第3話 将来の夢

放課が終わりそうになり、恋也は教室に戻ろうとすると、実花と会う。

「恋也!どこ行ってたの?!」

「どこって、屋上だが、なんかあったか?」

「なんかあったかって…ご飯は?ちゃんと食べたの?」

 心配そうに聞いてくる。

「腹が減らなかったから食わなかったよ」

 めんどくさそうに言う恋也に実花はおでこを触る。

「大丈夫?熱でもある?」

「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 恋也は笑顔を見せる。実花には心配をかけたくない。

「ならいいんだけど…。あっこの後のこと覚えてる?」

「?授業だろ?」

 とぼけ顔で言うと、実花はため息をつく。

「やっぱり忘れてる…」

「?」

 実花は面倒くさそうに恋也に説明する。

「あのね、午後の授業は将来についての話をするの。担任の先生と一対一で」

「あれ?そうだったけ?」

 恋也は本気で忘れていたようだ。

「そうだよ。忘れてないでよ」

「ごめん」

「教室に戻ろう?」

「だな」

 恋也たちは、教室に戻る。



 担任の先生が、別室で生徒を呼んでいく。待っている生徒は教室で本を読んでいたり、何を話そうか考えている人がちらほら。恋也は鞄からタッチパネルを取りだし、途中読みの電子小説を読んでいく。モノレールに乗っている時途中読みになってしまったので、丁度よかった。

「次、九条。来なさい」

 実花が担任に呼ばれていく。ゆっくりとした足取りで。

ー実花は将来何になるのだろうか?-

 恋也はぼんやりと考える。そして席を外していくクラスメイトを見ていると、担任は番号順ではなく席順で呼んでいるようだ。そう考えると、彼が呼ばれるのは一番最後になる。

 刻一刻と時が進み、ついに恋也の番になる。

「水樹くん、来なさい」

 恋也は何も言わず立ち上がり、教室を出る。担任に連れられ来たのは、学習室。担任は恋也を対面につけた席に座らせ、自分は反対の席に腰を下ろす。

「それじゃ、始めようか。まずは将来の夢を聞こう」

 恋也は少し考えたふりをして、申し訳なさげに答える。

「実は、俺将来の夢が無いんです。何になりたいのも、何をしたいのかも」

 担任は驚いた様子だったが、そこまで気に留めなかった。

「分かるよ。この学校では普通だ。そういうことを言うのは」

「そうなんですか?初めて知りました」

「そうだよ。僕は上の学年の相談係もやっていてね、大体が決まらず悩んでしまう子が多いんだよ。そうなった時はいつもその子が積み上げてきた事、やってきたことを見たりしているのさ」

 長々と話す担任は、一人で納得していた。

「それを踏まえて、僕は君の昔のことや成績を見てみた結果なんだけど、警察官なんてどうだ?運動神経いいしさ」

「警察官…」

 恋也は警察官になることなんて考えたことも無い。そんな自分が、警察官なんて務まる筈がない。

「もしくは、ミュージカル俳優なんてどうかな?」

「なんでミュージカル俳優なんですか?」

 恋也は担任に訊く。

「君の中学のやつかな?文化祭で舞台をやったじゃないか?」

 担任は疑問形で訊いてくる。この人は昔の自分をよく見ている。

「確かにそうですよ」

「確かなんだったけな~?恋…」

「恋愛勇者です、先生」

「そうそれそれ。あの舞台をやっている君は、本当に生き生きしていたね」

「それは、まだ父が生きていたからです。父がいるからやれていたのです」

 担任は不思議そうに顔を顰める。

「それじゃあ、君はお父さんがいないと何もできないとでもいいたいのか?」

「はい」

 恋也はうつむいたままそう言う。

「父が生きていた時は俺もなりたい物がありました。それは父は許してくれましたが、母は許してくれませんでした。だけどあののせいで、全て水の泡になりました」

 後からは、担任は何も言わなくなって、恋也の将来についての話は終わった。

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