三題噺:それだけは彼の物(TRPG 卒業アルバム トロフィー)

 目覚ましの音が鳴る。それが俺の就寝合図だ。

 しばらくすると、食器の音やクローゼットを開ける音が聞こえてくる。それらの雑音から身を守るように布団を被った。

 何も聞こえないし、何も感じない。そうやって必死に目をつぶる。一段とうるさいノックも母の声も聞こえない。聞こえやしないのだ。俺は真っ暗な夢の世界に居るのだから。


 目が覚めると、ゲーム画面は十四時を告げていた。今日は早起きだな、なんて思いながらコントローラーを握る。

 いたずらにスティックを倒せば、それだけでキャラクターは動いてくれる。何の目的をもたずとも自由に動き回れるのだ。ただ、この世界ももうすぐおさらばだろう。ここのところMMOのサービス終了が多く感じる。確かにこれほど広いマップに一人もいないんじゃそうなっても仕方ないのだろう。現実世界は無駄を削ぎ落とす機能を持っているのだから。

 それなのに体は食事を要求してくる。最初は気にせずゲームに没頭するが、腹の音がうるさくなって、そのうち冷めた朝食を食べることになる。食べ終わったら食器類を廊下にこっそりだして、またテレビの中の世界に戻る。

 特に意味も無く剣を振るい、異形を倒す。何かしているという結果を得るためだけに。


 気づけば外は暗くなり始めていた。そういえば、今日はTRPGをする約束があるのだったか。初心者が来るとかなんとかで、出来れば早めに集まって欲しいと言っていたな。

 チャットアプリを起動させると、既に何人かが通話を開始していた。


「あー、あー、これ聞こえてます?」


『おお、春坊か。ちゃんと聞こえてるぞ』


 春坊、ここではそういう名前だ。あだ名というわけではないが、本名からもじった物なのであだ名としても成立はするだろう。


『春坊もキャラシ貼っつけといて』


「了解です」


 春雨と書かれたキャラクターシートをグループに貼り付ける。


『持ち物とかは問題なし。それにしても相変わらず優秀なキャラ持ってくるね』


 TRPGでは誰しもが成りたいキャラになれる。スペックはダイスしだいなところも多いが、ある程度なら演技で代用出来るし、どんな技術に特化させるかも自由だ。


「なんかすみません」


『別に責めてないよ。一人くらいは正統派キャラがいないとゲーム回す側としても困るし』


『そうそう、トリッキーな役は俺らに任しな』


『雪村くんは少し自重すべきだと思うけど』


 そんな会話に思わず口角が上がる。この人たちに出会えたことばかりは幸運としかいいようがない。


「そういえば、件の初心者ってまだ来てないんですか?」


『いや、今ミュート状態なだけ。この悠大ってアカウントがそう』


 悠大……? いや、そんなまさか。


『えっと、聞こえてますかね?』


『お、噂をすれば。ちゃんと聞こえてるよ』


『すみません、ずっと一人で話してました』


「あー、ありますあります」


『では、改めまして自己紹介を。悠大ってアカウントでやってます。本名が陽山悠大なのでそこからとってますね。TRPG初心者なのでよろしくおねがいします』


 ネット上で本名をばらしたり、本名をそのまま使ってしまう警戒心のなさ。しかし、俺はそんなことを気にしている場合ではなかった。

 ほこりを被った卒業アルバムを慌ててめくる。

 そこには、笑顔で写る陽山悠大が存在した。

 俺のとっての死神。

 陽山悠大はそう言って差し支えない人物だ。文武両道の天才転校生で、様々な分野において俺のトロフィーをかっさらっていった厄災。部活のエースの座も、学年成績トップも。

 それからというもの、俺の人生は空回りし始めた。野球の授業中、陽山のバットに当たり骨折。無事治ったもののスポーツ推薦は取り消し。学力に余裕はあったので受験勉強は人並みに頑張ったもののあえなく全落ち。死ぬ気で努力しても結局二浪。

 勿論、後半は八つ当たりに過ぎないだろう。それでもこのやるせなさをぶつける相手は陽山しかいないのだ。だってあいつは、俺にとっての絶対悪なのだから。

 わかってはいる。結果を出せなかった自分が悪いのだ。でも、それ以上に陽山という存在はどうしようもなく悪なのである。

 だってそうだろう? 人一人の人生を壊しておいて、こんなにも笑顔なのだから。


『あの、春坊さんって岩倉晴樹って名前に聞き覚えありませんか?』


 ぞっとした。やはりこいつはあの陽山悠大なのだ。

 もしかして、俺にとどめを刺しに来たのだろうか。

 これ以上俺の居場所を奪うつもりなのだろうか。

 やめてくれ。これ以上は耐えられない。


『もし晴樹なら連絡ください。言わなきゃいけないことが──』


 震える手でパソコンを投げた。

 さぞかし大きな音が鳴っただろう。

 棚に置いてあったトロフィーは壊れたかも知れない。

 でも、そんなの聞こえないし、見えもしないし、何も感じない。

 これ以上何も奪わせない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る