第4話 孫子(前編)
ある日の夕暮れ、
そこへ、馬に乗った
柳下季はすぐにこの男がただ者ではないことを見抜いて声をかけた。
「もし、旅のお方。私はこの
男は馬から降りて一礼すると、先程の眼光が薄れてにっこりと微笑んだ。
「あなたが柳先生でしたか。先生のご高名は我が故郷の
私の名は
「おお、先生は
兵家というのは軍事の専門家である。兵家ならば跖の悪事をやめさせることができるかもしれないと、柳下季は
「孫先生、今夜の宿のご予定は?」
「いえ、まだ何も」
「でしたら我が家にいらしてください。先生のお話を是非とも
「これは願ってもないお申し出。私も魯について色々と聞かせていただきたいと思っておりました」
こうして、柳下季は孫子を邸宅に招き、豪勢な料理と酒でもてなした。
「して、孫先生、どうして魯へ参られたんです?何か仕官の当てでもお持ちですか?」柳下季はそれとなく探ってみた。
「さあ、これといって当てはございません。
私が生まれた斉は昔から大国なので、私のような名の知れない者がいくら献策しても、聞き入れられることはありませんでした。それどころか、私を
柳先生のお力で、この魯で仕官することは出来ますでしょうか?」
そう問われて、柳下季は顔をしかめた。
「魯ですかぁ…、魯はおやめなされ」
「何故です?」
「魯は弱小国で、斉や
先生、ここよりも
「おお、これはいいことを教えていただきました。何とお礼を申し上げればいいか」
「いやいや、困ったときはお互い様です。そうそう、私が呉王宛てに紹介状を書きましょう。呉で、仕官が決まるといいですな」
孫子は感極まって涙を落とした。
「何から何までありがとうございます。柳先生のご恩は一生忘れません。是非このご恩に報いたいのですが、何かお困りのことなどはございませんでしょうか?どうしても、柳先生のお役に立ちたいのです」
それを聞いて、柳下季の目がキラリと光った。しかし、柳下季はその気配を殺して言った。
「いや、実はですなぁ…、一つ困っていることがございまして…」
「何でしょう?私に出来ることでしたら、何なりとお申しください」
「孫先生は、『
「あの有名な大盗賊ですな?斉の国でも被害が出ております。もし盗跖を
「あ、いや、そのう…、討伐ではなく、悪事をしないように説得していただきたいのです」
「説得⁉︎どういうことでしょうか?」
「実は…、盗跖は私の弟なのです」
「……は⁉︎」
「いや…、ですから…、盗跖は弟なのです」そう言うと、柳下季は顔を赤らめて下を向いてしまった。
その様子を見て、孫子はこれが嘘ではないと分かった。嘘ではないとすると、単身で盗跖の元へ訪れて説得を試みなければならないことになる。討伐であれば自分の専門領域だが、説得というのは門外漢である。これは自分にとって非常に難しいことだが、すでに大言壮語してしまった。もう後には戻れない。
苦し
「柳先生、私は兵家であって
「孫先生、試みていただければそれで結構です。ただ、兵家には兵家なりの知恵をお持ちかと思い、お頼みしたのです。以前、孔先生にもお頼みしたのですが、うまくいきませんでした」
柳下季は、ことの
「そうですか、分かりました。やるだけやってみましょう」そう言って、孫子は明朝に
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