第3話 孔子(後編)
翌朝、孔子は
盗跖の
孔子は馬車から降りると門番に
城壁の内側では、盗賊達があちこちで煮炊きをしていた。奥に向かって孔子が通ると、皆物珍しそうに孔子に視線を注いだ。
やがて、石造りではあるが粗末な建物に案内された。中に入ると、盗跖は床に座って人間の肝の
孔子に気付くと盗跖は書簡を床に放り投げ、孔子をギロリと
「お前が魯国一の偽善者、
そう言うと、盗跖は皿に盛られた膾を指さした。そして、剣の
「本来お前などに用はないが、もしもお前の言うことが正しいというのなら言ってみろ」
それは、心理的圧迫を狙った盗跖の芝居であった。相手を
(さあ、孔丘よ、次に打つ手はどうする?)
しかし孔子はそうした盗跖の
もし盗跖が本気で自分を殺す気なら、とっくに立ち上がっているはずだ。一見すると豪華だが、
「では、
「世の中には上徳、中徳、下徳の三つの徳がございます。体格や
今、拝見しましたところ、柳跖殿はこの三つの徳を兼ね備えております。それなのにあなたは世間から『盗跖』と呼ばれ恐れられております。私にはそれが残念でなりません。もしもあなたが私の言葉を聞き入れてくださるのなら、私は諸国を巡ってあなたを
あなたがこの乱れた世を正し、戦乱を終わらせ、人心と先祖の
それを聞いて盗跖は「あっはっは」と笑い始めた。そして突然表情を変え、孔子を
「愚か者め、『目の前で人を
孔丘、大局を見誤っているのはお前の方だ。昔、
孔丘、お前はどうなんだ?周王朝を盗もうと狙っている諸侯達を言葉巧みに惑わし、自身の出世と
それに俺は聖人君子などに興味はない。人間というのは欲にまみれた生き物だからだ。美味いものを食い、美しいものを見て、心地いい音を聞き、心を満足させたいと望んでいる、それが人間だ。
天地は無限に続いているが、人間の寿命には限りがある。しかもいつ終わりが来るか誰にも分からない。だからこそ今を少しでも満足させることが道理というものだ。そんなことも分からん奴を諸侯が取り立てるとでも思っているのか?たとえ取り立てたとしても、すぐに煙たがられて失脚させられるのが落ちだ。俺が君主なら、まっ先にお前を殺すだろう。そしてお前の弟子達も、俺のような人間に殺されることだろう。
だが、お前の思想はこの地を統一した
残念だったなぁ、孔丘。お前が俺に言ったことはまったく参考にならんし、お前の説いている理想など今の俺には何の値打ちもない。さっさと立ち去れ!」
孔子は黙ったまま二度お辞儀をして曲阜へと引きあげた。
柳下季の屋敷を訪れて
「お役に立てず、申し訳ありません。弟さんは義と欲とを混同しているようです。己のためなのか、皆のためなのか。しかし、それを分かっていない諸侯や臣下もたくさんおりますからなぁ…」
孔子は何故諸国で自分が受け入れられないのか、少し分かった気がした。
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