第七話 姉とのデート(?)が気が気でない ③

 僕と奈緒はじいさんの家に戻ってきた。

 じいさんは留守にしていた。近くのドームで野球を見に行ったらしい。郵便受けに入っていた鍵で家に入った。

 とりあえず、例の部屋で二人休む。

「奈緒、じいさんって野球好きなの?」

「ああ、若い頃からの巨人ファンだ」

「奈緒は……」

「特に興味は無いな。夏休み、帰省きせいするとよくジジイが野球を見に行って、その間、俺と姉貴はばあさんに連れられてドームの遊園地ゆうえんちで遊んだ。中々楽しい思い出だったな」

「何で自分の母親が『ババア』で祖母が『ばあさん』なの?」

「『ババア』と呼びたくなる前に死んだからな」

「何その理屈。と言うかその時加納子さん達は……」

「帰るといつも変な臭いがしたな。二人とも汗ダラダラで……」

「ストップ、ストップ、ストップ!!」

「分かった、この話はやめよう。では一つ、お前に頼みたい事がある」

「なあに?」

「別の部屋に行ってろ」

 一体何を頼むのか……そう思ってじいさんの部屋に。部屋の壁には溌剌はつらつとした好青年こうせいねんと美しいロシア女性の結婚写真が。式は神田のニコライ堂で挙げたのか。じいさんとその妻だろう。

 確か中卒で新潟にいがた直江津なおえつから秋葉原の工場に集団就職してきたんだよなぁ、じいさん。奈緒がそう言ってた気がする。本当に良い妻を見つけたよな! 色々な意味で。

「もう良い。来い」

 奈緒が言うので、部屋に戻ると…………

「どうだ、これは」

 さっき買ったピンクの下着を着た奈緒……実際に見てみるとすごく…………すごくエロい。ダメ、目を……逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ! 直視ちょくししろ! するんだ!

「ま、待って、どうして……」

「ここで試着しちゃくだ。店では試着できなかったから。颯太にはこの姿を写真に収めて欲しい」

「わ……分かったよ。やるよ、撮るよ!!」

 僕は下着姿で立つ奈緒の写真を撮る事に。

 それにしてもピンク色の下着……いつもに増して情欲じょうよくき立てられる。

 やっぱり僕の見立ては当たって……全然められねぇ!!

 それだけ奈緒を……目で見てきたって傍証ぼうしょうに他ならないじゃないかよ!! 事実だから仕方ないけどよ!!

 もう恥ずかしくって恥ずかしくって、手がブレブレだ。

「どうした、早く撮れ。そんなに時間のかかる事じゃ無いだろ?」

「もっ、もうっ!! 行くよ、三、二」

 僕はシャッターを切る。

 ハァッ、ハァッ、ハァッ……。

 思わず狼狽ろうばいしてしまう僕であった。疲れたよ、もうっ…………。

 奈緒は下着姿のまま、敷きっぱなしの布団の上に膝を伸ばして座った。

「俺のもとに送ってくれ、撮った写真を」

「分かった」

 僕は奈緒にLINEで写真を送ってあげた。

「すごくシコいな。もうこれだけで四発くらい行けるわ」

 僕が撮った写真を見た奈緒の感想がこれだ。

「奈緒……そう言う下品な言葉は…………」

「うるせえな、黙れ」

「…………」

 もう何も言わねーよ。


「なあ颯太……」

 しばしの沈黙の後、妙になまめかしい声で奈緒が語りかけた。

「な、何? 奈緒っ」

「今、ジジイは野球を見に行っているだろ?」

「そうだね」

「それで、俺達は二人きりだよな?」

「ああ、そうだね」

「俺達二人、ジジイは野球に行っていていない。出来る事……あるよな?」

「んな事言う前に服を着て欲しいんだけど」

「…………そうだな」

「何っ? 不満でもあるの?」

「無い」

 奈緒は服を着た。ふぅ……ようやく気が気でない想いから解放されるぅ。

「そう言えば朝、布団ふとんを片付け忘れていたね」

「ああ……」

「な、奈緒っ?」

「何でも無い。さあ、片付けるか」

 何だこの物悲ものがなしそうな感じ…………。

 まあ良い。

 僕は奈緒と一緒に布団を押し入れの中に押し込めた。

 それが終われば、ちょっと休憩きゅうけいだ。

「ねえ奈緒、加納子さんって夫の龍介さんとどれくらい仲良かったのかなぁ」

 僕は奈緒に聞いてみる。

「どうして今聞くのだ?」

「だって……何か話聞くと、すごく仲良しだったみたいだし」

「仲が良すぎて引くレベルだったな」

「そんなに?」

「三十八と五十になっても一緒に風呂入っていたのだぞ」

「た、確かにそれは引くかも……」

「おまけに、朝にバ……母さんの部屋に入るといつも例の臭いがしていた。五十歳になってもな」

「例の臭いって……」

「ドームの遊園地から帰ってきた時と同じ……」

「それかよ!! 何か気持ち悪いな、五十歳になってまで……」

「それだけ恋人気分が抜けていなかったという事だな。母さんは親父の事を『龍くん』と呼び続けて、密着みっちゃくして離れなかった」

いくつになっても恋人だったという事?」

「そう言う事だな。それだけ愛が深かった。その分ショックも深かったが……」

「幾つになっても恋人、ね……。僕、加納子さんと龍介さんの関係にあこがれちゃうな……」

「全然褒められた関係では無いが。性別を逆にして考えてみろ」

「そうかも知れないけど……良くない? 背徳はいとく的な恋で結ばれて、幾つになっても恋人気分って……めっちゃ素敵だと思わない?」

「背徳的な恋……良いかもな」

「奈緒も思うの?」

「まあ、何となく……」

「良いよね! 背徳的な恋って。僕も経験してみたいな……」

「お前……誰と?」

「ええっ? 秘密っ!」

「秘密か……まあ、秘密にしておけ」

 奈緒は意地悪そうに微笑ほほえんだ。

 何だろうなぁ、よく分からない。でも……何となく感じる。奈緒が僕に向ける眼差まなざしが前とは変わったという事が。具体的に、どんな風に変わったのかはよく分からないけれども。


「ではそろそろ帰るか」

 奈緒が言い出した。

「鍵はどうするの?」

「同じように郵便受けに入れれば良い。ダイヤル番号知らなければ開けられないからな」

「そっか。もう四日も家に帰ってないもんね。帰んなきゃ」

 僕は荷物をまとめて、帰る支度したくをした。

 荷物をバッグに詰め終えれば、僕は奈緒と共にじいさんの家を後にする。

 御茶ノ水駅に戻り、そこから東京駅へ。上野東京ラインに乗り、群馬まで戻る。

「奈緒、秋や冬の服が必要になったらまた頼むね」

 帰りの電車内、僕は言う。

「ああ、任せろ。お前を可愛く飾り立ててやるから」

「いや、可愛くじゃなくて格好良く……」

「お前は黙って俺に従っていろ!」

「はーい! 喜んで!」

「お前……最高の弟だな!」

 車窓から差し込む夕焼けの光に照らされた奈緒のはにかんだ笑顔はまぶしかった。

 こっちこそ言いたいな、最高の姉だって。

 今までも、これからも。ずっとずっと、僕の姉として……そしていつかは彼女として、妻として、一緒にいられれば良いな……。

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