疾風のストレイ・キャット

杉浦ヒナタ

第1話 辺境のストレイ・キャット

 国境へと向かう機動要塞の不規則な振動が背中に伝わってくる。

 時折、撒きあげられた砂塵が走り抜けて行き、飛行甲板に寝ころぶ少女の制服のスカートを揺らしている。

 大きな岩を乗り越えたのだろう、甲板が鋭く揺れた。


 ユーモ・ファーンボロー少尉は大きく伸びをして、頭をあげた。

 その視線の先には、全高15メートル程の人型戦闘機械が、最終調整のために甲板へ引き出されていた。

 アニメでよく見かける、いわゆる戦闘ロボットとはかなり違う。とにかく機能性第一で、頭部はカメラ以外の飾りはない。腕や脚も駆動部分と弾倉以外は骨組みが剥き出しのままだった。


 これが彼女の所属する第25機動要塞の主力兵器、鋼騎兵メタル・トルーパー『R-DO Ⅱ』(通称:ドール)である。

 その最も特異な点は、背中に大きなプロペラをしょっているところだろう。

 飛行のためではない。この人型戦闘機械は、背中のプロペラによる風力発電でエネルギーを得ているのである。


 ☆


 中央集約的なエネルギーインフラが破綻した現在、人々は自然エネルギーを利用できる場所に小規模な都市国家を築き、生活を維持していた。こういった環境では、兵器といえど自然エネルギーを利用したものにならざるを得ないのだ。


 地熱発電と温泉を有するユーモの故郷は観光地として知られている。そのため資源を狙う他国からの侵攻は、決して珍しい事ではない。

 彼女の搭乗する機動要塞は侵攻してきた敵国軍を迎撃するため、他の機動要塞との集結場所へ向かっているところだった。


「やだもう、砂だらけになっちゃったよ」

 のろのろと起き上がり、制服をはたきながらユーモは文句をいう。緩やかなウエーブのかかった茶ショートの髪も白っぽくなっていた。

「おい。そこの、ばかパイロット。気持ちよさそうに寝てんじゃねえ。ハゲタカに喰わせるぞ!」

 若い整備士が怒鳴っている。ユーモ専属のギド・パスファインダーだ。年齢の割に腕は良いらしいが、口は壊滅的に悪い。


「あたしはユーモ・ファーンボローだって言ってるでしょ。いい加減に憶えてよ」

「そんな間延びした名前なんか憶えられるか。おれは気が短けえんでぃ。てめえなんぞ、ひもパンツ女で十分だ」

 ユーモは慌ててスカートを押えた。


「な、な、なに。いつ見た?!」

「阿呆か。大股開きで寝てりゃ嫌でも見える。ひでえモノ見せやがって。今度こそ慰謝料を請求するからな」

 しまった。寝相が悪いのを忘れていた。


 ☆


「でもさ。なんでよりによって、あたしの時に戦争になるかねー」

 ギドに紙コップのコーヒーを渡し、ユーモは愚痴をこぼした。昨年末、パイロットに選ばれた瞬間のことを、彼女は決して忘れないだろう。


 女友達と一緒に年越しパーティを開いていたユーモは、見るともなしにテレビを見ていたのだった。

 画面では、舞台の上でいくつもの円盤が回転して、その前に立った着飾ったお姉さんたちが、合図にあわせて矢を放った。

 円盤に書かれた数字に矢が刺さり、その数字が読み上げられる。


「つぎの当選番号は、17地区の203-677さんです。新規パイロット当選おめでとうございます!」

 アナウンサーが嬉しそうに叫んでいる。会場内は割れんばかりの拍手だ。


 へー。17地区ってこの辺りだよな、誰だろ可哀そうに。自分の市民番号票に目をやったユーモは思わず口の中のワインを吹いていた。

「あたしじゃん!!」

 今まで宝くじも当たった事がないのに。強制徴兵の抽選に当選するなんて。



 まあ、辺境警備を一年くらいやって交代だよ。家族からも、そういわれて軍に入隊したのだが。その途端、攻め込んできやがって。

「あたしに恨みでもあるのかね、あいつら」

「だとしたら、相当な大物だなお前」

 せせら笑ったギドは、空になったユーモの紙コップを受け取ると、一緒にゴミ箱に捨て、整備に戻った。


 ☆


 この機動要塞には3体の鋼騎兵メタル・トルーパーが配備されている。部隊名は『ストレイ・キャッツ(stray cats)』。つまり、”のらねこ小隊”だ。

 パイロットはユーモと同年代の女の子で、階級はおなじ少尉である。


 ほどなく他の2体も台車に乗せられ甲板に姿を現した。それぞれデザインが微妙に異なる。気に入らないのは他の2体は胸部が張り出しているのに、ユーモの機体はぺったんこなのだ。

「そりゃパイロットにあわせ、モディファイするからな」

 ギドはユーモの胸のあたりを眺めながらうそぶいた。

「まったく余計なお世話だよ!」

 実のところ、ユーモの機体は胸部のジェネレータが小型化された新型なのだった。



「ようやく風が吹き始めました。パイロットは搭乗しましょう」

 小隊のリーダー、クレア・バートルが柔らかな笑顔をみせた。しなやかな動きで胴体部分に設けられたコックピットへのタラップを上がる。


「うむ。やはり胸は揺れてこそ、だな」

 ギドが彼女を見上げ、うんうんと頷く。ユーモは偶然をよそおい、ギドの足を思い切り蹴り上げた。


「ねえ。ユーモちゃんの整備士くん、倒れてるけど大丈夫?」

 憤然とタラップを上がるユーモに向かい、もう一人が手をあげた。

 ミーティア・シェブロン、この小隊でいちばん年下で、まだ十代半ばだ。あどけない表情で首をかしげている。

「いいんだよ、あんなケダモノ


 ユーモはコックピットに収まり、メイン電源のレバーを入れ、続いて背面プロペラ発電機のロックを解除する。

 ゆっくりと『R-DO Ⅱ』の背中の風車が回り始めた。パネル中央に設置された充電計の針が、ゆるやかに頂点を目指し動き始める。

 

 インジケータランプが全て点灯したのを確認し、ユーモは操縦桿を握った。

鋼騎兵メタル・トルーパー『R-DO Ⅱ』03号機、起動します!」

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