第七話 姉とのデート(?)が気が気でない

第七話 姉とのデート(?)が気が気でない ①

「す、すごい……こんな場所に家持っているの?」

 奈緒の祖父が住むと言う、神田の街。最寄もより駅は御茶ノ水おちゃのみず。ここは都心の超一等地。こんな所に住めるなんて、羨ましすぎる。

「家と言っても自分が経営するマンションの最上階に住んでいるだけだ。昔は一軒家いっけんやの一階でロシア料理店を経営していたのだがな、歳だし妻も死んだしやめてしまった。六年前だ、マンションに建て替えたのは」

「ええっ? ここに一軒家持ってたの?」

「まあな。ロシア帝国の将校しょうこうで日本に逃げてきた俺の高祖父こうそふがここに家を構えていた。それを曾祖父そうそふ、祖父と代々継いできた訳だ」

「そっか、奈緒のご先祖様はロシアの人だもんね……。こんな都会で、多分すごい金持ちの家に住んでいたのに群馬に来るのって、加納子さん……」

「いや、群馬の大学に行けて嬉しかったそうだぞ」

「どうして?」

「都会の『うるささ』に辟易へきえきしていたからな。田舎に住みたかったらしい。実際行ってみると想像していた田舎とは随分ずいぶんと違っていたようだが」

「うん、分かる。分かるよ、分かる」

 こう話しながら、僕と奈緒は奈緒の祖父が経営するマンションに来た。一階はコンビニ、その横にエントランス。エントランスに入ると、オートロックがあった。奈緒がボタンを押す。

「奈緒か。話は聞いているぞ」

 老人の声がスピーカーから聞こえた。

「ジジイ、泊まらせて貰うぞ」

 祖父に対してもこの態度たいどかよ。ブレないなこいつ。エントランスの自動ドアが開き、僕らは中のエレベーターに乗る。

 そういや、このマンション『ハイツ ペテルブルグ』というみたいだ。どういう訳でこの名前にしたのか。やたらロシアと縁のある一族だから、多分なんかしら意味はあると思うのだが。

 エレベーターを上がり、最上階にある玄関が目の前に。そこのインターフォンを奈緒は押す。

「今行くぞ」

 老人の声が聞こえた。こちらに近づく足音か聞こえる。そしてドアが開く。

「いらっしゃい、彼氏?」

 か……彼氏??? 僕が……奈緒の……彼氏だって?????????

「ボケてんのか? 言っただろうが、義理の弟だと」

「あ……済まないな、加納子が婿むこを連れて来た時の様子に余りに似ていたから……」

「に、似ているのですか?」

「ああ、君に似た華奢きゃしゃで小さい男だった。あの時、既に加納子は身ごもっていたが、まさかお前も……」

「な訳あるか!」

「でも生きている内に曾孫ひまごに……」

「せいぜい長生きしてくれ。必ず見せてやるからよ。で、ジジイ、言った通り泊まらせて貰うが……」

「ああ、泊める用の部屋を取っておいてある。加納子も東京に用がある時はいつもそこで泊まっているしな。彼氏さんも一緒に……」

「だから彼氏じゃねぇんだよ!」

 リアクションに困る。どう反応すりゃ良いんだ……

 とりあえず上がらせて貰った。

 じいさんが言ったように、泊める用と思しき部屋があり、そこに入らせて貰った。

 和室わしつで、小型のテレビ、机、本棚ほんだなが置いてある。布団は押し入れの中にあるようだ。そして本棚には古いロシア文学の本が……。若い頃の加納子さんが読んでいた本だろうか。昔から熱意に満ちていたのだろうな。


「ねえ奈緒、明日の何時から原宿に行く?」

 僕は聞いた。予定に無かった事だから、特にどうこう計画している訳でも無く、いきあたりばったり。

「別に何時からでも良いが、余りに早いと店が開いていない」

「じゃあ、十時くらいで良いと思うんだけど。どうかな?」

「ああ、それくらいが良いな」

「奈緒、そう言えば今日は何の用があって泊まりに来た?」

 じいさんが奈緒に聞いてきた。

「弟の服を買う為だ。俺がコーディネートしてやるんだ」

「そうか、それなら……」

 じいさんは僕たちのいる部屋へと財布を持って来た。そして一万円札を何枚か僕に渡す。ひ、ふ、み……五枚、五万っ?

「こっ、こんなに貰って良いんですか?」

「構わん、私はマンションの収入に加えて、年金まであるからな。これで買ってこい。血は繋がらずとも、君は私の孫だ、孫の為ならこれくらいどうってこと無い」

「あ……ありがとうございます!」

 さっきまで彼氏だと思っていた癖にどうしちゃったの? しかし非常に有り難い。ありがとう、じいさん!

「良かったな、颯太」

「うん! 服選び、全部奈緒に任せるから格好良く、ね……」

「可愛く、な」

「可愛いっ? やめて! 僕は可愛くなんか無い!」

「お前は自分の強みを理解できていないようだな」

「そんなので強くなんかなりたくない。僕は格好良く、格好良く……」

「そういう所も可愛いぞ」

 そう言って、奈緒は僕の頭を……あああああああああああああああああああああああああああああ


「どうした? 起きろ颯太、そろそろ夕飯に行くぞ」

 奈緒が僕を起こす声……目を明けると……奈緒の姿。あれ、僕、何をしていたんだ?

「ねえ、僕は何を……」

「気を失っていたぞ。三時間くらいな」

「さ、三時間も? 一体何が……」

「何があったんだろうな。悶絶もんぜつしていたような気がするが」

「何だったんだろう、本当に……。覚えてないや」

「まあ、何でも良いだろ。それよりも颯太、夕飯、二人で行くぞ」

「んーっ……じいさんと一緒には行かないの?」

「ジジイは年寄りだ、若者と同じサイズは食べられないし、好みにどうしても世代差が出る。俺たちだけで行けば好きな店選べるぞ」

「でもじいさんは一緒に行きたいのかもよ?」

「それ、私が言ったんだがな」

 聞いていたのかよ。

「お前たちは若いのだから、若者らしく好きなもの食べてこい。老人に遠慮えんりょして我慢がまんする事は無い」

「ありがとうございます」

 僕と奈緒はエレベーターに乗り、エントランスへ戻った。エントランスでは金髪きんぱつの多分西欧せいおう人の男性がエレベーターを待っていた。彼に軽く会釈えしゃくをして、外へ。神田の街を二人歩く。

「良いじいさんだね、奈緒」

 僕は言う。

「まあ、悪く思った事は無いな」

「でさあ、もう一人のじいさんは……」

「山口県だ。絶縁ぜつえん状態だが」

「えっ? どうして……」

「信じて送り出した息子が助教じょきょうに喰われたんだぞ?」

「確かにそれは絶縁ものだな……。会った事は」

「一度も無いわ。というかバ…母さんとすら結婚の許しを得る時の一回しか会ってない。結婚を渋々許して貰う条件が絶縁だった訳だしな」

「中々壮絶そうぜつな……。ねえ、どの店に行こうか。奈緒は神田にしょっちゅう来ているようだし、この辺の店知っているよね?」

「ああ、知っている。例えばこんな店はどうだ? イタリアンのこの店とか……」

 奈緒は僕にスマホの画面を見せた。

「美味しいの? 何のメニューがおすすめ?」

「個人的にはボロネーゼが美味い店と認識している。今日はカルボナーラを頼もうと思うが」

「良いねぇ、行こうよ、この店」

 僕は奈緒と一緒に奈緒が紹介したイタリアンの店に入り、奈緒おすすめのボロネーゼを食べた。とても美味しかった、と小学生レベルの感想を言ってみる。

 食事が終わったら、今度は風呂だ。ただ……そう、言っておきたい事が一つある。

「奈緒っ、お風呂はどうするつもり?」

「ジジイの家の借りれば良いだろ、シャンプーは俺が俺のを持ってきたし」

「ええっ……」

「嫌なのか?」

「だって…………」

「ジジイが入った浴槽よくそうが嫌なのか?」

「……何で僕が思っている事が読めちゃうの?」

「何が嫌なのだか。お前、沢山の老人達と浴槽どころか同じ湯に浸かっていただろ? 温泉の大浴場で」

「それもそうだけど……気分の問題! 気分の問題!」

「全く以て不合理だ」

「ムムッ……。いいもん、僕一人でも銭湯せんとうに入るから!」

「銭湯なんか老人が沢山来ているぞ?」

「だーかーらっ、気分の問題だっての」

「ああ、そうか。なら行って来い。銭湯の場所、分かるか?」

「スマホで検索すれば……そうそう、あったあった。駅のすぐ近くじゃん。ここに行く!」

「ああ、そう……あれ、ジジイからのLINE……」

「奈緒のじいさんスマホ持ってるの?」

「年寄りはスマホが使えないとでも思ったか?」

「そりゃだって……」

脱獄だつごくまでやっているんだぞ?」

「めっちゃ使いこなしてますやん。というか内容は……」

「『出かける。しばらく留守るすにするから二人で遊んでくれば』だとよ」

「じゃあ銭湯にも行けるな。じゃ、僕は行ってくるよ」

「いってら。俺は秋葉原あきはばらに行くからな」

「ズ……ズルい! 一人で行くなんて!」

「じゃあ銭湯行くなよ」

「ムッ……いいよ、一人で行けば。でも不安じゃないの? 若い女一人で」

「俺一人よりもお前一人の方がよっぽど危ないと思わないか?」

「ウッ……。じゃあ僕は銭湯に行くね!」

「ああ、行けば良い」

 僕と奈緒は御茶ノ水駅まで行き、そこで一旦別れる。奈緒は秋葉原まで歩いて行くらしい。歩けるの?

 僕は銭湯まで歩いて行った。銭湯と言っても、昭和の昔ながらの富士山の壁画ふじさんに青いタイルの銭湯じゃなく、今風の小綺麗こぎれいな施設なのだけど。


 さて、僕は銭湯に入る。入場料、ちょっとかかっちゃったけどまあ大丈夫。本日三度目の風呂、服を脱ぎ、湯に入り……

「おや、奈緒の弟君じゃないか」

 な…………なんで???? なんでぇぇぇぇぇぇ????????

 じいさんの入った浴槽が嫌で来たのに……えっ、待って、じいさんがいる???? ど……どゆこと??

「じ、じいさん……。どうして銭湯に来ているんですか??」

「たまには非日常を味わいたくてな、年取ってからは毎日が単調たんちょうだもんで。急に思い立ったんで急な連絡になってしまった」

「あの……大変言いづらいのですが、こう言う時くらい我慢されたら……」

「済まないね、弟君。君達には迷惑をかけてしまった」

「あの……僕の名前を覚えてください、颯太です」

「颯太君、か……。良い名前だな、由来は?」

「なんとなく格好良さそうだから、だそうですよ。特に意味は無いです……」

「それだけでも素敵な由来ではないか。親御おやごさんの想い、大事にしなよ」

「は、はいっ」

「それよりも奈緒はどうした? 一緒に来たんだろ?」

「いえ、奈緒は一人で秋葉原に……。風呂はじいさんのを借りるって事で。若い女一人で歩くのはちょっと心配なんですが」

「気にする事無い、あの子は強い子だからな」

 確かに強いな、奈緒。色々な意味で。

「じいさん、ちょっと聞きたい事があるんですが……」

「何かね?」

「加納子さんが夫を連れて来た時……どう思いましたか?」

「あの時か……。嬉しかったぞ。とても仲が良さそうな様子で、絶対に上手く行くという確信があったからな。相手が学生だったのは少し思う所もあったが……」

「なるほど。加納子さんは気の毒でしたね、愛する夫に先立たれ……」

「事故で、突然だったからな……。あれは本当に気の毒だった。喜びも悲しみも分かち合える大切な伴侶はんりょだったからな……」

「喜びも悲しみも分かち合える伴侶、か……。僕もな……誰かにとってのそれになれたら良いな……」

「きっとなれる、君ならば。じゃあ、私はそろそろ出る。これからちょっと神保町じんぼうちょうに行こうと思っていてだな」

「ああ、神保町に。本がお好きなんですね」

「いや、飯に行こうと思って」

「どこへ……」

「ラーメン一郎いちろうだ」

 …………何が若者と同じサイズは食べられない、だ。それどころじゃねーだろ!! 僕でもあれは無理だわ!!

 まあ、元気そうで何より。長生きしそうだな。


 銭湯から出たらじいさんの家に戻った。じいさんも奈緒も帰ってきていた。奈緒はでっかい箱の入った袋を脇に置いてスマホをいじっていた。

「ただいま、奈緒。その箱は……」

「これか? これはな……」

 奈緒は袋から箱を出して僕に見せる。ってこれ……いかがわしい美少女ゲームじゃねーか!!

「こ、これ……」

「理沙に頼まれたんだ。あいつ、見た目が子供っぽいせいで買えないと悩んでいたからな」

「いや、奈緒が買ってもダメでしょ!」

「ダメなのか? 特に確認せずに買えたのだが」

「ダメだって……。というか見た目のせいで買えないならダウンロードで買えば……」

「ダウンロード版には無い特典が付いているんだ。パッケージ版にしか入っていない特製色紙が」

「そ、そう……。というかこれ、どう見ても『』のゲームだよね? 理沙先輩がやってどうするの?」

「勿論抜くんだよ」

「いや、おかしいでしょそれ。でしょ? どうやって抜いてんの?」

「それは心の中でだ。俺達の心の中には生えているんだ、どんな男のそれよりもデカいが。お前もやりたいか?」

「やりたくねーよ!!」

「俺が持っているやつ、やらせてやっても良いんだぞ?」

「だからやりたくないって。つーか持っているって、見た事無いぞ? クソデカい箱に入っているんでしょ?」

「……場所、知りたいか?」

「知りたくねーよ。もうこの話はやめよう、気分が悪くなる。それよりも明日の原宿の話をしようよ。十時くらいって事は何時に起きれば良いかな?」

「俺は八時くらいに起きる。俺の美しい天然茶髪のセッティングに時間がかかるからな。九時くらいにファミレスででも朝食を取ろう。お前は八時半くらいに起きれば良いのでは?」

「分かってるよ。僕を奈緒色に染め上げて! 楽しみにしているよ」

「ああ、たっぷりお前を染め上げてやるよ。楽しみにしていろ」

 ニヤける奈緒。相当楽しみなんだろうな。僕をどんな風にコーディネートしてくれるのかな? 僕も、明日を楽しみに待っています…………。

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