八月の日暮れ
心情に関係なく、太陽の熱は容赦なく肌を焼く。そのうえ蝉がなくものだから、なんだか余計に暑く感じられた。
少しは静かにしてほしいと思う一方で、彼らも同じ気持ちなのだろうか、なんて馬鹿な考えもめぐらしてしまう。
「せみ、うるさいね」
「うん……そうだね」
せっかく日向が振ってくれた話題を広げることなく、ただただいつもの帰り道を歩く。近いような遠いような、そんな二人の距離は変わらぬままに、静寂を蝉の声だけが塗りつぶす。
夏は恋の季節だ、なんて昔は言う人もいたらしい。今じゃそんなこというのは年寄りだけだ。だってそうだろう、別れの季節にわざわざ恋をする理由なんてない。そんなの、誰かの心がもてあそばれるだけだ。
「じゃあ、私こっちだから」
「うん、ばいばい」
またねなんて、そんな無責任なことは言えない。でも、これだけで終わらせてしまったのがなんとも寂しくて、それ以上に自分の意気地なさがどうしようもなく嫌になって、ため息を吐いた。
夏は、熱と音は、そんな感傷に浸ることも許してくれない。
昔から夏は嫌いだった。ぽっかりと空いた穴に、無理矢理なにかをねじ込まれているような気分になるのだ。太陽の熱も、鳴り続ける音も、何もかもが嫌になる。
日向も夏は嫌いだと言っていた。自分の名前も夏っぽくて好きになれないとも。
でも、彼女と一緒ならそんな夏も好きになれるような気がしていた。
僕は選択肢を間違えた。だからそんな夢はかなうことはない。
そんな僕に容赦なく夏は突き刺さる。
卒業式を終えた、とある八月の日暮れだった。
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