第三話 友達付き合いが気が気でない

第三話 友達付き合いが気が気でない ①

 早いもので、学校が始まってから半月の時が流れた。

 もう学校にも大分慣れたな。相変わらず勉強はキツいけど、何とかついて行けている。

 風見や中島との仲も随分ずいぶんと深まり、毎日学校で話すのが楽しい。

 ゴールデンウィークの初日には、三人で僕の家に集まるという約束もした。

「颯太、ありがとうな。君の父さんの弁当、美味かったぞ」

 中島が言う。

 この前の約束通り、僕は二人に父さんが作った弁当を食べさせてやった。

 随分な好評を得たから、二人にはまた食べさせてやっても良いな。きっと喜ぶだろう……。

「どうも」

 僕は言う。

「お前、親父さんから料理教えて貰えよ。絶対上手くなるぜ」

 風見が言う。

「中学の時、ちょっと教えて貰った事はあるけど、そんなレパートリー無いよ。肉じゃがとか、カレーとか……後、味噌汁みそしるくらいなら作れるな」

「すごいな、お前。料理を彼女に振る舞ってやれよ」

 風見は言う……って、えっ、彼女?

「何をとぼけた事を言っているの? 僕に彼女なんていないよ」

「嘘つくなよ、颯太。いるだろ、彼女。一つ年上の、すげぇ美人で巨乳の彼女! あんな美人の彼女と付き合えるなんて、可愛いって得だよなぁ……」

「ちょっと最後の一言余計だったけど、それは置いといて……。中島、だから僕に彼女はいないと言っているでしょ?」

「いるだろ、彼女! 一つ年上の、茶髪ちゃぱつの彼女! ヤンキーなのかな?」

 風見は強弁きょうべんするが、その彼女という存在が何なのか、僕には理解できない。

「い、ま、せ、ん!! 僕に彼女なんていないって。と言うか、茶髪のヤンキーとか僕が一番苦手なタイプじゃないか」

「風見、この高校に通っている時点でヤンキーは無いだろ。きっと地毛じげだろ?」

 中島が言う。

 この学校に通う、一つ年上で茶髪で、巨乳で美人の彼女。一体何の幻覚げんかくを見ているの?

「ああ、確かに言われてみれば。まあすげぇ色素しきそうすいし、天然茶髪でもおかしくないよな」

「しかし颯太、自分よりも背が高い女が好きだなんて……」

「悪いか? 自分より背が高い女性を好きになって」

「お、おい、やっぱり彼女……」

「いないって。ねえ、その彼女とやら、どこで見たの?」

「見たよなぁ、風見。図書室の前で」

「見た見た。しかも一緒に下校していた。すげぇ仲良さそうだったぞ」

「も……もしかして、奈緒?」

「奈緒って言うんだ、お前の彼女!」

 風見は大はしゃぎで息を荒げる。

「うおお、うらやましいぜ」

 中島は羨望せんぼうの目で僕を見る。

 しかしここは……正直に言っておかないといけないな。言ったら面倒な事になりそうで、敢えて言わなかったけれども、もう隠し通せまい。連れ子の姉の存在を。

「……彼女じゃないんだけど」

「はあっ? 彼女じゃなかったら誰なんだ?」

「姉だよ、僕の姉。と言っても義理なんだけど」

「義理? そう言えば言っていたな、父親が再婚したって。継母ままははさんの連れ子?」

「その通り。連れ子の姉は二人いて、浪人生の優奈と、高校二年生の奈緒。下の姉の奈緒が、この高校に通っているんだ」

「茶髪なのは……」

「地毛だよ。母親がロシアの混血ハーフだから、奈緒は四分の一混血クォーターなんだ。色素が全体的に薄いの」

「へぇ……。羨ましすぎるぞ、あんな美人の姉がいるだなんて。なあ、どうして俺達に教えてくれなかったんだ? 今まで隠していたよな?」

「そ、それは……」

「なあ、隠していた理由を教えてくれよ」

「め、面倒な事になりそうだから……」

「面倒? 何が面倒なんだよ」

「面倒は面倒なの!」

「納得できないなぁ……。まあ良い、颯太、奈緒って陰毛いんもう生えていた?」

「……そう言う事だよ、要するに!」

「……………」

 風見は黙り込んでしまった。

「おい颯太、毎日図書室に行くのは、やっぱり奈緒に会う為なのか?」

 中島が聞いてきた。

「そうだよ。僕達が姉弟になる前、中学一年から奈緒が高校に入る中断を挟んで、ずっと」

「そ、そんな前から? ていうか、中学の頃から知り合いだったのか?」

「うん。中学一年生の頃、図書室の片隅で本を読んでいる美少女に心を奪われて……。勇気を出して話しかけてみたら、友達になれたんだ」

「心を奪われてって……好きなんだ」

「好きだよ! 悪いか!」

「ま、まさかお前……シスコン?」

「ち、違うっ! 断固だんことして違うっ!! 僕は姉が好きなんじゃ無くて、好きだった人が偶然姉になってしまっただけだよ!!」

「でもお姉ちゃん大好きなんだろ? 奈緒がお姉ちゃんになった後でも」

「そう…そうだ! 僕は奈緒が大好きだ。付き合いたいし、将来的に結婚したい!」

「えっ? 義理の姉弟って結婚出来るんだっけ……」

「多分……出来ないと思うけど……でも、したいの! だって、だって……好きなんだもの!!」

「うわーっ。シースコン、シースコン!!」

 中島は手を叩いて僕をからかう。

「シースコン、シースコン!!」

 風見まで……もう、嫌になっちゃう!!

「もうっ! 僕は図書館に行くよ」

「お…おい、待てよ……」

 付き合ってられんわ。

 僕はさっさと教室を出て、図書室まで行った。

 図書室の片隅、陽の当たる場所には、天然茶髪ロングの色白美少女…………と……はあああああああああああっ?

「な、奈緒っ、だっ……誰だよ、その女ぁ!!」

 僕の心は動揺した。

 奈緒の机の向かい側には小柄なポニーテールの女子が一人。さっきまで奈緒と談笑だんしょうしていたようなたたずまい。

 もしかして……奈緒が僕以外の人と仲良くしているの?

「その女とは失礼だな」

 奈緒が言うまでも無く、女は僕の方を向いて一言。

 小さくて、童顔の少女だった。体型は華奢きゃしゃと見えて、ぱっと見胸も無いに等しい。

「ご…ごめんなさい……先輩でしたか! 失礼しました!」

 スニーカーを見ると、奈緒と同い年の二年生である事が分かった。

「別に気楽に話して良いけど。ため口で」

「いえいえ、先輩って呼ばせてくださいよ」

「まあ、君がそう呼びたければ呼んで結構。颯太君、でしょ?」

「な、何で知っているんですか?」

「君の事は奈緒から聞いているからね。それにしても小っちゃいな」

「ちょっと! からかわないでください! と言うか、先輩だって……」

「ムッ、小っちゃいとは何だ!」

「いやいや……。自分がやられて嫌な事は他人にするなって……確か……」

おのれほっせざる所、人にほどこすなかれ。論語ろんごの格言だな」

「奈緒っ! 口をはさまないでよっ!!」

「フフフッ、仲が良いんだね。でもね、『その女』は無いよね? 謝ってよ」

「ご……ごめんなさい、先輩。でも、先輩の名前は……」

 先輩は胸ポケットからメモ帳を取り出して、名前を書いた。一枚破って、僕に渡す。

田中たなか理沙りさ…と言うのですね?」

「理沙、って呼んで良いよ」

「いや、さっきも言いましたけど、先輩って呼ばせてくださいって」

「じゃあ理沙先輩、ね」

「はい! 分かりました、理沙先輩」

「それで良しっ、でも颯太君……」

「な、何でしょう」

「いつまで立っているの? 座りなよ」

「は、はい」

 僕は奈緒のななめ向かい、理沙先輩の隣に座った。

「奈緒っ、理沙先輩って奈緒の……」

「友達、かな」

 奈緒は答える。

「かな、って何だよ。と言うか、いつから……」

「去年の四月からだ。こいつもオタクでな、アニメやラノベが好きで、すぐに気が合った」

「……ねえ、僕のいない所で、別の友達作っていた訳?」

「ああっ? 悪いのか? そもそもお前、俺に友達がいないとなげいていただろ?」

「そ、そうだけど…一言報告くらいして欲しかったな」

「お姉ちゃんを他人に取られたくないんだよね。自分は奈緒の唯一の友でありたかったんだよね。そうでしょ?」

 理沙先輩……その通りだ。

「そ…そう」

 僕は認めざるを得ない。

「フフフ、仲が良いんだね、二人とも」

 理沙先輩はクスッと笑った。

「仲……良いのかな、奈緒」

「良いだろ。姉弟になる前からの仲だろ?」

「だよねぇ」

「ウフフフフ。ねえ颯太君、最近は何のラノベ読んでる?」

 理沙先輩は聞いてくる。

「僕ですか? やっぱり『びしょつき』ですね!」

「ああ、『びしょつき』ね。あたしも好きだよ。でも、あたしは『いもよめ』が良いなぁ」

「『いもよめ』……ああ、『可愛い妹でもお嫁さんにしてくれますか?』ってやつですよね。あれ、気持ち悪くないですか?」

「どうしてそう思うの?」

「だって……義理の兄妹で結婚しようとか……出来るんですか、本当に」

「出来るよねぇ、奈緒っ」

 理沙先輩は何故か奈緒に確認を取る。

「ああ、出来る。養子同士なら」

「………マ…マジで? えっ、本当なの?」

「颯太君、嬉しそうだね」

 そりゃ嬉しいに決まっているだろ、そう言いたい感情を必死にこらえている。

 僕と奈緒は結婚出来る、出来るんだああああああっ!!!! 結婚出来るって事は、奈緒の事を好きでいて良いって事だよね? そうだよね? 万が一、僕が奈緒の心を射止めて付き合えれば、その先には……結っ婚っ!!

 いや……待てよ。それでも義理の姉弟で付き合うのって、ハードルが高いな。何てったって、別れようものなら……別れても姉弟関係が解消する訳でも無く…………いや、どうでも良いんだ。細かい事は気にすんな。別れるって前提がおかしいんだ、僕と奈緒が本気で愛し合えば、別れるなんて事は考えられない。考えられないんだ。

 でも……奈緒は僕の事、好きになってくれるかなぁ? 分からないな。

「……ねぇ、奈緒はそう言う義理の兄がいたとして、恋愛対象としてあり?」

 急に何を言い出す、理沙先輩。

「知っているだろ、お前。無しだ」

「何で無しだっけ……」

「兄、の時点でダメだ。俺は年上は好かん」

「あっ、そうだよね、奈緒っ。奈緒は年下の小さくて可愛い男の子が好きだもんね」

「ああ」

「ちょっと、奈緒っ、幻滅げんめつしたよ!」

 これは流石にドン引きっ!!

 年下の小さくて可愛い男の子なんて……ショタコンじゃないか、まさか奈緒にそんな趣味があったなんて………。

「幻滅? どんな幻想を抱いていたんだ?」

「そ、それは、その……ショタコンじゃないか、そんなの!!」

「俺は断じてショタコンでは無い。年下の小さくて可愛い男の子が好きなだけだ」

「それをショタコンと言わずして何て言うの……」

「違う、年下の小さくて可愛い男の子が好きなだけ。結婚して、一生養ってあげたい」

 うわっ、すごい事を言いやがった!

 まさか、養ってあげたいとは……。いや、血は争えないって奴か? 確か、奈緒の亡き父の龍介りゅうすけさんも加納子さんよりも一回り年下で、しかも養って貰っていた。そんな母親の背中を見て育ったもんなぁ……。しかしあの二人、どこで出会ったのだろう。

「奈緒のお母さんもそうだったし、血は争えないねぇ。奈緒の亡くなったお父さんって……お母さんの元教え子でしょ?」

 理沙先輩が言う……って、えええっ? 加納子さん、教え子に……。

「ああ。助教授で三十歳の頃に十八歳の親父に出会ってだな……」

「ご、ごめん。聞かなかった事にさせて」

 流石にこの話は、うん。不味い、気まずい、何て言うか、ヤバい。

「ああ、忘れろ」

 奈緒は言う。

「まあまあ。それよりもねぇ、『びしょつき』ってアニメ化決まっているよね」

 理沙先輩は話題を戻した。

「知ってます?」

「知らない訳無いでしょ。秋アニメで、まだまだ先だけど楽しみだね」

「放送時間帯によってはリアタイできるな。颯太、そうなったら二人で観ような」

 奈緒は言う。

「ああ、そうだね。一緒に観て、語り合おうよ」

「フフッ、趣味の合う姉弟って良いなぁ。あたし一人っ子だから、羨ましく感じるよ」

 理沙先輩は言う。

「そ、そうかなぁ」

 僕は照れた。

 僕と奈緒、それから理沙先輩。三人でアニメやラノベの話をして……あっという間に昼休みは終わっていった。


「奈緒、良い友達を持ったね」

 帰り道、僕は奈緒に話す。

「理沙の事か?」

「うん。趣味も合うし、良い雰囲気を作ってくれる。最高の友達じゃない」

「まあな。あいつに出会えて良かった。無価値な馬鹿話をするのが楽しい事だと思い知らせてくれた」

「そ、そっか……」

「ああ。俺はゴールデンウィークの初日、あいつと深谷ふかやのプールに行くと約束している。お前も行くか?」

「いやいや、二人で楽しんできなよ。女同士水入らずで」

「あのな、水入らずとは身内に使う言葉だ」

無粋ぶすいな事言わないでよ」

「ただ指摘しただけだが」

「空気を読んで、空気を」

「俺は空気を読まない主義だ」

「じゃあ奈緒は身内の葬式そうしきの時、笑い転げるんだね!」

「何故そう言う極論きょくろんを言うのだ?」

「だってそう言う事でしょ。空気を読まないって」

「ったく、お前は……。と言うか、お前はゴールデンウィークに何か予定あるのか?」

「予定……ああ、そう言えば! 初日、何にせよ行けないや。風見と中島を家に招くんだ」

「そんな予定があったのか。くれぐれも家を汚させないよう頼むぞ」

「分かっているって」

 こうして、僕は奈緒と一緒に帰宅した。

 理沙先輩とは、僕も友達になれそうだな。毎日図書室に来る訳では無いらしいけど……来ている日には、また今日みたいに三人で話したいな……。

 理沙先輩なら、僕のいない所で奈緒と仲良くしていても安心できる。そう思える人だった。

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