第六話 海に温泉で気が気でない ③

(あれもこれも美味うまそう……。全部食べたい。でも……全部は食べきれないよな)

 温泉から出て、ゲームでもして暇を潰した後、食事の時間となった。

 この旅館の料理はビュッフェ形式。駿河湾するがわん魚介ぎょかい類を贅沢ぜいたくに使った料理が自慢! 刺身さしみがめっちゃ美味そう、見るだけで食欲が湧いて出てくる。だが和牛のステーキとか、肉料理も美味しそう! フライドポテトやサラダなども充実。和食、洋食、中華、ラーメンにうどんまで……とにかく沢山の種類が。どれにしようかな、どれを食べようかな……。よし、こうだ!

「あれ、颯太。遅かったじゃないか」

 奈緒達三人は既に選び終えて席に着いていた。奈緒は刺身をメインにしらす飯、冷奴といった具合の魚介系中心に。理沙先輩はステーキにフライドポテト、サラダ、麻婆豆腐まーぼーどうふ味噌汁みそしるにしらす飯とよく分からない組み合わせに。優奈は大胆にもラーメン、うどん、蕎麦そばの三点盛り。三分の一人前を三つだから、合計で一人前なのだけれども。そして僕は……

「そ、颯太君……」

 理沙先輩がビビっていた。

 それも当然、全部とは言わないけど、僕はお盆に載る限りのメニューを取ってきたのだから。少食な僕、不安もあるけど……でも多分大丈夫! 食べきる! 食べ盛りの男の子だもの!

「大丈夫? カロリー取りすぎない?」

 優奈が心配する。

「そっちこそ……炭水化物に偏っているよね?」

「おっぱいの原料! おっぱいの原料! いっぱい食べてもっと大きくするの!」

「じゃ、いただきます!」

「ちょっと、無視しないでよ!!」

 僕はまず……どれに着手しようかな? 沢山あって、迷っちゃう。刺身? マグロに、サーモンに、イカ、カツオ……我ながらとんでもない量の料理を取ったな。刺身だけでもこんなに種類が。おまけにステーキに、ハンバーグに、唐揚げに、肉じゃがにフライドポテトに麻婆豆腐に餃子ぎょうざにピザにローストビーフに天ぷらにピザにエビフライに焼肉に豚汁にグラタン! こりゃ豪華! 満漢全席まんかんぜんせきどころじゃねーぞ。

 まあ、でもとりあえずは刺身から行こうか。サーモン……んん~っ! とろとろのとろけるサーモン、美味いっ! 美味すぎっ!! こんなに美味いともっともっと食べたくなっちゃうな。お次は唐揚げ……うーんっ! ジューシーで最高!! さあさあ、完食するぞ、完食するぞ……。

「食べきるのか?」

 奈緒が言ってきた。

「平気っ、平気っ……ゲフッ」

「……大丈夫か?」

「まーったく問題無いよ……うえっ」

「大丈夫な様には見えないのだが」

「僕を馬鹿にしてるの? 食べ盛りの男の子だよ!! いっぱい食べないと損、損……うっ……」

「分かった。責任持って完食しろ」

「はい、分かった……!」

 こうして僕は全ての料理を平らげた。その結果…………


「なおー……きっ、気持ち悪いっ……。だずげでぇ」

 部屋に戻ったら畳の上に布団が敷かれていた。僕はその上で寝転がる。

 とにかく気持ち悪い。胃がもたれる。動けない、何だこれ……。吐きそう、でも吐けない。気分は……最悪!!

「誰が助けるか、馬鹿。欲張ってあんなに食べるからこうなるんだ、この豚野郎ぶたやろうが」

「えっ、さっき何て言った?」

「だから、欲張るなと」

「そうじゃなくて……何とか野郎って……」

「ああっ? 何故言う必要がある、この豚野郎」

「そう、それ……もう一度言って?」

「豚野郎……」

「もっと、もっと言って!」

「豚野郎、豚野郎、豚野郎、豚野郎、豚野郎、豚野郎、豚野郎、豚野郎、豚野郎、豚野郎!! 十回言ってやったぞ」

「エヘへ……ありがとう、ちょっと元気が出たよ」

「お、お前……。俺は太っている奴が嫌いだ。お前も太るなよ、太った弟なんぞ見苦しい」

「じゃ、じゃあ……どんな人が好きなの?」

「……前言わなかったか?」

「どんなのだっけ」

「年下の……小さくて可愛い男の子」

「ショタコ……」

「黙れ」

「具体的には誰? 好きな人とかいるの?」

「好きって程では無いが……少し気になっている奴がいる」

「えっ……誰? 誰?」

「…………誰だって良いだろ」

「どうして恥ずかしそうに……」

「うるせえな、お前!」

 奈緒は僕のパンパンに膨らんだお腹を踏んづけた。ごほう……ゲフンゲフン、やめろ! 僕は気持ち悪いんだっ!

「ぶぇ……。というか、理沙先輩と優奈は……」

「あの二人は大浴場に行ったわ。どうせなら大浴場にも入りたい、ってな」

「じゃ、じゃあ、奈緒はどうして……」

「お前が心配……だからな」

「意外と優しいんだね」

「違う、お前がここで死んだら責任を問われるから見守っているだけだ」

「そ、そっか……。ねえ、正露丸せいろがん買ってきて……」

「誰が買ってくるか! 大体、お前の腹痛ふくつう暴食ぼうしょくが原因で、自業自得じごうじとくというやつだ。自分の不始末ふしまつは自分で落とし前をつけろ」

「代金は僕が出すよ、僕が……。ついでにコカコーラ買ってくれば……」

「コカコーラの分も出すか?」

「出す! 出す! ほら、海水浴場から歩く途中にドラッグストアあったでしょ」

「分かった、買ってきてやる。代金は今出せ、買った後では無くな」

「分かった……ほら、読み込んで」

 僕はPayPayのQRコードを表示させた。奈緒はスマホでそれを読み取った。

「しかと受け取った。では買ってきてやる、感謝しろ」

「ありがとう」

 意外とチョロいなぁ……。

 しかし気持ち悪くて動けない。早く、早く買ってきてくれ。正露丸……っ。

「ふぅ、さっぱりしましたね、優奈さん……。あれ、颯太君、奈緒は? 颯太君の様子を見ると言ったきり……」

 理沙先輩と優奈が大浴場から戻ってきた。

「奈緒は僕の為に……正露丸を……」

「良かったね、颯太君」

「良かった、良かった。奈緒が僕に素敵な言葉をかけてくれたから気分も良くなりましたし」

「なあに、素敵な言葉って」

「……内緒」

 言える訳無いな! その『素敵な言葉』って言うのが『豚野郎』って事なんて。でもなぁ、すごく嬉しかったんだよなぁ。僕ってもしかしてアレなのかも知れない、アレ、アレ。うーん、言葉が出ないなぁ、何だっけ。とにかく、アレだ。

 理沙先輩と優奈はベッドに寝転がって、何やら雑談を始めた。

「買ってきてやったぞ、暴食の豚が」

「奈緒ーーーーーっ!!!!」

 帰ってきてくれた、買ってきてくれた!

 今度は暴食の豚か、うん、これも良いな。もっともっと僕をののしって!

「颯太、ほら、飲めよ正露丸。口を開けろ。苦いぞ、後味悪いぞ」

 奈緒は正露丸の粒をわざわざ持って僕の口に押し込もうとする。

「鼻くらいつまませてぇ! というか飲むくらい自分で出来るって……」

「仕方ないなぁ……。ほれ、鼻をつまんでやったぞ」

 ぎゃうぉっっぇ! 痛ったぁぁぁぁぁぁ! なんて事するんだよ、思いっきり鼻をギュってしやがって。そんな中、奈緒は僕の口に正露丸をぶち込む。それにしても舌触したざわりの悪い事……そして奈緒は……おい、離すな、鼻から手を離すなぁ! 苦いよぉ! 僕が正露丸の苦い味に苦しんでいても動けない時にそこでペットボトルの水のキャップを開けて…………

「はーい、お水飲みましょうねぇ。苦いけど我慢がまんでしゅよ。あ〜ん」

 子供扱いかよ! なんだこの恥辱ちじょく……確かに見た目子供っぽいけど! 背も低いし顔も幼いし、ガリガリだし声高いし! でも僕は高校生だ、立派な高校生だ。奈緒と二歳しか違わない。そ、それなのに……無いだろ……これは……これは……。

 奈緒は仰向けで寝る僕に垂直すいちょくにペットボトルの口をつける。ドバドバと水が口の中に……と、止めてぇ!

 僕が正露丸を飲み込んだら、奈緒はペットボトルを離した。正露丸の後味が口の中に残る。気持ち悪っ…………。

「しばらく横になっていろ。その内良くなるだろう」

「…………はい」

 僕は布団の上でじっとしていた。腹痛が引いても何かをやる気は起きず、この日はこれで終える事になった。

 ああ、食べすぎって良くないなぁ、でも奈緒から沢山のご褒美ほうびを貰えたからこれはこれで良かったかなぁ。明日も楽しみだ……。

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