第九話 体育祭が気が気でない 後編 ②

「奈緒っ、おめでとう! 二位ってすごいじゃん、運動部の奴らもいるのに……」

 昼休み。僕は奈緒にお祝いの言葉をかけた。

 僕は奈緒と理沙先輩と三人で校庭の片隅にあるベンチで食事を取る。

「まあ、嬉しいな」

 やけに淡泊たんぱくな反応の奈緒。

 体育祭自体、そんなに興味無いようだからなぁ……。

「次は借り物競走だね。颯太君、負けないよ! あたしの弁当は……」

 理沙先輩は弁当を包んでいたバンダナを解く。

 バンダナから出てきたのは……もっともっとのとんかつ弁当だ。わざわざバンダナで包む必要、あった?

「胃がもたれないか?」

 奈緒が言う。

「大丈夫、大丈夫。とんだからね。これで勝つんだ、戦いに!」

 くっだらね。

「僕達の弁当は何だろう」

 僕は弁当箱を包むバンダナを解き、弁当箱を開けた。

 そこに入っていたのは父さんの手作り弁当。

 おにぎり、たこさんウィンナー、卵焼き、ミニハンバーグ、ゼリー。

 ちょっと子供っぽいけど、色とりどりの美味しそうな弁当だ。ありがとう、父さん!

「可愛いお弁当だね。小学校の遠足を思い出すなぁ」

 理沙先輩が羨ましそうな目で僕の弁当を見つめる。

「ちょっと分けましょうか?」

「いや、いいよ」

「小学校の遠足……?」

 奈緒は何が何だか分からないようだ。

「あれ……分からない?」

「俺は参加した事が無い」

「どうして?」

「嫌いだからだ」

 昔からブレない奴だな。

 だからこそ、どうして高校になって急に行事に参加するようになったかが気になるのだけれども。

「でさ、話は変わるんだけど、颯太君はもう読んだ?」

 理沙先輩が言う。

「何でしょうか?」

「ほら『一魔女』だよ」

「勿論読みましたよ。主人公のソフィーヤちゃん、すっごく可愛いですよね」

「良いよね、ソフィーヤちゃん。めっちゃ強いのに、ちょっとドジな所が」

「読み終わったなら俺にも読ませてくれ。まだ読んでいないんだ」

 奈緒が言う。

「あっ、ごめん。読み終えたら貸すつもりだったのに。でも奈緒は奈緒で『びしょつき』の最新刊を貸してくれるって約束じゃ……」

「悪い、忘れていた。貸すから待っていろ」

「うん。読ませてね」

「アニメ化するかなぁ。動いて喋るソフィーヤちゃん、見たいなぁ」

 理沙先輩は言う。

「それは買って読んで支える、以外に無いだろ?」

 奈緒が言う。

「だよねぇ。声優せいゆうさん、誰が合うかなぁ……」

「三人で予想し合いません?」

「ああ、良いねぇ!」

「三人? おい、俺はまだ読んでいないぞ」

 奈緒がキレ気味に言う。

「あっ、ごめんっ」

 僕と理沙先輩は口を揃えて言った。

 こんな風に、三人でオタクトークに花を咲かせながら昼休みを潰した。


「全力で行きますよ、理沙先輩!」

「望むところだよ、颯太君!」

 いよいよ僕が出場する第一戦、借り物競走。

 コース中央にはそれぞれのコースに一つずつ、小さな机。その上に置かれた小さな箱。

 あの中にお題の書かれた紙が入っている。あの中から一枚、お題を取るのだ。

「位置について……用意、ドン!」

 ピストルの音と共に机を目がけて走り出す。

 運動音痴な僕だけど、最初に机の所に着く事が出来た!

 僕は箱の中の紙を取る。どれどれ……『茶髪の人』? ああ、こんなの答えは一つ!

 僕は紙を持って二年三組の席めがけて走る!

 ……あれ、後ろを振り向くと理沙先輩も同じ方向に? まあ、僕には関係の無い話だ、僕は集中集中。

「奈緒っ、来て。僕と一緒に!」

 僕は座っている奈緒の左腕ひだりうでを掴んだ。

 奈緒のクラスの人は騒然そうぜんとしていたが……

「こいつは俺の弟だ」

 奈緒がこう言えば鳴り止まった。

「何だ颯太、俺を連れて行く必要があるのか?」

「そう! お題が『茶髪の人』だもの。だから来て、お願い!」

「仕方ないな……」

 奈緒が渋々納得した様子を見せ、立ち上がると……

「なーおっ!」

 理沙先輩が奈緒の右腕を掴んだっ!

「ちょっと、理沙先輩っ!」

「あたしも奈緒を連れて行く必要があるんだぁ。譲れないな」

「僕だ、僕が先なんだ!」

「あたし!」

「お前たち……」

 僕と理沙先輩で両側から三人さんにん四脚よんきゃく? いや、三人六脚ろっきゃくだな。並んで走る……不本意ふほんいだけど。

「理沙先輩、奈緒から離れてくださいよ! 僕が先に来たんですから!」

「ダーメ! 行くのはあたしっ!」

「はあっ……」

 ため息をついて態度を曖昧あいまいにする奈緒。

 そんなのだから、僕と奈緒と理沙先輩、三人揃ってゴール直前まで来てしまった。

 ま……まさか…………これが伝説の、『手を繋いでゴール』ってやつ?

 いや、そんな事はあってはならない!

「離してください、理沙先輩っ!!」

「ダメなものはダメ! 離さないんだから!」

 ――ゴールっ!

 僕は理沙先輩と奈緒と横一列に並んだ状態でテープを切った。

 手を繋いでゴール、だ!!

「しっかーーーーーーーーーく!!」

 はい、盛大に失格を頂きました。

 僕の一年四組、理沙先輩の二年五組。双方から大ブーイング。

「アハハ、失格貰っちゃったね」

 理沙先輩は笑う。

「ですねぇ、ワハハ」

 僕も笑う。

「理沙先輩、理沙先輩のお題は……」

 僕が聞けば、理沙先輩はお題の紙を見せてくれた。『ロングヘアの人』だそう。

 僕も紙を見せる。『茶髪の人』と。

「なあ、俺以外に思い浮かばなかったのか?」

「うん!」

 阿吽あうん呼吸こきゅう、口を揃えてこうだ。

「お前達……」

 呆れる奈緒、しかし心なしか嬉しそうだった。


 さあ、借り物競走が終わり、幾つか観戦した後は、いよいよ玉入れだ!

 僕の一年四組と、奈緒の二年三組が激突げきとつ!!

 負けられぬ戦いだ。既にかごの周囲を囲み、地べたには玉が散乱さんらんしている状態。

「風見、やるぞ!」

「おおっ! 行くぜぇ!!」

 僕は風見と意気投合いきとうごう。そして……

「奈緒っ! 勝つのは一年四組だからね! 一年四組舐めんな!」

「あーはいはい」

 何だその態度は。

 まあ良い、全力で戦う、それ以外に無し!

「それでは……用意、ドン!」

 早速、僕は落ちている玉を拾い……ぴょん!

 ぴょんぴょん、ぴょんぴょん、ぴょんぴょん、ぴょんぴょんっっっ!!!!

 ――入らねー!!

 何回も飛んでいるのに、結果はゼロ!!

 幾ら飛んでもムダだ、僕の身長では……

「岩崎君、どうしたの? あたしはもう四つ入れてるけど……」

 新手あらてのいじめか!?

 僕に話しかけてきたのはクラスで一番小さな女子、田原たはらみお

 僕よりも頭一つ小さい彼女だが……もう四つも……。

「田原さん、そういう事を言わないの!」

 田原澪をさとす彼女。

 お馴染み(?)ガリ勉眼鏡おさげ優等生ぶりっ子クラス委員長、田口志乃さん。

 お前もゼロだろうがぁ!

「ごめんなさい……」

「私に謝ってどうするんですか? 颯太さんに謝ってください」

「ごめんね、岩崎君」

 ああっ?

 田口志乃さんにはごめん“なさい”で、僕にはごめん“ね”だと?

 まさかこいつ、僕の事好きなのか?

 ふざけるなぁ!

 僕は奈緒一筋ひとすじなんだよ! お前なんか全然タイプじゃ無いんだよ! お前に言い寄られても困るんだよ!

「別に気にしてないよ。頑張って」

 軽ーく受け流して……そう言えば奈緒の事が気になるなぁ。

 玉入れに熱中する余り、奈緒へ意識が向いていなかった。

 奈緒の方を一瞥いちべつ…………うおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!

 飛び跳ねると……おへそがチラリと……魅入みいっちゃう。見とれちゃう!!

 えっ? 奈緒のおへそなんて散々見ているだろって?

 分かっていないなぁ、こういう見えるべきで無い場面でチラリと見えるのが一番良いんだろうが!!

 僕は思わず立ち止まり、奈緒の姿を見た。汗を流し、飛び跳ねる奈緒……余りに美しい。ああ、目も心も奪われる…………。

 気がつけば一年四組の玉入れ男子一同、奈緒に釘付くぎづけだ。男子達は動きを止め、奈緒の方を…………

「コラァ、男ども!! どこ向いているんだ!!」

「はっ、はいいいっ」

 玉入れのキャプテン、金子かねこ萌美もえみ。偉そうだけどやっぱり運動音痴な彼女が僕らを怒鳴りつける。

 本っ当に男って言うのは最低な生き物だな!!

 つくづく思わされる。


「ったく、お前達がよそ見したからこのザマだ。反省しろ!」

 玉入れが終わった後の玉入れメンバーでの集合。

 金子萌美はイラつき、不機嫌な様子を見せた。

 まあ、惨敗ざんぱいだったもの、怒りたくもなるな……。

「ごめんなさい……」

 男子一同、懺悔ざんげ。奈緒に目を奪われたからなぁ……。

 懺悔する僕らを脇目わきめに、田原澪は泣いていた。

「ううう……。彼氏に活躍する姿を見せようと、必死に練習してきたのに……」

 彼氏持ちだったのかよ、お前!

 勘違いさせんな!

 でもごめんな、泣かせちゃって。がっかりさせちゃって。本当に、本当に……

「あーあ、女の子を泣かせた。いーけないんだ、いけないんだ」

 金子萌美、お前は小学生か。

 とにかくも僕を含めて男子連中が奈緒に目を奪われ、一年四組は惨敗。

 現在一年四組は全クラス中圧倒的最下位。そして次の女子立ち幅跳びが最後の種目であるが、これで逆転はできない。

 最下位から、最下位から二番目になる最後のチャンス。それが玉入れだったのだ。つまり……


「ふざけんなぁ! 玉入れチーム!! これで最下位確定だろうがぁ!!」

 クラス一の血気盛んな野郎、我らがキャプテン佐倉海斗に怒られました。

「男子達がよそ見していたのが悪いんだ」

 金子萌美は弁解べんかいする。

「はあっ? 何を言い訳している!! 連帯れんたい責任だぁ!!」

「……すみませんっ!!」

 彼女も気の毒だな。責任取らされて……。

 初っ端から中島の豪快な転倒に始まった、一年四組にとって、最低最悪の体育祭。

 打ち上げとか、開けないだろ。開いたとしても、大惨事だろうなぁ……。


 てな訳で僕は、土曜に強行きょうこう開催かいさいしたクラスの打ち上げをよそに、代わりにと言っては難だが、奈緒と理沙先輩の三人でハンバーグレストランに来た。

 サラダバーやスープバー、カレー食べ放題があるお店。カレーとサラダを食べながらスープとコーラを飲む。

「颯太君、食べ過ぎないでよ。伊東の時みたいになったら困るからね」

 理沙先輩が心配する。

「大丈夫ですよ、ちゃんと考えてよそっていますから」

「本当かなぁ?」

「本当ですって。ゲフッ」

「す、既に怪しいよ!?」

 そんな僕と理沙先輩のやりとりを見て、奈緒はクスクスと微笑ほほえんでいた。

「そう言えば颯太、玉入れの時、やけに視線を感じたのだが……」

「き、気のせいだよ、気のせいっ!!」

「俺が投げた玉、一つも入らなかったのにキャプテンからMVPと褒められてよ……」

「うん、それは間違ってないよ!」

「ああ、そうか」

 本当は分かっているのかもなぁ、奈緒。

 まあでも、言わないでおこう。

「ねえ奈緒、話は変わるんだけど、奈緒って大学どこ受けるんだっけ」

 一気に変えるなぁ、理沙先輩。

「東京政経せいけい大学だな」

「あっ、そうだったよね。他は?」

「考えていないな。AO入試で入るつもりだ。お前は上州じょうしゅう大の理工りこうだろう?」

「上州大! 理工! 国立こくりつの理系じゃないですか!」

「リアクションが大袈裟おおげさだよ、颯太君……。C判定だから、まあこれからの勉強次第かな」

「国立理系でC判定ってすごいですよ。五教科七科目で……。頑張ってください!」

「で、でも……」

「どうしたんですか?」

「奈緒、東京に行くんでしょ? 嫌だな、離ればなれになるの……」

「りっ、理沙……。そんな理由で大学を選ぶと後悔するぞ。止めはしないが」

 奈緒は言う。

「だよねぇ……。全力を尽くすよ、上州大に向けて。ああ、後一年半か。奈緒と一緒なの……」

 ああそうだ、僕だって。嫌でも意識させられた。

 奈緒は大学に進学すれば東京に行ってしまうよな。

 僕が大学に行けば、また東京で二人暮らしになるとは思う。

 でも、同じ学校って事は無いだろうし、それに『高校時代』という大切な青春時代は、過ぎ去れば戻ってこない。

 一年半というのは長いようで短い。あっという間に終わってしまうだろう。

 その間、僕が奈緒に対して出来る事って何だろう。よく分からないけれども、高校生だから出来る事はやっておきたい。

 心残りが無いように、一年半、かけがえのない時間を過ごしていきたいな……。

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