第3話 殺したら死ぬ。当たり前のことだ
「世界は私に
それが耳原社長の口癖で、朝礼の打率は五打数五安打、耳に
「私は強く確信している。世界は私の悦びのために在るのだ。私が生を謳歌するための舞台が世界だここだ。だから世界は私に額突け。平伏しろ。隷属しろ。諸君、私の為に尽くし給え。働き給え。巡り巡ってそれこそが諸君らが諸君らの世界を額突かせる方策となるのだから」
相変わらず高慢で傲慢で意味不明なことを
「耳原君」
朝礼後、耳原社長に声を掛けられる。
「なんでしょうか」
「先月の君の営業成績は大変良かった」
「有難う御座います」
「そこで今月は先月の二倍がノルマだ」
「わかりました」
私はわかったのでわかりましたと言ったが、意味はわからなかった。
こうして今月のノルマが二倍なった私は寸暇を惜しんで営業に赴く羽目になった。会社を出ると太陽が馬鹿みたいに眩しい。きっと太陽は馬鹿なのだろう。だから人の気も知らないでこんなにも燦々と輝いているのだ。暑い。これは夏だった。
お得意先の耳原商事への道中、耳原橋の
「こんにちは。暑いですね」
「暑いですね。こんにちは」
「暑いからうんざりしますね」
「うんざりしますね暑いから」
「私は耳原を販売しているのですが如何でしょうか」
「お金が有りません。難病の妹の為、お金が必要なのですがそれすら無いのです。ですからここで死んで私の生命保険で賄おうかと思ってました」
「成程。悪くない思案ですね。しかし生命保険金なぞ微々たる額なのではないですか。人は死にますからね。そんなことに一々お金を払っていられないというのが保険会社の考えなのでしょうし、私だって概ね同意しますよ。人は死にますからね。当たり前の事象です」
「仰るとおりです。それで他の金策を考えていた所なのです。愚かな姉で妹に申し訳ない」
私は同情し、何か良案があるやと考えた所、神の啓示とばかりに素晴らしい方策を思いついたので早速開陳することにした。
「そういうことであれば、私の勤務先から大金を奪えばいいでしょう」
「そんなことをしても良いものなのでしょうか」
「勿論です。私の会社はとても
「他人の財産を奪うのは犯罪だと思うのですが、そう言われるとなんだかやってもいいような気がしてきました。やりましょう」
「ええ、やりましょう。そうだ、名前を聞き忘れてました」
私は妹思いのお姉さんに名前を尋ねる。
「私は耳原耳原です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。私は耳原耳原です」
「私は耳原耳原です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。私は耳原耳原です」
「私は耳原耳原です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。私は耳原耳原です」
「私は耳原耳原です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。私は耳原耳原です」
こうして二人意気投合し、私の勤務先である耳原金融に向かった。耳原金融は雑居ビルの四階に居を構えている。狭い階段を上り、耳原金融のフロアに侵入する。社員は私を含め数名しかおらず大抵外出している。幸いにも皆出払っているようだった。借金漬けにした債務者へ取立てでも行っているのだろう。
成金趣味で統一された社長室には絵画や壺が飾られており、当然馬鹿でかい金庫もあった。ここに大金が入っているのだ。
こんなこともあろうかと私は金庫の解錠番号を把握しておいたのであっさりと金庫を開扉することに成功した。金庫の中には沢山の札束と宝石、権利証が入っていた。
「やりました」
「やりましたね」
私達は笑顔で頷き合った
これで後はおさらばするだけだと社長室を出ようとしたその時、耳原社長が戻ってきた。開扉された金庫と私達を見て
「お前ら!」
耳原社長は俊敏な動きで高級簡易殺人器を取り出し、耳原さんを殺した。彼女はピクピクンピクピクンと痙攣して死んだ。殺したら死ぬ。当たり前のことだ。
このままでは殺されると
高級簡易殺人器が復活すれば為す術も無く耳原社長に殺されてしまう。何か手段は。成金趣味の部屋に視線を巡らせ起死回生の一手を探る。これだ。私は趣味の悪い、けれど
現実が故のリアリティに悟る。嗚呼、耳原社長は
そしてどうやら私は嬲り殺しに夢中になっていたらしい。気が付くと警察官がいて、そのまま逮捕された。そうして捜査の一環として、耳原警部補から取調べを受ける。
「耳原耳原、お前には殺人罪の容疑がかかっている」
「いや、確かに社長を殺しましたけど、皆も殺しているじゃないですか」
「それはきちんと殺人器を使って適切に殺人しているだろう。確かに殺すこと自体は問題ない。誰だって死ぬからな。しかしお前は殺人器を使わず、あろうことか被害者に多大なる苦痛を与え、死に至らしめている。そのような苦痛は本来自然発生的には生じえなかったものだ。それをお前は被害者に無理矢理に押し付け、その人格をも傷つけたのだ。その罪は重い。当たり前だろう」
私は苦し紛れの反論を試みたが、いとも容易く論破されてしまった。そりゃそうだ。
こうして私は公正な司法手続に則り、長年にわたって
そうして苦役を終えた後、漸く私は解放された。解放されて最初にすることはもう決まっていた。ずっと前から決めていた。私は簡易殺人器を購入する。そして簡易殺人器を用いて私は私を殺した。私はピクピクンと痙攣して死んだ。殺したら死ぬ。当たり前のことだ。それは素晴らしい安らぎだった。
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