第二話 新学期が気が気でない

第二話 新学期が気が気でない

 あれ、おかしい。どこにも無い。僕の名が、名簿めいぼっていない。

 出席しゅっせき番号は下から数えた方が早い筈。なのに、貼り出された名簿を下からズラッと見ても僕の名前が見当たらない。

 変だな、『丸山まるやま颯太』と言う名が……って、そう言えばそうだった!!!

「一年四組……五番!」

 出席番号は前の方だ。『岩崎颯太』でア行だからな。

 僕は「奈緒は俺のよめ」派では無く「俺は奈緒の婿むこ」派なので、この名は願ったり叶ったり……の筈なのに、何故かあんまり嬉しくない。

 それはともかく、この時にようやく、僕は姓が変わった事を実感したのだった。

 名簿に従って、一年四組の教室まで行った。番号順に席に並ぶけど、知っている顔は一人もいない。

 クラスは四十一名、一列八人、廊下ろうか側から三列目だけは何故か九人の五列。僕は最も廊下側、一番右の列の、前から五番目の席だ。

 今までに無い、出席番号が前の方。授業で指名される機会きかいが増えそうで、ちょっとしょんぼり。

 それはさておき、新たなクラスメイト達と友達になりたいものだ。流石さすがにクラスで一人じゃさびしいからな。誰か仲良くなれそうな奴、いないかな……

「おい、お前。もしかしてクラスに話す相手がいない? なら俺と話さないか?」

 何だ急に、れしく。野太のぶ野郎おとこの声が聞こえた。

 その野郎おとこは、すごく太っている。太っているが、西郷さいごう隆盛たかもりのような迫力はくりょくのある太り方では無く、『見苦みぐるしい』と言う言葉がよく似合う太り方だ。別に臭くないけど、何か臭そう。

 その上、顔が、とても……とても、ユニークだ。

「何だよ、急に話しかけてきて」

「何だよ、って。俺はお前が気に入ったんだよ!」

「一方的に気に入るな! と言うか初対面でお前って言ってくる奴……二番目だぞ」

「二番目? 最初は誰なんだ?」

「誰だって良いだろ。と言うか、名前くらい名乗ったらどうだ?」

 奈緒の事なんだけどね、最初は。

 友達になれるかどうか分からないが、奈緒の事は伏せておくか。面倒な事になりそうだから……。

「俺か? 俺は風見かざみ奏人かなとだ!」

「かざみ……かなと……少女漫画に出てきそうな名前……プッ、プププププッ!」

「おい、岩崎颯太君、何がおかしいんだ」

 久しぶりに大爆笑だいばくしょうさせてもらったぞ。たいを表してねぇ!

 アブラギッシュで臭そうな肉体、大層ユニークなお顔。それに相反するような、『風見奏人』なる少女漫画チックなさわやかな名前! この事実だけで腹がねじれそうだ。

「いやいや、すごく面白い奴だなって。と言うか、僕の名前を何で知っているの?」

「何で、って。座席表でお前の名前を見て気に入ったからな」

「はあっ? 意味不明」

「まあまあ、良いから。なあ、岩崎……」

「颯太って呼んでくれない?」

「どうして?」

「どうして、って。慣れていないんだよね、今の名字。前は丸山って言ったんだけど、父さんが再婚さいこんして、その……」

親父おやじかよ。母親じゃなくて?」

 他人の父親に対して、初っぱなから親父呼ばわりとは。本当に失礼な奴だな。

「そう言う決めつけは良くないと思うよ。僕の継母ままははは、バリバリ働く人で、家事が全然ダメだから……。だから家事の得意な父さんと再婚したんだ」

「もしかして、お前の親父、ヒモ?」

「あんまり認めたくないけど、まあそうだな」

「へえ。なあ颯太、まだまだ知らない事ばかりだが、よろしくな」

「ああ、よろしく」

「では颯太、お近付きの印に、登録とうろくしてくれよ」

 風見はスマホを出して、QRコードを見せてきた。

 LINEのQRコードだ。僕はスマホでそれを読み込む。

 登録名『☆Kanato☆』と、ユニークなお顔をドアップにしてキラキラに加工かこうした自撮じどり写真をアイコンにしたアカウントが。きめぇ!

「す、すごく個性的なプロフィール画面だね……」

 遠回とおまわしにdisってやった。

 が、それに気付く素振そぶりも見せず。

「良いだろ。この写真、何度も撮り直したんだぜ!」

「あっ、ああっ……」

 面白い奴だな、本当に。

 これから入学式と言う退屈たいくつなイベントが始まるが……風見のお陰で『楽しい』気分を補給ほきゅう出来たので、無事にやり過ごせそうだ。

 

 入学式で毛ほども面白くない校長やら市議会しぎかい議員ぎいんやらの話を聞いた後、書類しょるいやら何やらを受け取って放課ほうかとなった。別にねらっていた訳では無い。けれども……。

「ああ、颯太、偶然ぐうぜんだな。どうだ、入学式は。眠かっただろ?」

 校門で、奈緒とばったり。

 方向は同じだから、この状況では一緒に帰る他無い。何も言わずとも、二人一緒に帰宅すべく、並んで歩き始めた。

「うん、眠かったよ……。と言うか、入学式に出たんだね。中学の時は自分の卒業式にも出なかったのに」

「高校に入ってからは行事にも出るようにした。出たくは無いけどな」

「どうして? くだらないっててていたのに」

「まあ……苦手なものでも、少しは克服こくふくしないといけないからな」

「そうなのか」

「なあ颯太、一つお前に頼みたい事があるのだけど、良いか?」

「なあに?」

「中学の時の様に、昼休みには図書室に来てくれないか? さびしいんだ」

「やっぱりぼっちなんだね……」

「まあな。別に話さずとも、一人で読んでいても、スマホしていても構わん。そばにいてくれれば、それで良い」

「僕にそばにいて欲しいって、奈緒は僕の事……どう思う?」

「俺にとって特別な存在だ」

「えっ?」

 そ、そんな事言われたら……れちゃうだろ!

 僕は恥ずかしくなって、つい下を向いてしまう。

「何を下向いているのだ?」

「奈緒っ……本当に僕は特別な存在なの……?」

「決まっているだろ。お前は俺の弟だし、それに、始めて出来た友達……と言う訳でも無いのだが、継続けいぞく的に友達になったのはお前が最初だ」

「いっ…いたの? その前に」

「何人かいたが、すぐに向こうからはなれた。長くても半年しか続かなかったな、お前と出会う前の友達関係は」

「あっ、ああっ……」

「颯太、いつまで下を向いているのだ? いい加減前を向けよ。危ないぞ」

「だ、だけど……」

「前を向けと言っているだろ! 自転車じてんしゃとぶつかったらどうするのだ?」

 いってぇぇぇぇぇ!! これだから友達が離れるんだよ、奈緒はっ!

 奈緒は僕のあごと頭を持って首を動かし、無理矢理むりやりに前を向かせた。突然やるものだからたまったものではない。首ががるかと思った……。

「奈緒っ、やめてよね、もうっ……」

「何だかうれしそうな顔をしているが……」

「そんな事無いもん! 痛かったよ!」

「お前……。高校生活は上手く行きそうか?」

「うん、友達も出来たし。勉強はちょっと不安だけど」

「もう出来たのか……」

「出来た。すごく面白い奴だよ」

「へぇ、そうなのか。あ、言い忘れていたがもう一つ頼みたい事がある」

「なあに?」

模試もしとかがあって帰宅時間が合わない日以外は、俺と一緒に帰宅してくれないか? どうせ帰る家は一緒なのだから」

「やっぱり、一人じゃ寂しい?」

「寂しいと言うか、心許こころもとないというか。去年は姉貴と帰っていたが、今年はいないからな……。良いか?」

「良いよ」

 僕は奈緒の頼みを快諾かいだくした。

 この後は、奈緒と一緒にマックに寄って昼食を食べた後、家に帰り、提出物の確認等、これから始まる高校生活の準備をして一日を過ごした。


 それから一週間も経つと、通常授業も始まり、徐々に高校生になった実感が湧いてきた。

 そして、もう一人、僕に友達が出来た。

 彼の名は中島なかじま大翔ひろと。東の街、館林たてばやしから列車れっしゃで通っている。小学校時代からサッカーをやっている、男子サッカー部の……万年ベンチだ。

 最近は、昼休みには風見と中島と僕の三人で昼食を食べるのが日課にっかだ。馬鹿ばか馬鹿ばかしい話をして、その場を盛り上げる。

「颯太の弁当、全部手作りかよ! 羨ましいな」

 中島が言った。中島はコンビニパン二個、羨ましく感じるだろうなぁ……。

「お前の親父が作ったのかっ?」

 風見が聞いてくる。

「ああ。再婚する前は給食センターで働いていたからね、どことなく給食っぽい味がするんだ」

「ちょっと分けて貰っても良い?」

 中島が言う。

「それはちょっとなぁ……。衛生上えいせいじょうの問題とかあるし」

 僕は断る。

「颯太の父さんの作る料理は汚いのか?」

 中島は聞く。

「そうじゃなくてね。食べかけだもの、僕からきんが移ったりしたら、洒落しゃれにならないでしょ」

「やめろよな、食事の時にそんな事を話すのは」

 風見が言う。

「悪かったね。じゃあ今度、こっそりばしを持ってこようか? 僕は学食がくしょくで食べるから、二人が父さんが作った弁当を食べるって言うのはどう?」

「ああ、うれしいな。学食で食べる金は俺達が出すよ。良いだろ、風見」

「良いな。俺も食べてみてぇ」

 こうしてくっだらない話をして盛り上がるのが、たまらなく楽しい。

 だが……どうしても許せない事が一つある。それが……

「なあなあ、セックスする時どんな体位たいいが良い? 俺は正常位だなぁ」

 風見がキモい声を出して言う。これこそやめろよな、だ。

 女子だっている。しかもみんな食事中だ。そんな中、こんな話をするなんて。全く、恥知らずめ。

「俺はねぇ、バックかな。激しく突いてやりてぇ」

 中島は言う。

「ああ、バックか。バックも良いよな。突いている時の女のあえぎ声がたまらねぇ」

「風見、お前も分かるか? ヤってる時に、ケツをパンパン叩くの……」

「分かる、分かる!」

 セックスどころか、女子とまともに会話すらできないお前達が、あたかも実体験かのように語るなよ。

 お前らにチャンスは一生めぐって来ねーよ、かがみを見ろ、鏡を!

「颯太、お前はどうなんだ?」

 ギクッ!

 何で聞いてくるかな。僕はこの話の輪に、参加したくないのに。

 風見からドヤ顔で問われると、何と返せば良いのか分からなくなってしまう。

「えっ? 僕? 僕?」

「そうだよ、何が好きなんだ?」

「そ、そんな事言われて…も……僕は…年上の人が好きだなぁ……」

 僕は適当にはぐらかす。

「経験豊富なお姉さんも悪くはないよな。もしかして、騎乗位きじょういが好きなタイプ? 個人的にはちょっと年下が良いけどなぁ」

 この歳で『ちょっと年下』は無いだろ、中島よ。お前はロリコンか?

「ああ、悪くないよな。綺麗きれいなお姉さんに童貞どうてい奪われてぇ」

 風見、お前はどう言う妄想もうそうを語っているんだ?

 お前の童貞を奪ってくれる綺麗なお姉さんなんていませんから!

「でも、やっぱ処女膜じょじょまくぶち破りたいっしょ。風見、お前は処女にこだわるタイプか?」

「うーん……。非処女も悪くないよなぁ。経験あるから、ねっとり気持ち良くしてくれそう」

「マジか。処女厨とばかり思っていた」

「嫌だな、俺は気にしねえよ。顔が良くて、乳がデカければな。なあなあ、颯太。騎乗位が良いんだろ? どんな感じでやりたい?」

「いっ、いいいっ……」

 風見が迫ってきた。そんな事一言も言ってねぇよ。

 僕は何も答えられず、ただ苦笑にがわらいして誤魔化ごまかしていた。

 ……本当に救いようが無いな、こいつら。

 セックスとえんが全く無さそうなのに。いや、だからか。よくも嬉々ききとして、こんなどぎつい話を出来るよな。ブサイクと言うのは、容姿ようしだけの問題では無い事がよ~~~く分かった。

 

 下ネタの輪に参加するような、しないような。曖昧あいまいな態度を取っていたら、何とか食事が終わるまでやり過ごせた。

 食事が終わったなら、図書室に行かねばならない。奈緒が待っているのだから。

「風見、中島。僕は図書室に行くよ」

 僕は二人に告げた。

「ああ、行って来いよ。待っている人がいるのだろ?」

 風見が言う。

 奈緒の存在は、二人には隠している。ただ、「待っている人がいる」とだけ告げている。

 僕は教室を抜けて、図書室に行った。

 図書室の片隅では一人の美少女が静かに本を読んでいる。その美少女は言うまでも無く奈緒だ。ブラインドから差し込んだ光が、天然茶髪を美しく照らす。

 僕は奈緒の向かい側の席に、静かに座った。奈緒は僕が来た事に気付くと、少し嬉しそうな顔をして、本の隙間すきまから上目遣うわめづかいで僕を見る。その仕草、その表情がたまらなく好きだ。

 それで、奈緒の読んでいる本は……

「あれ、奈緒。『びしょつき』じゃないか。読んでいるの?」

 奈緒が読んでいたのは人気ライトノベル『学校一の美少女につきまとわされて困ってます!』略称りゃくしょう『びしょつき』の一巻だった。アニメ化も決まっている、全七巻出ている人気作。

 僕はこの作品が好きで、六巻まで読んだけれども、奈緒はまだ一巻か……

「もう七巻まで読んだけどな。八巻が待ちきれないから、一巻から読み返している」

 奈緒の方が上手うわてだったわ。最新刊まで読んでいたなんて。

「すごい! ねえ、アニメ化決まっているけど、勿論観るよね?」

「当然だ。動いてしゃべる姿が観たい」

「だけど……放送は来年だよ。待ちきれないでしょ?」

「その間、新刊も発売されるし、何度でも読み返せる。アニメ前に、何度でも復習できるだろ」

「ポジティブだな……。ねえ、今期のアニメは何を観ている?」

「今期か? 今期は…………」

 こうして僕と奈緒は、アニメやラノベの事について楽しく語らいながら昼休みを過ごした。

 毎日こんな感じで楽しく話す訳じゃないし、始終しじゅう無言の日もある。

  でも……奈緒と一緒に過ごすだけで良いんだ。その特別な一時が、この上なく嬉しい。

 家でもいつも一緒なのに、学校で共に過ごすこの一時に特別感を見出してしまうのは何故だろう……。考えようにも、答えが出ない。


 昼休みが終わったら、教室に戻って授業を受け、放課後には奈緒と一緒に家路いえじにつく。

「ねえ奈緒、聞いてよ。信じられないよ、風見達。昼休みに何の話をするかと思ったら、大声で下ネタ言ってくるんだよ」

 風見達の事を、奈緒に愚痴ぐちってやった。

 奈緒には既に風見、中島の存在は伝えている。二人に奈緒の存在は伝えていないけれども。

 この愚痴を聞いた奈緒は、冷淡れいたんに答えた。

「何故今更愚痴ってきた。図書室で言えば良かっただろ」

「だって、奈緒が『びしょつき』持っていたから、そっちにばかり意識が行って……」

「ああ、そうか。下ネタ、嫌なのか?」

「嫌だよ。食事中に平然と、えげつない下ネタをしてくるんだもん!」

「放っておけ。下ネタで頭が一杯な年頃なのだから」

「そ、そうだけど……」

「だけど、何だ?」

「やっぱり嫌なんだよ! すごく不愉快な気分になるの!」

「下ネタがしたくないなら、そいつらと付き合うな。ただそれだけの話だ」

「で、でも……」

「でも、何だ? 付き合いたくない奴と無理して付き合う必要は無い」

「あいつらと話すの、楽しいんだ。ただ……下ネタだけは嫌なの。教えて、どうすれば良いか!」

「下ネタだけは話さないように頼め。俺だって、いくら仲の良い奴でも興味の無い話を振られたあかつきにはウンザリするわ」

「だけど……あいつら下ネタが生きがいみたいなものだし……」

「じゃあ付き合うな」

「嫌だ! 下ネタ以外は楽しいから!」

「はあ、手に負えねぇ……。勝手にしろ」

 奈緒はため息をついていた。

 自然と言葉が出なくなり、無言になる。呆れられちゃったのかな。

 僕と奈緒は、だからと言って別行動になる訳でも無く、無言のまま、並んで歩く。歩幅ほはばは、ペースは、不思議と一緒だった。

 特に意識して合わせている訳でも無いのに、どうしてこんなにぴったりなのだろう。もしかすると、息が合うのかも知れない……。

 姉弟では無く、恋人同士として、こうして微妙に距離をとる事無く、手を繋いで歩ける日は果たして来るのだろうか。その為には、この世のことわり刃向はむかう事になるのだけれども………。

 家に帰る道すがら、僕の心の中はもどかしい想いで一杯だった。

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