人生という一冊

コスギサン

第1話

 人生は一冊の本、という言葉を聞いたことはあるだろうか。その本は死を以てようやく完成する。


 今この瞬間にも心臓の鼓動が、血液の流れが、脳の電気信号が、人生の新しいページに文字を刻んでいる。人は皆執筆の途中なのだ。


 この世に完結した本は存在しない。完結、それは死を意味する。死んでしまったらこの世には残らない。人生という本を隅々まで楽しめるのは自分だけなのだ。だからこそ慎重に書くべきだ。言葉の選び方、文の構成。人生は自分で決められないことの方が多い。先のことは分からない。終わりがいつ来るかさえも。


 訂正したい箇所もあるだろう。消去したいエピソードもあるだろう。後悔しない人間はいない。その後悔は時に筆を誤らせる。人の感情は厄介だ。特にネガティブな感情は。それでも人は書く手を止めることはできない。


 中には自ら筆を擱く者もいる。彼らはまだ途中だっただろうに。決められたストーリーを書くのが辛ければ方向性を変えるのもいいだろう。それは逃げることじゃない。一度しか書く機会がないのに他人に内容を強制されて書くことをやめてしまうなんて勿体ない。


 作家は人間だけではない。全ての生命が筆を持っている。彼らも必死に書き続けている。我々は必要なく彼らの執筆の邪魔をしてはならない。


 筆を執って間もない者は年長者の真似をするといい。筆の運び方は彼らが教えてくれるだろう。


 書くことに飽きた者はこれから筆を執る者の例になるといい。身につけてきたページのめくり方を彼らは体現してくれるだろう。


 今までもこれからも同じ本は二つとない。自由にその筆を動かしてほしい。あなたの本はあなたにしか記せないのだから。




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人生という一冊 コスギサン @kosugisan

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