第三話 友達付き合いが気が気でない ②

「颯太の家、広いなぁ。羨ましいぜ」

 僕の家に入った風見は、羨望の眼差しでキョロキョロと見る。

「僕の家、って感覚、まだあんまり無いんだけどな……」

 まだこの家族の成員せいいんになって一ヶ月余り。

 僕が奈緒と優奈の弟であり、加納子さんの息子……何て感覚は感じられない。どこだが、他人のような、客人きゃくじんのような感覚がする。多分、この違和感はずっと解消されないのだろうな。

「あっ、いらっしゃい。ゆっくりしていってね」

 階段から降りてきた加納子さんがリビングルームに入ってきて、風見達の存在に気付き挨拶あいさつした。

「颯太の継母さんですか?」

 風見が聞く。

「ええ、そうだけど」

「お綺麗きれいですね」

 風見が言うと、何だか下心があるように感じちゃうんだよなぁ……。流石さすがにおばさんだから、多分、無いとは思うのだけど。

「ありがとう」

「どういたしましてぇ。それにしても広い家ですねぇ。お高いのでしょうか?」

「月十二万くらい、この辺では高い方だね」

「ええっ? もしかして、賃貸ちんたい?」

 初耳だわ。この家、持ち家じゃなくて賃貸だったのか?

「おい、お前が驚いてどうするんだよ」

 中島が言う。

「ずっとここに住み続けるとは限らないから……。ほら、他の大学に移る可能性だってあるもの。まあ、今の所移る予定なんて無いけど」

「ですよねぇ」

 僕は苦笑いした。

 そうか、他の大学に移籍する可能性を考えると、ずっと住み続ける前提で家を買うのは不味いよな……。画鋲がびょうやら、くぎやらを好き勝手に刺していて、とても賃貸とは思えない使い方をしているけれども。

 加納子さんは冷蔵庫を開けた。

「あれ、また酒が減っている……」

 怪訝けげんに、首を傾げるも何が原因か分からない加納子さん。まあ、気のせいだろう。

 だって、父さんは下戸げこだし、姉弟は全員未成年だし、酒を飲むのは加納子さんだけだ。可能性があるとすれば、父さんが料理酒が切れた時の代用に使うくらい。しかし料理酒は余る程残っている。

「こんな朝から酒ですか?」

「そうだよ。酒を飲みながら学生のレポートを読んで……」

「やめてくださいよ!」

「大丈夫、大丈夫。ウォッカ八杯飲んでも顔色一つ変わらない私ならね」

「いや、顔色が変わらなくとも脳は酔ってますから! 酔った勢いで評点ひょうてんつけたら洒落になりませんよ?」

「大丈夫だって。今までもずっとそうやって来た訳だから」

「あの……学生から何か言われた事は……」

「んっ……。あ、そう言えば文の主述しゅじゅつがたまにおかしくなっている事があると言われたな……」

「でしょ?」

「悪い、颯太君の言う通りだった。じゃ、私は書斎しょさいもるから、楽しんでいってね」

 加納子さんは酒……では無く、サイダーのペットボトルを持って、二階の書斎へと戻っていった。

「中々強烈な人だなぁ、継母さん」

 中島が言う。

「教え子の男子学生と結婚した位の人だし……」

 僕は言う。

「マジかよ」

「マジだよ。亡くなった夫が、十二歳年下の元教え子だからな」

「すげぇな……。まあ、それよりも、三人でゲームやろうぜ、ゲーム。折角せっかくオフラインでできるんだから」

 中島は張り切って言う。

「そうだな。やっぱりオフでゲームは一味違うよな。じゃ、どれが良い?」

 僕は家にある、対戦、乃至ないし協力ゲームのパッケージを並べて二人に見せる。

 スマッシュボーイズ、ぽよぽよ、太鼓たいこマスター、それから……

「俺、これが良い!」

 風見が興奮気味に言った。

「おおっ、面白そうじゃ無いか!」

 中島は風見に同調する。

「それ……『金鉄きんてつ』じゃないか」

 二人がやりたがっていたのは金鉄こと、金太郎きんたろう電鉄でんてつ

 日本全国を列車で回り、物件を買い漁りながら総資産そうしさん一位を争う、友情破壊ゲームと名高い金鉄だ。分かるよね、君達。

 僕は奈緒に何度もボロボロに負かされた。その度に泣いて、喧嘩けんかをしてきた。とは言え喧嘩も一時的なもので、僕と奈緒の友情は金鉄程度で壊れるような脆弱ぜいじゃくな物じゃないけどね、ここ重要。

 その金鉄をやるのはトラウマを掘り起こされ……いや、待てよ? この中で、相対的に金鉄のルールを熟知しているのは僕だ。この面子めんつでやれば……圧勝間違いないな! これは溜飲りゅういんが下がる!

「嫌なのか? この前、ちょっと実況動画見たら面白そうで……」

「いやいや、大歓迎だよ、中島ぁ! さ、やろう、やろう」

 僕はゲーム機の本体に金鉄のカードを入れ、準備を始めた。

「おい颯太、奈緒はいないのか?」

 僕が金鉄の準備をしている間、風見が聞いてくる。

「今日はいないよ。友達とプールに行っているから」

「なぁんだ、がっかりだなぁ。あのデカい乳を間近で見られると思ったのに」

「風見……あんまりふざけた事を言っていると殴り飛ばすぞ」

「お前は思わねぇの? 奈緒のクソデカい乳、揉みてー。あんなにデカ……」

「ふざけた事を抜かすんじゃねぇ!」

「いてっ、いてっ、いてええええっ!!」

 あんまりに風見が酷い事を言うので、僕は風見の両側のほおをつねってお仕置きだ。

「おい颯太、そこまでやる事無いだろ?」

 中島が僕をさとす。

「奈緒は僕のお姉さんだもの、気持ち悪い事を言われると腹が立つんだよ!」

「おいおい颯太、正直に言えよ、正直に。俺はあの乳に挟まれ……ギャフゥ!!」

「下ネタ禁止!」

 僕は中島の頭上にゲンコツをお見舞いしてやった。

 こいつら、本当に下ネタ好きだな。

 まあ、あれだけスタイル良いと欲情よくじょうしてしまう気持ちも分かる。正直言って、僕だって奈緒に対してそう言う感情が無いかと言えば嘘になる。でも……そう言う感情は胸の奥に秘めろよ!! 表に出すんじゃねえぞクソが。

「おい、颯太よ。最近、気に入らない事があるとすぐに暴力に訴えるよな? 誰の影響だ?」

「俺かな?」

 ドアの方から聞こえる、荒っぽい、だけれども色っぽい女性の声……って、えええええええええええっ????

「奈緒っ、どうして、どうして……?」

 噂をすれば影がさす、ドアの方を振り向くと、奈緒の姿が。

 おかしい、奈緒は理沙先輩とプールに行った筈だ。なのに何故ここに?

「理沙と駅で待ち合わせたのだが、アイツ、突如とつじょ腹痛ふくつうを起こしてな。今日の所はやめておこう、と言う話になった」

「そうか……。それで帰ってきたんだ。風見達がいるけど、良い?」

「ああ、構わん」

「あっ、あのぉ、あなたが奈緒さんですかぁ? 美人さんですねぇ。お、俺は……」

 僕と奈緒が話していたら、風見が気持ち悪い声で割って入ってきた。

「お前が風見か?」

「そ…そうです……。何故分かったのですか?」

「アブラギッシュ超弩級ちょうどきゅうブサイクだろ? そんなの一目で分かるわ」

「アブラギッシュ超弩級ブサイクって……それは流石に酷すぎますよ……」

「文句なら颯太に言ってくれ。俺にこう教えたのは颯太なのだからな」

「おい、颯太っ……」

「いっ、いっ、いいいいいいいいいいいっっっっっ!!!!」

 さっきの仕返しを貰った。

 これに関しては僕が悪いから、何も言い返せないが……痛いっ!! 奈緒にやられた時ほどでは無いけど、痛いいいいいいっ!!!!

「なあお前達、もしかして金鉄をやるのか?」

 テレビに映る金鉄の画面を見た奈緒が言う。

「そうだよ」

 僕は返す。

「俺にもやらせてくれないか?」

「えっ……やめてよ」

「何故だ?」

「だって……だって奈緒……」

「おうおう! 良いですねぇ、奈緒さん。俺達と一緒に金鉄やりましょうよ!」

 下卑げびた笑みを浮かべた風見が、奈緒を誘おうとする。

「やりましょうよ、やりましょう!」

 中島も同調。

「ふ……二人とも……」

 奈緒が乱入したら、僕達全員勝ち目なんか無いんだけど……。

 やめて……ボロ負けしちゃうよ……でも……この雰囲気ふんいきじゃ……拒めないっ!!

「俺が入ると何か不都合でも?」

 奈緒は高圧的な態度で示してくる。

 奈緒、金鉄好きだもんな。そりゃやりたいに決まっている。例え相手がこいつらだろうと。

「い、いや……」

 結局、奈緒が僕達と一緒に対戦する事になった。これじゃ勝ち目無いよ……。

 心なしか、風見や中島とは距離を置いて、僕の近くに寄って座った。やっぱり、こいつらのそばにはいたくないのだろうなぁ。だって、キモいもん。

 プレイヤー名の入力や、コントローラーの設定が終わればゲームスタート。地獄への入り口だ……。


「な…奈緒さん、つ、強いですね……」

 風見が言う。

 ゲーム開始から一時間ほど。

 僕も風見も中島も、もう心がボロボロだ。僕達全員、とんでもない額の借金を負っている。奈緒はぶっちぎりで一位をキープしている。もう逆転の芽は……。

「思い知ったか? 俺の実力を」

 奈緒の辞書に謙遜けんそんの二文字は無い。元から高い鼻を更に高くして嫌みったらしく自慢だ。

「奈緒さん、もう金鉄はやめて他のゲームやりません?」

 中島が言う。

「ぼ…僕もそれが良いよ……」

 僕はぼやく。

「やめたいのか? 強いカードを引いて一発逆転できる可能性を信じないのか?」

「も、もうっ……。そんな可能性…信じない……」

「ああ、分かった。では……」

 奈緒はゲーム機の電源をブチッと切った。

「奈緒……っ、どうしたらこんなに強くなれるの?」

「俺は基本のキを守っているだけだ。何も特別な事はしていない」

「そっ…そうっ……」

「奈緒さん……颯太と対戦した事、あるんですよねぇ? 喧嘩とか、しなかったのですかぁ?」

 風見が奈緒に聞いてくる。

「誰がするか、所詮しょせんはゲームだ」

「嘘つけ! 折角買った高い物件を乗っ取られた時とか……」

「颯太、それはお前が一方的に怒鳴どなっていただけだろ? 喧嘩と言うのか?」

「うっ、うううっ……」

「仲が良いんですね、お二人とも。一緒にお風呂入ったりしてます?」

「おい、風見ぃっ!!」

 本っ当に最低だな、こいつ。

 よりによって本人の目の前でこんな発言をするなんて。一番懸念けねんしていた事じゃないか。

「…………俺は二階に行く。お前達の間に割って入って悪かった。久々に金鉄をやる機会があったもので、つい大人げなく。三人で楽しんでいてくれ」

 奈緒、分かるよ、はっきりとは言ってないけど、相当怒っている。

 奈緒は静かにリビングルームを立ち去り、二階へと行った。

「あーあ、あんな美人を至近距離で見れたのに……」

 風見は不満げな表情を浮かべた。お前のせいなんだけどな。

「近くて見ると、もう卒倒そっとうするくらい美人だったわぁ。あっち方面の女優になったら絶対に天下……」

「中島、ふざけんなぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 こう言う事を言う中島には、こうだ。みぞおちチョップ!

「ウググググッ」

 雄叫おたけびを上げる中島。

 こうでもしない限り、反省しないだろうな。今まで同じように制裁しても反省した様子は見せなかったけど。

「かっ、軽い冗だ…」

「冗談でも言って良い事と悪い事があるんだよ。悔い改めて」

「で、でも……奈緒さんの……見たいだろ?」

「お前、もう一発欲しいか? なあ」

「わぁ、悪い、悪い、悪かった……」

「ったく、もう。奈緒は僕の大好きなお姉さん、そんな事を言ったら承知しないよ」

「いっ、いいっ……。なあ、金鉄面白かったな、もう一試合やらないか?」

「ああ、良いな! 今度こそ圧勝してやるぞ。かかってこい!!」

「よし、そうとなればやろうぜっ!!」

 僕と風見と中島、三人で再び金鉄の対戦を楽しんだ。

 今回は僕の圧勝! 気持ち良い勝利で幕を閉じた。

「腕を磨いて奈緒さんにまた挑めよ」

 ゲームが終わった後、風見は言う。

「うーん、それはちょっとなぁ……」

意気地いくじ無し! いーどーめ、いーどーめ」

「中島、見苦しいぞ。まあ、勝てるっていう自信がついたら挑んで、またボコられて泣くのも悪くないかなぁ」

「またボコられる? 勝つんじゃ無くて?」

「勝てる、って自信がついたタイミングで鼻折られて泣くって良くない?」

「何言ってんの?」

「分からない? この気持ち」

「全然分からねぇな……」

「まあ、分からなくて結構。じゃ、一旦ゲームはやめて、休もう」

「だな」

 僕達はジュースを飲み、お菓子を食べながら、馬鹿話をした。先生や学級委員長の悪口。テレビの話、漫画の話、その他諸々……。

 そうしている内に、あっという間に昼になっていった。


「佳太郎さぁん、今日の昼飯は何ですかぁ?」

「肉じゃがにしようと思うんだ」

「ええっ? 一昨日おとといも肉じゃがだったじゃ無いですか」

 作って貰っている分際ぶんざいで偉そうだな。本来、ここにいるべき者では無いのに。

 こんな話をしているのは優奈と父さん。廊下ろうかの方から声と足音が聞こえる。

「あれ? あの女の人の声……奈緒さんとも継母さんとも違うけど、誰?」

 中島が不思議がる。

「優奈って言う、もう一人の姉だ。十八歳の浪人生で、怠け者なんだ」

「颯太ぁっ! 誰が怠け者だぁ!」

 廊下から優奈の声がれ聞こえてきた。

「優奈さん、落ち着いて……」

 父さんは優奈をなだめる。

 間もなくして、ドアが開く。優奈と父さんの姿が見えた。

「おっ、風見君と、中島君だよね。いらっしゃい」

 父さんは二人に挨拶をした。

「こんにちは、Hカップの爆乳ばくにゅう天使でおなじみ、岩崎優奈でーす! よろしくね」

 何がおなじみだよ、聞いた事ねーよ。

 と言うか、こいつらにバストサイズみたいなデリケートな情報を易々やすやすと教えるな、きっとキモい事を……。

「…………」

「…………」

 二人とも、顔が引きつり固まっている!!

 流石に優奈のノリに耐えられなかったか。ポカーンとして、ただただ明後日あさっての方向に視線を向けていた。

 父さんはキッチンへと入る。

 優奈はダイニングチェアに座って、イヤホンをしてスマホをボチボチ。勉強の事、これっぽっちも考えて無さそうな飄々ひょうひょうとした顔をしている。まあ、考えていないのだろう。

「颯太は友達と食べに行くんだろ?」

 父さんは聞く。

「そう、だから僕の分は作らないでおいてね」

 僕は言う。

「ああ、分かったよ」

 僕の言葉を聞くと、父さんは料理に取りかかった。

「じゃ、そろそろ行くか」

 僕は風見と中島に告げ、身支度みじたくを調えて、家系ラーメンの店へ行く。


「すごかったよな、奈緒……。乳デカすぎ」

 ラーメン店に入り、ラーメンを注文して待っている時。風見が早速、こんな事を言ってきた。

「風見? あんまりふざけた事を言っていると殴るぞ」

「んはは、悪い悪い。でもよ、お前、奈緒のどこが好きなんだぁ?」

「そ、それは……。すごい美人で、スタイル良くて、あの輝く天然茶髪ロングが素敵で……」

「んふふぅ、お前も俺と同じ穴のむじなだな。結局好きなのは『奈緒の身体からだ』であって『奈緒』そのものじゃないのだろ?」

「違う! 違うから!」

「おい、ラーメン屋だぞ。静かにしろよ」

 思わず叫んでしまった僕に、中島が注意を入れる。

「わ、悪い……」

「俺も悪かったよぉ。でも颯太、お前は奈緒の性格って好きなのか?」

「な、奈緒の……奈緒の性格? そうだな……。暴力的だし、自己中心的だし、傲慢ごうまんだし、ナルシストだし……。めどころ、無し!」

「おいおい、それでも好きなのかよ、お前……」

「そうだよ。悪いか?」

「颯太、それじゃないのか? 好きな所って。暴力的で、自己中心的で、傲慢で、ナルシストな所が好きなんじゃないの?」

 ………な、中島? い…今、何て言った? な…ん…か…。なんか、僕の心の核心かくしんを突かれたような気がする……。気がするのに……何故だ? その言葉が僕の中に入ってこない。何て言っていたんだ? うおお、さっき言われたばかりなのに、うわっ、何があったんだ? クソ、思い出せ、僕……無理だ、全く思い出せん!

「お待たせしました。味玉あじたまラーメンです」

 僕の頭が錯乱さくらん状態に陥っている最中、僕が注文したものが届いた。

「は、はいっ!」

 僕は手を挙げて、そこに置くように頼んだ。

「おお、美味そうじゃねぇか。この店に来て正解だったな!」

 風見はジュルルとよだれを垂らして僕のラーメンを見つめている。

「先に食べていて良いかな?」

 念の為、僕は二人に確認を取った。

「良いぜ!」

 風見は答える。

「ああ、俺達に構わず熱いうちに食え!」

 中島も答えた。

 僕はラーメンに胡椒こしょうをパッと振りかけたら、レンゲを左手に、割り箸を右手に持ち、食べる姿勢に。さあ、いただきます! 一口すすれば……うん、う~~~~んっ!! 最っ高!!!!

「やっぱりめっちゃ美味いっ!」

 ありきたりな感想を僕は漏らす。

「お待たせしました。全部のせ、大盛りです」

 今度は風見の元にラーメンが届いた。デカい……とてもデカい。通常の二倍はありそうな量に、どんぶりに載せられたこれでもかと言うべき量の味玉、ほうれん草、チャーシュー、海苔のり。まさに風見サイズと言うべき代物。見ているだけでゲップが出そうだ。

「うわっ、すごい量。食べきれるの?」

「俺は平気だぜ。さて、これに……」

 風見はつぼに入ったすりおろしニンニクをどっさりラーメンに盛っていった。壺から無くなるんじゃないかと思う位に。

「おい風見、流石に入れすぎだぞ」

「そんな事言うなよ。これ入れると美味いんだ」

「あのね、息が……」

「大丈夫だ。こんな事もあろうかと持ってきたぜ」

 風見はポケットから歯ブラシセットをチラッと出して見せた。

「お前、いつの間に……」

紳士しんしたる者、エチケットに気を遣わなければ、な!」

「何が紳士じゃ、ボケ。紳士とは対極だろうが」

「ひっどいなぁ、そんなボロクソに言うものじゃないだろ?」

「まあ、そうだけど……あっ!」

特製とくせい魚介ぎょかいつけ麺、お待たせしました」

 中島の所に、頼んでいたつけ麺が来た。

「中島、本当につけ麺で良かったの? この店は家系で有名だけど……」

「分かってないなぁ、君は。この店の本懐ほんかいはつけ麺だ。それが通だぜ」

「何が通だよ。この店の存在、僕が今日教えたんじゃん」

「フッ…情弱じょうじゃくめ。食べログにそう書いてあったぜ」

「何だよ、実際に食べた訳じゃないじゃん」

「ネットをフル活用して、何が美味いか調べる。俺って情強じょうきょう!」

「はいはい、そうだなそうだな」

「何だその興味なさげな態度は」

「まあまあ。……そういや、僕達何を話していたんだっけ」

「決まっているだろ? ラーメンの話だ」

「だよねぇ。アハハハ」

 何か、大切な事を忘れているような気がするけれども、まあ良い。

 ラーメンを美味しく食べて、家に帰ったらまた三人でゲームして、夕方まで思い切り楽しんだのだから。

 今日は本当に楽しかった! ゴールデンウィーク、残りの四日間も楽しく過ごせそうだ。


 風見達が帰ったら、僕は二階の共用部屋へと行った。

 そこでは奈緒がパソコンでヘッドフォンをしながらあのゲーム『鉄これ』を遊んでいたが、僕の存在に気付いたようで、ヘッドフォンを外し、パソコンを閉じて僕の方を振り向いた。

「奈緒……ごめんね。風見達が嫌な想いをさせちゃった? 何かちょっと、セクハラじみた事も言っていたし……」

 僕は一つ、奈緒にびを入れておいた。僕が呼んだ友達、きちんと落とし前をつけなければな。

「いや、楽しかったぞ。あいつらの愚劣ぐれつ滑稽こっけいな姿を眺めるのが」

「そ、そう……」

「なあ颯太、一つ頼みたい事があるのだが、聞いてくれるか?」

「な……なあに?」

「俺の水着姿の写真を撮って欲しい」

「えっ……みっ…水着ぃっ!? と……突然そんな事言われても……」

「今日、プール行く筈だっただろ? 理沙は俺の水着姿を見るのを楽しみにしていたらしい」

「そ……そんなの自撮りで送れば……」

「全身像が見たいと言っていた。自撮りで全体像を写すのは難しいだろ?」

「し…仕方ないな」

 奈緒の水着姿なんて……見たいに決まっているだろ! でも恥ずかしい! だって……そんな姿を見たら…何て言うか……その……理屈抜きに、とにかく恥ずかしいだろ、もうっ!!

「じゃあ、そんな訳で……」

「なっ、奈緒っ!!」

 そう言った瞬間、奈緒はシャツをたくし上げる。セクシーなおへそがチラリ……巨乳だからお腹の肉付きも良いとばかり思っていたのに、めっちゃ引き締まっている。ムッチリ感が足りずちょっと残念…いや、これはこれで良きかな。健康的な感じがして。僕の知らない所で努力していたんだなぁ、このお腹の締まりを維持するとなると……いかんいかん、こんな卑猥ひわいなことを考えてはいけない。ここはきちんと、物申さないと。

「ここで着替えないで! そ…その……」

「何を心配しているんだ?」

 奈緒は僕の言葉に耳を傾けるまでも無く、服を脱ぎ捨てた。Gカップの巨乳がボロンと揺れる。脱いだら……黒ビキニのお出ましだ。天然巨乳の証、I字形の谷間がくっきり。寄せてない、入れてない……美人で色白で、背も高くて巨乳! 前々からこんな事知っていたけど、改めて見ると壮観そうかんだ。男の僕ですら嫉妬しっとを禁じ得ない、神々しい肢体したい……。

「み…水着……着込んでいたの?」

「ああ、プールに行って、すぐに入れるようにな」

「……先に言ってよ。ヒヤヒヤしたじゃないか」

「悪かったな」

 続いて奈緒はズボンの方も脱ぐ。

 スラッとした長い生足がお目見えだ。綺麗……見とれてしまう…………。

「全身が写るように撮ってくれ」

「わ……分かった…分かったよ!」

 僕はスマホをポケットから出して、カメラ機能を起動した。

 奈緒の全身が写るよう、位置を、アングルを調整して……奈緒の方はどうも動く気が無さそうだから、僕が動いてベストショットを撮らなければ。うん……これくらいか? よしっ……

「三、二、一……はい、OK!」

 写真が撮れたら、僕は奈緒に近付いて、撮った写真を見せてあげる。後もうちょっと動けば、胸に当たってしまいそうなギリギリの距離。ハラハラドキドキ、胸が詰まりそう……。

「良く撮れているな、きっと理沙も喜ぶ。送ってやれ」

「送ってやれ……って。僕が直接送って良いの?」

「構わん。俺に頼まれて撮った事だけは明記してくれ」

「分かった」

「俺は水着を脱ぎに姉貴の部屋に行く。しっかり送ってくれよ」

 奈緒は共用の部屋から出て、着替えが置いてある優奈の部屋へと行った。

 ……壁を一枚隔てた向こうには、全裸の奈緒がいるんだよな? そりゃ、覗こうなんて、ドアの前に張り付こうなんて、そんな品性下劣な事をする訳が無い。それに、見れないからこそ感じる神秘性だってあるんだ。だけど……何となくしたくなっちゃう。この部屋と、優奈の部屋を隔てる壁をナデナデ……向こうには……正真正銘の全裸の……

「何を祈っているんだ?」

「き……着替えるの早っ! と言うか、それギャグのつもりで言ったの? 全然面白く無いんだけど」

 ドアの方には奈緒が……おい、部屋から出て三分も経ってないぞ、体感上。

「別にウケは狙っていないのだが。なあ、写真は送ってくれたか?」

「送る! 送る! 送りますとも……」

「送っていなかったのか」

「ご、ごめんよ! 今すぐ送る!」

 僕はスマホでLINEを開き、理沙先輩に奈緒の水着写真を送った。

[奈緒に頼まれて撮りました。どうでしょうか?]

 さあ、何て返ってくる?

[ありがとう、颯太君]

[本当にスタイル良いね。憧れちゃう。あたしもこんな風になりたいな]

 無理だと思うよ、はっきり言って。手遅れです。

 そう言いたいけど、何て言うか、無難に……。

[なれると思いますか?]

[嫌だな、冗談だよ。今更こんな風になれないって分かっているし]

 自覚あるのかよ!

 理沙先輩みたいな背が低くて貧乳っていうの、僕の好みからはかけ離れた体型だけど……まあ、それが好きな人もいるんじゃないの、適当。

「理沙は何て反応していたか?」

 奈緒が聞いてきた。

「スタイル良いね、憧れちゃう。そう言っていたよ」

「なら良かった。この日の為に、俺も理沙も水着を買った。今日行けなかった分、夏休みには海にでも行きたい」

「良いじゃないの。楽しんできなよ」

「ああ」

 奈緒は笑顔で答えた。

 理沙先輩、ありがとう。こんなに良い友達だったなんて。最初、あんな態度を取ってごめんなさい。これからも頼むよ、奈緒の良き友達で、そして僕の友達でいて欲しいな。

 そして風見、中島……下ネタはほどほどに、楽しくやって行ければ良いな。友達とも、姉とも、みんなと一緒に楽しく過ごせれば……これ程良いものは無いな。こんな日々が続けば良い。

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