第八話 体育祭が気が気でない 前編 ②

「奈緒っ! 何で昼休みに図書室に来てくれなかったの?」

 放課後、いつものように一緒に帰宅する道すがら。

 僕は奈緒に抗議した。酷いじゃないか、いつも当たり前に来ているのに。

「悪いな、体育祭の練習をしていた」

「れ、練習っ! 高校では出るんでしょ? 体育祭に!」

「ああ、出る。女子走り幅跳はばとびと、玉入れだ」

「たっ……玉入れ? あれ……運動できない奴が……」

「背が高いからとゴリ押された。うるさいから引き受けてやった。お前は?」

「玉入れ……の訳無いもんね!」

「ああ、そうか」

 ヤベぇ、どうしよう。

 一番恐れていた事だ。奈緒が玉入れとか……僕と戦う事になったらどうするんだ?

 ていうか、カッコつけて玉入れじゃない、って言っちゃったよ。どうするんだ当日……

 まあとりあえず考えない事にしようかぁ……


 そして翌日。

「体育祭の対戦表が決まりました。表を後ろに貼っておきますね」

 担任の先生が言う。

 決まるの早っ! もっとじっくり決めろよ、と言いたくなるわ。どうせアミダクジで決めたんだろ?

 ではでは、玉入れの対戦表を見せて貰おうか。えーっと、えーっと……

「はっ????」

 僕の属する一年四組、その相手は……二年三組。そう、奈緒のクラスだ……。

 って、どう取繕とりつくろえば良いんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

 昨日言ったばかりだ、玉入れじゃない、って。それが同じ玉入れで相対あいたいするとか……穴があったら入りてぇぇぇぇぇぇ!!!!

 ……で、借り物競走の方は……一年四組、岩崎颯太、の相手は三人、その内の一人……二年五組、田中理沙…………

 理沙先輩っ!!


「アハハ、びっくりしたよ。まさか颯太君が相手なんてね」

 昼休みの図書室。

 今日は奈緒に加え、理沙先輩まで来ていた。理沙先輩はクスクスと笑っていた。

「こっちこそびっくりですよ、まさか理沙先輩が相手なんて……」

 僕と同じく、めちゃくちゃ華奢な身体からだだ。運動能力などお察し。

 多分、同じ理由で借り物競走になったのだろうな……。

「フフッ、君が相手でも手加減てかげん一切無しだから、そのつもりでね!」

「ぼ、僕の方も!」

「で……奈緒っ、相手は颯太君のクラスだね」

「ああ、そうだな」

 奈緒は興味無さげに軽くあしらう。

「体育祭……興味無いの?」

「そもそも中学まで参加した事無いしな」

「まあまあ……一緒に楽しもうよ!」

「ま、精々楽しんでやろう。颯太、お前は借り物競走の他に……」

 ギクッ!

 言えるかよ、玉入れとか!

 何の種目だろうとどうでも良い奈緒とは違うんだ、僕は体育祭に熱を入れているんだ!

 気まずい……ここは……逃げよう!

「ちょ……ちょっとトイレ!」

 僕は逃げた。


 その日の帰り道。

「颯太、『びしょつき』最新刊を買う為に書店に寄りたいのだが……」

「あっ、僕も寄りたいな。実は新しいラノベ買いたくて……」

「何だ?」

「『一魔女』分かる?」

「『レベル一から始める魔女ライフ』か?」

「そうっ! めっちゃ面白いよ」

「気になってはいたのだが……。読ませて貰って良いか?」

「うん、良いよ! その代わり、僕に『びしょつき』最新刊読ませてよ」

「分かっている。読ませてやる」

 あれれ。

 体育祭の話はしないのか。昼休み、逃亡までしたのに。

「良かった。体育祭の話はしなくて……」

「ああ、そういやお前、出場する競技は……」

 ………………墓穴ぼけつ掘ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

「あっ、奈緒っ、やっぱり見たい番組あるから早く帰るわ!」

「そんなのあったか?」

「と、特番があるからっ!」

「ああ分かった」

 ここで退散たいさんっ!

 クッソ、どうすりゃ良いんだ、玉入れ……バレちゃ困る!

 バレないように隠し通せ、しかし当日には結局嘘がバレるんだよなぁ。

 どうやってごまかそう……まあ良いか、当日に何とかしよう。


「ただいま!」

 僕は一足先に家に帰った。

 とりあえずリビングルームへ入る。

「お帰り。あれ、奈緒は?」

 FPSゲームをやっている優奈が言う。

「奈緒は書店に寄っているよ。ラノベの新刊を買う為に」

「へぇ」

「それよりも優奈、勉強は……」

「しているって、英語の勉強!」

「何が英語の勉強だよ……」

「このゲーム、音声が英語だから……」

「あー、はいはい」

 僕はさっさとリビングルームを抜けて、二階の共用部屋へと行った。


 ――よし、誰も見ていないよな?

 玉入れ……悔しいけど、いっそ玉入れのエースにやってやるか!

 身長は低いけど、その分をジャンプでカバーだ。

 さあ、飛ぶぞ! ぴょん、ぴょんっ!!

「届けー! 届けー!」

 僕は部屋の中でぴょんぴょん跳びはねて、玉を投げ入れる動作をする。

 バレーボールと同じようにやれば良いかな? こうやって手を伸ばして、ぴょん!

 背筋をシャキッと伸ばして……ぴょん!

 一度屈伸してから……ぴょん!

 勢いをつけて……ぴょん!

 こりゃ楽しくなってきたなぁ。

「ぴょんぴょん♪ ぴょんぴょん♪」

 声を出してリズミカルにぴょんぴょんだ!!

 楽しく玉入れの練習だ。好きこそものの上手じょうずなれ。絶対に上達するな!!

「ぴょんぴょん♪ ぴょんぴょん♪ ぴょんぴょん♪ ぴょんぴょん♪ ぴょんぴょん♪」

「あーっ、颯太の頭がぴょんぴょんしているんじゃぁ?」

「あっ……」

 うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 気まずい、恥ずかしい! でも逃げられない。目の前の威圧いあつ的な奈緒の姿……

「お前のぴょんぴょんは何だ? 颯太よ、説明して貰おうか」

「こっ、これは……体育祭に向けた体力作りの一環でぇ……」

「体力作り? これで体力がつくとでも?」

「よっ、要するに……昭和のスポーツトレーニング、うさぎび!」

「これのどこがうさぎ跳びだ? 本当のうさぎ跳び、見せてやろうか?」

「ちょっ……」

「こうやってやるものだ。ぴょんぴょん♪ ぴょんぴょん♪」

 あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!

 奈緒が手でウサ耳作ってぴょんぴょん…………可愛すぎるんじゃぁっ!!

 可愛すぎて可愛すぎて、卒倒そっとうしちゃいそう……。

「奈緒っ……それはうさぎ跳びじゃ……」

「お前が先に言ったんだろうが。さて、本当は何の練習をしていたのだ?」

「た……ま…………い……れ……」

「やっぱりな」

 あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!

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