
──気まずい。
それが噓偽りのないリアの気持ちだった。
ただ歩き続ける。この世界に来るまではバスや鉄道などの交通網が発達した日本の恩恵について考えることはなかったが、今になって理解できた。日本はやはり便利なのだと。
しかしながら、便利な日本での生活に慣れていたリアでも日中を通しで歩き続けることができている。これは
「……」
とはいえ、向上した能力はあくまでも身体能力。精神力までは向上させることはできない。
クロノとの会話が続かない空間は、リアの精神を
「莉愛」
「……え? あ、はい!」
だから、反応が遅れたのだろう。クロノが声を自分に掛けてくることを夢にも思わなかった。
「静かに。動くな」
初めてクロノから話し掛けてくれたことに声を弾ませるリアだったが、沈黙を要求するクロノの言葉により、すぐに表情を曇らせる。少し不貞腐れたようにクロノの顔を見上げるリアは、一瞬の後、体を強張らせた。
夕日に照らされ、振り返っていた黒の勇者の表情は以前、アオノに向けた表情よりも冷徹なもの。見る者に恐怖を齎す表情であった。
クロノはリアから目線を移し、前方、遠くを睨みつける。
「
次いで、矢継ぎ早に繰り出されるクロノの闇魔法。初めに、宙に浮く黒い球が出現し、その球にどこからともなく現れ出た黒色と銀色が混じった何の飾りもない剣が吸い付けられる。
「
ヴンと耳に慣れない音がした。リアがその音を、何かが風を切る音だと気づいた時、その時には、水風船を割ったような別の音が彼女の耳に届いてしまっていた。リアは慌てて音がした方向を見る。
初めに気が付いたのは赤色だ。赤い色が茜色が混じり始めた空へと向かって噴き上げている。その赤い色の下には黒い影。大きさは人と同等。形もほとんどが人と同じだ。だが、その黒い影の体は夕暮れ時の光が作る影にしては黒過ぎた。
人の体に酷似しているものの、クロノのように黒色の服や鎧を着ている訳ではない。それは正しく、体が黒かった。光沢のある黒い体。見た目からして堅そうな体をクロノが射出した剣が貫いていた。
蟻の体のようだとリアは思う。現実を判断する速度を遅いと感じながらも、それが何故、起こったのか理解できないまま、リアは前方を見続ける。
血を流しながら、そして、その赤は地面に垂れて吸い込まれていく。
フラフラと揺れ、そして、その影はグラリと前方に倒れ込んでいく。
二人を睨みつけ、そして、その蟻はうつ伏せに倒れて動かなくなる。
倒れ伏した身体はともかくとして、その
「ブレイク」
パンッという破裂音に思わずリアは身を竦ませる。恐々と目を開けてみると、一面、赤色が広がっていた。先ほどの赤が広がった範囲がどれほど狭いのか思い知らされたリアは目を背ける。だが、目を背けても鉄臭い香りまでは逸らすことができなかった。
これは血だと、目の前で行われたのは凄惨な行為だと、現実を突き付けてくる香りが風に乗ってリアの鼻腔へと侵入してくる。
「行くぞ」
ひゅっと息を思わず飲み込む。
リアの耳に届いたのはクロノの冷たい言葉。クロノが行った行為を彼自身は意に介さず歩みを進めようとする。
「なんで……」
リアの口から思わず出てしまった疑問。それがリアの心に火を着けた。
「なんで、あんな殺し方をしたんですか! あの人の遺体も残らない! なんで!」
「……昨日、君と会った時に俺の戦い方を見せると言ったな」
振り返るクロノの目は限りなく冷たかった。
「これが俺の
リアは何も言えない。クロノに何も言わせて貰えない。
「敵に灰すら残すことを許さない。徹底的に敵を殺すことが俺の戦い方だ」
「そんなの……」
「人道的じゃない? それとも、許されない、か?」
クロノは杭を打つようにリアの言葉に先回りする。
「だからといって、この戦い方を止める気はない。やつらは人じゃない。魔人だ」
「魔人……」
「魔人は排除する。それが俺の勇者道だ」
決意が籠った言葉だった。クロノの言い様にリアは言葉を失う。どのように説得した所で、クロノが自分の意見──魔人の鏖殺──を翻すことなど有り得ないと悟ったのだ。
クロノはリアへと向けていた顔を前に戻し、足を踏み出す。
「剣道や柔道、武道で使われる“道”という言葉の意味。それは、技術の形成と人格の形成を終点として目指すこと」
一歩一歩進んでいくクロノの足取りには迷いなどなかった。
「道……信念」
出立前に見た、見てしまった夢を振り切るようにクロノは足を進める。
「それが勇者道だ」
クロノの足音を夕日が吸い込んでいく。
「勇……赤の勇者の道。忠……青の勇者の道。仁……緑の勇者の道。礼……黄の勇者の道。誉……紫の勇者の道。義……白の勇者の道」
陽が落ち切ったのだろう。一気に暗く、そして、黒に染まっていく道を歩き続けるクロノの独白は続く。
「そして……」
泥濘へと足を踏み入れたクロノは改めてリアへと振り返った。
「俺の道は誠。敵を排除することが俺の勇者道だ」
敵の血を踏みつけにしてクロノは宣言した。
デバフ特化の勇者道 夏野しろっぷ @natsunosyrup
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