第2話 飴玉は甘い。人生は苦い
一つの人命は地球よりも重いが、そもそも地球は飴玉よりも軽い。つまり比較対象として不適格なのだ。
恋人と共に映画に行くべく二人でバスの待合室にいると、ふと、そんな言葉を思い出した。これは確か耳原先輩と授業をサボタージュして喫茶店で耳原を食べていた時に言ったのだ。どうして耳原先輩とサボタージュすることになったのかはさっぱり覚えていないが、耳原先輩のシニカルな口調と食べていた耳原が
「どうしたの。ぼうっとして」
「どこの喫茶店だったかなって」
「喫茶店」
「喫茶店」
耳原が人差し指で私の頬をつつくと、そのままずぼりと貫通する。私の頬は耐久性が弱いという欠点があり、ちょっとした衝撃で破れてしまうのだ。
「あ、ごめん」
「ちょっと気を付けてよ」
ハンドバッグから修復テープを取り出し、ぺたりと貼る。数日もすれば元に戻るだろう。
「それで喫茶店がどうかしたの」
「昔行った喫茶店どこにあるか忘れた。先輩と行ったんだけど」
「その先輩に訊けば」
「成程。そうする」
早速電話をしてみると、程なくして繋がった。耳原先輩の声は相変わらず明るくてだけどシニカルなざらつきが残っていた。
「もしもし」
「もしもし」
「耳原ですけど」
「耳原かどうしたの」
「前に先輩とサボタージュして行った喫茶店あったじゃないですか。あれどこでしたっけ」
「耳原だよ。商店街の裏路地の方にある」
「あ、なんとなくわかってきた」
「それは良かった」
「ありがとうございます。ところで先輩は今どこで何をしているのですか」
「余命三日で入院してる」
「やばいですね」
「やばいですよ」
「マジでお見舞い行きますよ。どこ入院してるんですか」
「耳原総合病院」
「じゃ行きます」
電話を切った。幸い耳原総合病院なら目的のと別のバスに乗れば行くことが出来る。私はこのまま耳原先輩のお見舞いに行くことにした。
「先輩どしたの」
「耳原総合病院に入院しているんだって。余命三日。今から行くわ」
「え、じゃあ映画はどうするの」
耳原に痛い所を突かれる。しかし私の腹は決まっていた。
「映画はまた今度」
「今度って何時なの」
「今度は今度だよ」
「じゃあ可能性としてはその今度とやらが永遠に来ないこともあるわけ」
「まあ可能性として永遠に来ないこともあるわけだけど、そこは早期到来に向けて相互努力してこうよ」
私は耳原と会話をしているうちに段々と面倒になってきた。なんでこうまで赤の他人のために自分を調整しなければならないんだ。恋人なんていっても、いやたとえ家族であろうとも私じゃない他人じゃないか。他人は人間じゃない。他人だ。配慮なんて大層な心遣いをする必要なんて微塵も無いのだ。
そこで私はハンドバッグから簡易殺人器を取り出し、とりあえず耳原を殺すことにした。彼女はピクピクンと痙攣して死んだ。殺したら死ぬ。当たり前のことだ。
それから私はバスに乗って耳原総合病院に向かった。耳原総合病院は入ってすぐに受付があるようなどでかい病院で、病院だなあ人が死ぬんだろうなあと思った。
私は耳原と書かれたネームプレートを付けた受付員に耳原先輩の病室を尋ねた。
「すみません、病室の番号を教えて欲しいんですけど」
「患者様のお名前は」
「耳原耳原です」
「耳原耳原様ですね。それでしたら303号室になります。こちらの受付票にご記入下さい」
私は記入した受付票と引き換えに面会者用のネームホルダーを貰い、303号室に向かう。303号室は大部屋で入って左奥が耳原先輩のベッドだった。お洒落だった彼女は味気無い入院着を纏っていた。
耳原先輩は私を認めると余命三日にあるまじき笑顔で手を上げた。
「や、本当に来たんだ」
「はい、本当に来ました」
耳原先輩は枕の下から煙草を取り出し、
「吸うならあげる」
「いえ」
「そう」
耳原先輩は煙草を枕の下に戻した。
「命ってね、価値無いよ」
「飴玉とどっちが価値ありますか」
「飴玉だよ当たり前」
「どうして」
「飴玉は甘い。人生は苦い」
「成程」
私は頷いた。耳原先輩っぽい答えだった。
私と耳原先輩は雑談をした。粗雑なコミュニケーションだった。耳原先輩は好きな交尾について
「そういえば先輩はなんで入院してるんですか」
「耳原病」
「それで死ぬ」
「そう、死ぬ」
「お気持ちを一言」
「死ぬんだーって感じ」
「成程」
私は頷いた。耳原先輩っぽい答えだった。
耳原先輩が煙草のため枕下をまさぐっていると、利発そうな眼鏡な医者が看護師を連れてやって来た。どこかで見たことがある顔だなと看護師を見ているとネームプレートに耳原と記されていた。私が病院に来た時に受付にいた看護師だった。
「あ、耳原先生」
「今日は。調子は如何ですか」
「後三日間は生存出来そうなくらい好調です」
「それは
耳原医師は鷹揚に頷いた。
「
「なんでしょうか」
「実は病室が満床になってしまった為、早急に空きを作らねばならないのです。そこで、余命三日の耳原さんには今日死んで貰うことにしました」
「そんな理由で」
「アハハハハ、何を今更。人を殺すのに大した理由は要りませんよ。太陽が眩しいから。お金が欲しいから。太陽が眩しいから。苛々していたから。太陽が眩しいから。嫌いだから。太陽が眩しいから。暇だから。太陽が眩しいから。そんなちっぽけな切っ掛けさえあれば人は人は殺しますし殺されます。人生に
耳原医師は
「まあ話はわかりました。丁度後輩が見舞いに来てくれていまして、どうせなら彼女に引導を渡して欲しいのですが」
「勿論構いませんよ。誰が殺そうと死ぬのですからね」
耳原医師が耳原看護師に促すと、彼女は私に医療用殺人器を手渡し、使い方をレクチャーしてくれた。本人たっての要望に従い、私は医療用殺人器で耳原先輩を殺した。彼女はファファルンと活性化して死んだ。殺したら死ぬ。当たり前のことだ。
耳原先輩は死んだので、また一緒に耳原の喫茶店に行ってあの矢鱈甘いけれど美味しい耳原を食べることが出来なくなった。なので私は誰とあの喫茶店に行けば良いのだろうと考えた。わからなかった。わからなかったのでとりあえず医療用殺人器で耳原医師を殺してみた。彼女はファファルンと活性化して死んだ。殺したら死ぬ。当たり前のことだ。
ついでに耳原看護師も殺そうと思い立って医療用殺人器を向けようとしたら、突如鋭い光が私の眼球を襲った。眩しさの余り目を閉じる。しまったと思った時にはもう遅い。私の手から医療用殺人器が奪われる。目を開ける。光の正体はスマートフォンのライトだった。そして耳原看護師が医療用殺人器で私を殺した。私はファファルンと活性化して死んだ。殺したら死ぬ。当たり前のことだ。私は死んだ。
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