雨天読書

外では雨が降っている。俺は部屋で本を読んでいる。

またもや腐れ縁の友人が持ってきたその本は、図鑑サイズはあろうかというほどに分厚く、 カバーは摺りきれ、所々ページも飛んでおり、もはや骨董品と呼べる風格を醸しだしている。


内容は世界中の伝承を集めたものだが予想以上に興味深く、朝からずっと読みふけっていた。こんな雨の日の暇つぶしにはもってこいだ。秋晴れというように、清々しい日が続くかと思いきや週明けから雨天続きとなった。女心と秋の空そのものだ。


日頃の不肖の成果により、うちの庭は隙間なく草花で埋め尽くされている。紅葉に南天、柿、琵琶、山茶花、椿、石楠花(しゃくなげ)、金木犀……あげきれないほどだ。


そのため雨に濡れると途端に草花が匂い立つ。雨に濡れた草木の匂いはもっとも好きな匂いのひとつかもしれない。生命の息吹そのものだ。


雨脚が弱まったのを感じて一服しようと縁側にでた。

湿気でマッチがなかなか点かず、しばらく奮闘する。いい加減ライターに鞍替えしようかと思わなくもないが、どうもこの燐と硫黄の匂いが好ましくて未だマッチを愛用している。


ようやく火を点けぼんやりと空を見れば、木々の間から一筋、煙のようなものが上がっていた。

一瞬、自分の煙草の煙かとも思ったが、それは遥か遠くからゆらゆらと昇っている。眼鏡をはずして目を細めた。しかし何なのか今ひとつ判別がつかない。

一見すると焚き火の煙のようだがこの雨では考えにくいし、火事にしては儚すぎる煙だ。


ぼんやり見ている間にも、それは段々とうねるように空高く上がってゆく。

まるで単体で生きているように見えるのはなぜだろうと考えて、一向に薄くならないからだと気づく。しかもさっきまでは地面から伸びていたのに、今は空の只中から伸びているのだ。


何に似ているかといえば、幟か垂れ幕なぞが飛ばされているようにも見える。しかし、ああも真っ直ぐ空に向かっていくというのは奇妙である。


結局一体何なのか結論は出ないまま、それが空高く上るのを見送って煙草を潰した。

部屋に戻り、伏せてあった本を手に取りページをめくる。



次のページは全面が挿絵だった。

雨雲のなか昇ってゆく、細くしなやかな、白竜の絵だった。






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