第六話 海に温泉で気が気でない ④

 昨日は散々な目に遭ったなぁ……。

 そんで、今日は……んっ、時計、時計……早く起き過ぎちゃった!

 まだ六時三十分、奈緒は……いないぞ? どこに行ったんだ?

 まっ、早く起きた分、お風呂に入れるな。理沙先輩と優奈はまだ寝ている、チャーンス! カーテンは閉めっぱなしだ、脱衣所に…………げええええええええっっっっ!! 僕はすぐさま部屋に戻った。

 見ちゃった……奈緒の……裸。乳首までは見えなかったけど、裸で座ってシャワーを浴びる横姿を見てしまった。水着の形をした真っ白い日焼け跡が何だか生々しかった。は……恥ずかしい、気付かれてないよな? 気付かれてないよな?

「颯太、てめぇ!!」

 うわっ、やっぱり気付かれていたか!!

 脱衣所から怒鳴り声が聞こえる。不味い……。

「んっ……」

 理沙先輩の声が聞こえた。起きちゃうだろ、そんな声出したら!

「ごっ、ごめん! 分からなかったよ、入っているなんて!」

「そんな言い訳で済むと思っているのか? なぁ」

 お得意の早着替えで浴衣になった奈緒、畳の布団の上で怯える僕に近付き……。

「や、やるなら背中で……背中にして!」

 僕はうつ伏せになる。

「ああ、望みを叶えてやるよ。こうやってな!!」

 イギィィィィィィィィッッッ!!!!

 奈緒からとっておきのご褒美、もといキツいお仕置きを背中に喰らった。

「鍵閉めて! 鍵が閉まってなかったから分からなかったって……」

「寝ているかと思ったわ。だから閉める必要もないと思ってな。お前いつも起きるの遅いだろ?」

「今日に限って早く起きちゃったよ……」

「こいつ……。とは言え俺も馬鹿だったな、そういう可能性を考えずに開けっぱなしにして」

「やっぱり二人姉妹の時の感覚がまだ……」

「というかお前が弟というのが未だにピンと来ない。誰よりも近くにいるのにな」

「……僕も」

「お前もか。多分ずっと姉弟という実感は出ないんだろうな」

「そうかもね……」

「まあ、その内二人で暮らすようになるだろうから、その時にはよろしくな」

「えっ? それってけっ……」

「お前も東京の大学を志望しているだろ? そうなったらお前と二人でジジイが経営する神田のマンションで暮らす事になる」

「あっ、そういう事ね……。優奈は?」

「姉貴が大学に入れると思うか?」

「ああっ? 何て事を言うの?」

 優奈が起き上がって文句を言った。

「聞いていたのか?」

「あたしは大学に入る、入れるから! ちゃんと勉強してるもん!」

「どうやら寝言のようだな。無視しよう」

「ちょぉっ、ちょっとぉ!」

 とか言ってまた眠りにつく優奈。お前はのび太か。

「奈緒、今度は僕がお風呂入って良いかな?」

「構わん、入れ。ただ八時には朝食に行くぞ」

 僕は一人っきりの貸切露天風呂に入った。海の静かな波音の聞こえる温泉。何と気持ちが良い事か。さあ、ここでなら何とでも言えるな。どうせ聞こえないのだから。独り言を思い切り呟くぞ。

「大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き!!」

 誰の事が大好きって? 分かるだろ、言われなくても。

 大好き連呼れんことかキモい? 異常? 何とでも言えば良いよ、でも大好きなのは大好きなんだ、だから譲れない。さあ、もっともっと言おう。

「大好き、大好き、大好き、大好き!」

「お母さん、隣の人が変な事言ってる」

「しっ!」

 聞こえてたんかーーい!!

 しかし子供……僕と奈緒に子供が出来たらどんな子になるのかなぁ……きっと美人だろうなぁ…………名前は何にしようかなぁ。

 …………あーキモい。すごくキモい。どうしてこんなキモい事を考えるんだ、僕は。はあっ……でも好きだからしょうがない。というか『好き』って感情自体がキモいものなのかなぁ、キモさと無縁むえん純粋じゅんすいな『好き』ってあるの? 分からない、分からないなぁ……でも好きは好き! それで良いんだ、それで……

 答えになってないな、もう。こんな事考えないようにしよう。結論けつろん、好きは好き、以上!


「おい起きろ、理沙、姉貴。そろそろ朝食だぞ」

 脱衣所に戻ると、奈緒の怒鳴り声が聞こえた。

「んーっ、よじのやでいいでじょ〜」

 優奈の寝言が聞こえる。

「ビュッフェだぞ、ビュッフェ。好きなもの食えるぞ?」

「おおっ! 行くぞ!」

 起きるの早っ!

 僕は半袖シャツとズボンに着替えた。流石にもう浴衣で過ごす訳にも行かない。それにしても僕のファッション、ダッセーな。なんだこれ、ジャイアン柄のシャツ。奈緒にコーディネートして貰おうかなぁ、僕が選ぶと大惨事だいさんじだから。

 奈緒はスカート嫌いで制服以外でかないけど、スカート似合うのにって想いを吹き飛ばすほど、白黒系の服と組み合わせてズボンを格好良く着こなしている。あんな風に……僕も……お洒落しゃれになりたいなぁ。

「あっ、颯太君、着替えるからもうちょっと脱衣所にいて貰って良いかな?」

 理沙先輩も起きたようだな。

「良いよ」

 僕は答えておく。もうちょっとここで待機だな。

「あたしの生着替えなら見ても良いよ!」

 うるさいよ姉貴。

 しかし旅行は今日で終わり、これから何をするんだろうなぁ。帰るのだろうけど、もうちょっと楽しみたかったなぁ。


「もう着替え終わったよ」

 理沙先輩が言ったら、僕は脱衣所から部屋に戻る。

「じゃあ行くか、朝食に」

 奈緒が言う。

 僕たちは朝食を食べた。昨日みたいな事が起きないように、節度せつどを保って美味しく。

 それが終わり、テレビを観るなりして休んだらチェックアウトし、駅前の海鮮料理店で昼食を取り、土産みやげを買ったら東京行きの特急踊り子に乗り込み、帰路きろについた。

「ねえ奈緒、僕のこの服、どう思う?」

 特急の車内で僕は聞く。

「ダサい」

 直球!

 もうちょっと遠回しに言ってくれると思ったのに。

「どこで買ったんだ。そんなダサい服、どこで売っている」

「ヨンキ」

「おっ……お前っ……」

「なに? 笑っているの?」

「…………原宿はらじゅくにでも行くか?」

「は、原宿? 疲れない?」

「明日でも良いが」

「明日っ? 群馬に戻って、また……」

「いや、神田かんだに俺のジジイの家がある。子供の頃は夏休みには毎年そこで過ごしていたな。ご丁寧ていねいにも俺達用の布団を用意していてな。事情を言えばめて貰えると思うが」

「泊まるの? 奈緒のおじいさんの家に」

「嫌か?」

「……泊まらせて。原宿、行きたい! 奈緒に服を選んで欲しいの」

「俺に?」

「だって、僕が選んだら……」

「ああ、分かる。クソダサくなるんだろ?」

「そう……」

「分かった。俺がたっぷり俺色にめてやるよ」

「な、何でニヤニヤしているの?」

「何でも無いわ」

 僕と奈緒は予定を変更して、明日、原宿へ行く事になった。まずは、奈緒のおじいさんの家に行く為に、神田へ……。優奈と、理沙先輩とは東京駅で一旦お別れだ。楽しい旅行だった、ありがとう!!

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