夢現

 またか、と俺は一人ビルの屋上でため息を吐く。

 髪を揺らす風は、まるで現実であることを訴えているように思えるが、ここは紛れもなく夢である。なぜならつい先程布団に潜り込んだ記憶があるから、というのが一つ。そして、最近よくこのような夢を見る、というのがもう一つ。

 確か今日で記念すべき三十回目だ。記念品があるなら大喜びだが、そうではないので気が沈むだけでしかない。

 というのも、この夢から覚めるには死ななければならないからだ。理屈はよくわからないが、いくら待ってみても目が覚める様子はなく、その日は寝坊しただけであった。

 夢はいつも前回死んだ場所から始まり、妙にリアルな風景を見せつけてくる。最初の数回はよくわからず、トラックに数回はね飛ばされたことで死ぬことが鍵であるということに気づいた。どうにもこの夢は俺の死を望んでいるらしく、長時間死なずにいると、何かしらの死因が向こうからやってくるのだ。

 最初は意識すれば避けられるが、やがて死は必ず訪れる。だから死なずに徹することは無駄でしかなかった。


 風に吹き付けられながら、フェンスに手をかけよじ登る。それを乗り越えてしまえば後は楽なもんで、目をぎゅっとつぶりながら手を離すだけでいい。どんなに恐怖が心臓をつかんでいたとしても、勝手に重力が殺してくれる。


「っ!」

 冷や汗を流しながら飛び起きた。

 いくら三十回目で慣れがあるとはいえ、やはり怖い物は怖い。リアルな世界観で死を受け入れられるようになってしまったのでは狂気の沙汰だろう。そんなもの、天寿を全うするときだけで十分だ。漏らさなくなっただけ褒めて欲しい。

 まぁ、漏らさなくても布団はびしょ濡れなことには変わりないし、当然シャツもズボンも無事ではない。ここ一ヶ月洗濯物と風呂の時間が増えたのは悩みものだ。

 とはいえ、やはりシャワーを浴びないわけにもいかない。一種のルーティンと考えればそこまで気にもならないだろう。そのせいで朝食を抜かなければならないことばかりはポジティブに捉えようがないのだが、愚痴っても仕方ないのでスーツに腕を通して大人しく出勤する。

 

 俺がいくら非日常を歩もうと、現実は変わりない。

 そこが本当に現実であれば。


 違和感に気づいたのは歩行者の少なさだった。

 今日は平日だし、一般的な出勤時間であるこの時間帯にしては人影を見ないのはどうにも気にかかる。それこそ、毎日見る夢がこんなような感じで。


 突如、背後からブレーキ音が聞こえた。思考するよりも早く体が動いた、次の瞬間、トラックが目の前を通り過ぎる。明らかに道路を外れた、俺を殺しに来ているかのような軌道。

 ここまでくると、ここが現実なのか夢なのかを考えざるを得ない。勿論、俺は先程起きたばかりだし、布団に入った覚えもなければ、寝落ちするような状況でもなかった。

 確かに、人が少ないことも、トラックが突っ込んでくることも現実に起こり得る話ではある。しかし、歩道に突っ込んだトラックに対して誰も騒いでいないなんてことがありえるだろうか。


 夢か現実か。それは死んでみればわかるだろう。だが、もし現実だったら。



 俺は冷や汗を流しながら飛び起きた。

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