一二・二四事件
【犯行声明】
ハローハローみなさま、歳末の候、いかがお過ごしでしょうか。
聖夜の本日、恋人や家族と幸せに満ち満ちた時を、もしくは下唇を噛み噛みロンリーなお時間を過ごしておられることと存じます。
さてこちらはただいま、ターゲット捕獲に成功し、透明な星空の下、ハイウェイを安全運転で走行中でございます。
寒くないかって? 寒すぎですね、こんな時期の日の落ちた時間にバイクなど乗るものではございません。しかしながらわたくし普通自動車の運転免許は持ち合わせていなかったもので。
え、誘拐はするのに無免許運転はしないのかって?
当然なり、道路交通法を脅かす者は敵でございますね。みなさま制限速度と信号機は必ず守られますように。
ところでわたくしが今どこへ向かっているのかって? もちろん内緒です。
何が目的かって? それも内緒です。
わたくしがあなた方に求めるものはただひとつ。邪魔をするな。以上。
【同僚
え、
ちげえよそっちの汚えのは俺の席だっての。そっちじゃなくて、その隣のくまのぬいぐるみが置いてある席だよ。
あ? よくわかんねえけどメール入ったみたいでケータイ確認してて、それから慌てて荷物まとめて帰りやがった。珍しいよ、あいつがこんなに早く帰んの。いつも残業ばっかりする奴だからさ。
逆逆、仕事出来ねえんじゃなくて、出来るからたくさんやること回ってくんの。よくやってるよほんとに、同期の花だよね。
おまけに顔も良いから会社の女の子にもすげえモテるしさあ。ん、何? 俺とは大違い? うるせえほっとけ!
……だから、つまりあいつがこの時間に帰るの珍しいから、よほどのことがあったんじゃねえの。まあ、それでも今日の分の仕事はちゃんと終わらせてんのがあいつらしいけど。
つーかもうどっか行ってくんない? 俺まだ仕事残ってんだよね。は? 別にいいよ、特に用事ねえし。
え、何、ちょっとその目やめて。同情しないで。別に気にしてねえからって。ねえ、やめてって言ってるでしょ!
【後輩
びっくりしましたよー、あれって里見先輩っすよね? オレ同じ部署なんすけど、え、でもなんすか今の、ヤバくないっすか?
いやなんか、里見先輩が会社から出て来たんで、こんな時間に帰るの珍しいなーと思って見てたら、突然全身まっかっかの人に捕まってバイクに乗せられて行っちゃったんすよねー。
んーなんか待ち伏せてたっぽいっすね。完全に先輩を狙ってた感じ?
拉致った人の顔っすか、見てないっすね。フルフェイスのメット被ってましたし。
そうそうメットまで真っ赤っすよ! なんか白いたんこぶみたいなの上に付いてたし! なんすかアレ、サンタさんっすか……! 里見先輩サンタさんに拉致られたんすか!? ヤベぇウケる!!
……あ、でも先輩にもメット被せてあげてたっすよ。偉いっすね。
あー、結構小柄でしたね。あんな奴なら先輩勝てそうな感じなんすけど、どうしちゃったんすかね。
え、警察に連絡? しないとヤバいっすか?
えーちょっとオレ今からコンパなんすよねー。聖なる夜を一緒に過ごす子見つけないと。つか聞いてくださいよ今日の相手CAなんすよヤバくないっすか! オレセッティングマジ頑張ったんすけど!
じゃ、もっと頑張ってきますね!
【秘書課
ちょっと何、あたしもう帰るんだけど。
は? 里見さん、って企画課の?
知ってるに決まってるじゃん、てかウチの女性社員で知らない人いないでしょ。フリーの子みんな狙ってるっての。
あたし? あたしは別に……何、あたしが里見さんにプレゼントあげてたの知ってるって?
え、何、知ってて訊いたわけ? あんたいい度胸してるじゃん、ちょっと面貸しなさいよ……。
は、その様子を見れば、って……はいはいそうです受け取ってもらえませんでしたー残念でしたー……うっさい泣いてないっつーの! 見んな!
てかさ、なんでよ。気軽に受け取ってもらいやすいように物とかじゃなくてお菓子にしたんだからさ、別に貰うくらいよくない?
いやまあ、手作りだけどね。
て言うか、彼女いるならともかく、里見さんって女の話聞かないからフリーなんでしょ?
……フリーなんだよね?
それなのに、甘いもの苦手なんです、とか可愛い顔で言われちゃってさあ。うちの課の小林も同じこと言われたって言ってたし。あーあ、お菓子はやめとくべきだったかなー。
……え? ただ単に断るための上手い口実って?
おい、マジちょっと面貸せ。
【同僚 鈴村浩介の証言その2】
ちょ、また来たのかよあんた。今度は何? 里見に彼女いるのか? なんでそんなこと訊くわけよ?
……秘書課の夏川さんに訊いて来いって言われた?
うそ、夏川さん里見のこと狙ってんの!? うわーショック! オレ夏川さんのことちょっといいなと思ってたのに!
里見ほんと、何あいつ……。
で、何、えっと、里見の彼女ね。いるよ。ほら、その机の上のくま除けてみろよ。後ろにこっそり写真置いてるの知ってんだよね。
そのくま? 知らねえけどなんか彼女との約束とかなんとか言ってたよ。古そうだよな。ぼろぼろのくせに捨ててねえんだから相当大事なもんなんじゃねえの。
あ、ほら、かわいいだろ、幼馴染らしいぜ彼女。そういうのってさーまじドラマとか漫画だけの話だと思ってたわ。
あ、もしかしてさっきのメールも彼女からだったのかも。そういや今日イブだし、なんか慌ててたけど、妙に楽しそうだったし。
うん、あいつ笑うと結構可愛いんだよ。普段は真面目できりっとしてんのに、こういうちょっとしたときに見せるいつもと違う仕草っての? なんかキュンと来ちゃうよな。
え……イヤイヤちょっとまって、オレそういう趣味ねえから、違えって!
違えからやめて噂広めないで! これ以上オレから女の子たちを遠ざけないで!!
【秘書課 夏川えみりの証言その2】
ねえ、どうだった?
……うっそ彼女いるの!? え、嘘でしょ! そんな噂ひとつも聞いたことないんだけど。
幼馴染? は、ちょっとそれ誰からの情報よ。
企画課の鈴村? 誰それ、信用できんの?
あーはいはいもう分かったって諦めるって。何、妙に潔いって?
そりゃあね、いつもなら彼女いるくらいで諦めたりしないけどさー、うんうん、だってあたしのが絶対にいい女だし。でもさ、里見さんもうすぐ海外に行っちゃうじゃん、ちょっともう頑張りようがないよね、諦めるしかないって。
ん、何? あれ、知らなかったの?
そうそう、来月から海外の本社に異動になるらしいよ。
栄転に決まってるじゃん、あの歳で海外の本社に転勤よ? だからこそこの機会に掴まえようと思ったのにさあ……あーあ、次の男探すかあ。あたしも早く寿退社してえなー。
あ、ねえちょっとその情報源の鈴村ってやつ、イケメンだった?
……あ、そうなんだ。じゃあいいや。
【上司
はいはいどいて邪魔邪魔ー。え、何、聞きたいこと? 手短にお願いねー。
うん、里見くんね、そうそう本社に行くのよーいやあ育てた者としてこんなに誇らしいことないわ。
うん、すごく優秀な子よ。当然でしょ、技術者でもないのにあの歳で海外勤務、しかも本社ってそうそうないよ?
でもあの子なら絶対にあっちでもバリバリ活躍できると思うわー。あ、ちょっとそれ取って、ありがと。
うん? 彼女? ああ、知ってるわよ、前に会ったことあるのよ。
それに2週間くらい前にもね、たまたま、彼女にだけだけど会ったわよ。
なんか可愛くて面白い子なのよー。同い年らしいけど、里見くんのが上に見えるわね。ほら、里見くんってなんかさ、大人びてるっていうか、ちょっとジジ臭いとこあるじゃない、あはは!
まあでも里見くんみたいな子には、ああいう女の子が合うのかもね。うん、私にはお似合いに思えるわね。
え、海外行くのにその彼女、どうするのかって? さあ……聞いてないわねえ。
あ、でもこの間彼女に会ったときにね、海外転勤大変ねって話したら、なんとそのことを知らなかったのよ。びっくりじゃない?
里見くん、彼女に話してなかったのね。あの子ときどき情けないのよ、ほんと男って駄目ね。
ちなみに私が彼女にバラしたってこと、もちろん里見くんには内緒よ。
……どうかしらね、別れたって話も聞かないし、遠距離になるのか、どうするのか……あ、でもそう言えば、今日可愛いちっちゃい紙袋持ってるの見かけたわ。あれ絶対彼女へのプレゼントでしょ!
え……でも別れてる可能性もある? まあ最近の子は遠距離ってあんまりしないみたいだしね。しかも海外となるとねえ。でもあの袋はプレゼントだと思うしなあ……。
はっ! もしかして鈴村にだったらどうしよう!
なんか鈴村、時々里見くんのこと熱い視線で見てるし! 彼女が離れた隙に里見くんに迫ったとか!
……いや、思った以上にありうるな。ちょっとあとで鈴村に聞いてみよ。
【被害者 里見
メーデーメーデー。師走の候、みなさまますますご繁栄のこととお慶び申し上げますが、僕はただ今絶賛誘拐され中でございます。
はい、寒いですね。急いでいたのでマフラーを会社に忘れてきてしまったのが痛手です。
え、誰に誘拐されたのかって? うーん、見る限りサンタさんみたいですね。ソリじゃないですよ、バイクに乗せられています。
さっきから馴染みの県道を走っているのですが、この方角だと僕の地元に向かっているようですね。
んー、なんとなく目的地の目星はついていますが……はい、着いてからのお楽しみですね。
それよりもこのバイク、かっこいいでしょう。いえいえ、もちろん僕のものではないんですけれど、選ぶときは僕も手伝ったんですよ。
そうです、会社を出てすぐに、無理やりこれに乗せられまして、それからノンストップで走っている次第でございます。
え? はい、
ムーちゃんっていうのは実家で飼っている犬なんです。かわいいんですよー写真見ます? あとでいい? そうですか……。
何? 誘拐されてるのに怖くないんですかって?
怖くないですよ、安全運転してくれてるんで。え? そういうことじゃないって?
あはは、僕、こういう突拍子もないことには昔からよく付き合わされているので、慣れているんです。うん、結構楽しいですよ。
※ここから先は後日、被告人からの供述により得られた犯行の一部始終です。
ターゲット捕獲に成功しその後、わたしは寒空の下1時間かけて我々が生まれ育った町へと辿り着きました。
ええ、寒くて死にそうでしたね。ヘルメットの内側になぜホッカイロを貼らずに出掛けたのかと道中幾度となく後悔しました。あと、普通自動車の免許も取ろうと思います。屋根とドアがあるのは便利ですね。
ターゲットである里見尚樹氏を連れわたしが向かったのは、幼い頃によく遊びに来たちょっと気味悪い祠のある丘でございます。今はこんなに殺風景な草原でございますが、秋口には綺麗なコスモスが咲き乱れる丘なのですよ。え、そんなことはどうでもいい? 失礼しました。
わたしは愛バイク(ミート君という名を付けております)から降りたのち、里見尚樹氏の手を引っ張って徒歩にてその丘を登っていきました。
「子どもの頃は、俺が手を引いて登ってあげてたよね」
はて何のことやら。わたしは里見尚樹氏の幼き頃など知らぬさすらいのサンタクロースでありますゆえ。
ええ、ええ。当然わたしは誘拐犯でございますから、ターゲットに正体なんぞ知られてはいけませんのでね、プリティに装飾したフルフェイスのヘルメットでお顔を隠しておりました。
フルフェイスとは便利ですね。皆さまコンビニに立ち寄られる際は必ずフルフェイスメットは外されますように。通報されますよ!
さて、丘のてっぺんには1本の楠と、ちょっと気味悪い祠がぽつねんと佇んでおります。昔から変わりません。楠は大きくて、祠はちょっと気味悪いです。
わたしはこの祠が苦手でした。ですからこの場所へひとりで来たことは一度しかございません。その一度だって、来たと言っても、辿り着いたこの場所にはもう先客がいました。本日と同じく無駄に寒い聖なる夜のことでございます。
この祠の前に座って、誰もいない場所でひとりでべそべそしてるその背中に、まだ10年も生きていなかったわたしは確か、グーパンチをしたのでした。
「あれ、すごく痛かったんだよなあ、今もまだ覚えてるもの。しばらく背中に青あざができてたんだよ」
はて何のことやら。里見尚樹氏の思い出については存じませんが、わたしだってあのとき初めてグーで人を殴り、そして祖父からの「誰かを殴るとき、殴った方も傷付くんだ」という教えを身を持って知ったのです。
わたしは砕けたかもしれない拳をさすりながら、「痛い痛い」と、声変わり前のかわゆい声で呻きながらもべそべそし続けるそいつに、言ったのでした。
「泣くな。わたしがずっと一緒にいるからかなしくない」
そいつの両親が離婚をして、お母様がお家を出て行かれるのだと、そのときわたしはもう知っていたのでした。そのせいで、そいつがひとりきりでべそべそしているのだとも知っていたのでした。
涙を浮かべたまま顔を上げて、わたしをじっと見つめるそいつがあまりにも愛らしかったものですから、ノリと勢いで言ってしまったその言葉を、わたしはこいつがひとりで泣かずにすむそのときまで、守り続けようと決めたのです。
そしてわたしは、怖ろしくて仕方なかった祠に手を掛け、神様のお家のドアを開けました。
「約束。いつか、ナオがひとりで大丈夫になるまでわたしはそばにいる。神様にちかう」
でも誓い方なんて知りませんから、代わりに神様に大事なものを預けることにしました。その日に父からプレゼントで貰ったばかりのくまちゃんのぬいぐるみです。速攻で失くしたことが知られれば怒られること必至ですが、持ち物がそれしかなかったものですから。
「かくごのあかし。わたしが約束をまもりきれたら返してもらうんだ」
そうして、神様のお家のドアを閉めようとした時です。突然そいつが「待って」とわたしを阻止してきました。可愛いお顔はまだ涙で濡れていましたが、もう無様にぼろぼろ泣いてはいませんでした。
「ぼくが、ぼくが大事なもの入れる。ぼくのためのちかいだから。マコちゃんは、それ、大事だから」
そう言ってそいつはずずーっと鼻水をすすると、わたしのくまちゃんを引っ掴んで取り出し、代わりに自分が持っていたイルカの形のキーホルダーを祠に入れたのでした。そのキーホルダーは、そいつがお母様から貰ったものなのだそうです。
「はい、マコちゃん、くまちゃん返す」
「……いらない。神様に預けられないなら、それはナオが持っていろ」
「ぼくが?」
「いつかナオが、わたしがいなくて大丈夫になったら、ナオの宝物取り来よう。そんでわたしはそのくまちゃん、ナオから返してもらう」
まあるい目をぱちくりさせて、それからこくんと頷いたのを今でも覚えております。
それから幾星霜、わたしはすっかり美しいオトナな女性になり、そしてそいつも、わたしよりもずっと背の高い可愛げのない外見の男に育ったのでした。あの日より、十数度も繰り返した聖夜です。
「寒いね真琴、俺、風邪引きそうだよ」
はて誰に話しかけているのやら。横で、ずずっと鼻をすする音が聞こえます。わたしは当然そんなのを無視して、あのときよりもずっと古びた神様のドアを開きました。
「里見尚樹くん」
「はい」
「サンタさんからのプレゼントである。受け取りなさい」
かじかんだ手がインされている手袋の指先で、ブラブラ揺れるのは、随分色の変わったイルカです。里見尚樹氏は、ちょっとだけ目を細めて、それから赤くなった鼻先をこすりました。
「ん、ありがと」
「どういたしましてだ。ではサンタさんはこれにて」
「待ちなさい」
わたしの本日の用事はこれまででした。神様に預けていたイルカのキーホルダーを里見尚樹氏に返還したら、あとは颯爽と行方をくらますのみです。
だのになぜだかわたしの腕を、里見尚樹氏は掴むのでした。ジーザス!
「は、離したまえ!」
「人を誘拐しておいて逃げられると思うなよ」
「丘ちょっと降りたらタクシー通るから大丈夫!」
「正体をあらわせ偽サンタさんめ」
「ぎゃあああ」
あろうことかわたしは里見尚樹氏の逆襲に!
里見尚樹氏はわたしのプリティなフルフェイスに手を伸ばし、もぎとろうとしたのでした。もちろんわたしは抵抗しました。しかし、かつての華奢でかわゆい少年の面影はどこへやら、無駄に力をつけたこやつには敵わなかったのでございます。
プリティなフルフェイスは、すぽんとわたしの頭から抜けてしまいました。寒い!
「ひゃあああ」
「お、正体は真琴だった」
「見るなー!」
無念、素顔を見られてしまったわたしは恥ずかしさと寒さのあまりにその場にうずくまりました。もちろん理由はそれだけではないですが。
ええ、顔を見られたくはなかったのです。悔しいけれど、今にもべえべえ泣き出してしまいそうなのを、必死で堪えていましたから。
「真琴、こんなところで寝ちゃだめだぞ。風邪引くから」
「寝ないから、大丈夫だから、先に帰ってください。わたしあとでちゃんと帰りますから」
ため息が聞こえました。それから草の上に座る音と、プリティなフルフェイスでごつんと小突かれる音が同時に。
「真琴、なんで俺にキーホルダー返してくれた?」
膝に埋めた頭の向こう側から声がしました。わたしはより一層深く、折り畳んだ体の間に顔を突っ込みます。
「……ナオ、海外行くって聞いた」
「誰から?」
「直井さん。この間会った」
「なるほど」
「しばらく戻って来ないんでしょ。ナオ、遠くに行っちゃうんでしょ」
本当は知っていたのです。わたしが大切に大切にし続けてきた幼馴染は、もうとっくに、守らなくても大丈夫になっていたこと。わたしよりもずっと強くて、もうひとりで泣いたりなんてしないこと。
知っていたけど知らない振りをしていたら、とうとう彼がわたしから離れていってしまう時がきました。
「約束、もう終わりだから、返そうと思って。ナオ、もうわたしいなくても大丈夫だから」
「ふうん」
里見尚樹氏が、わたしのつむじをぷつっと押しました。
「そうだね。俺はもう真琴がいなくても大丈夫になった。今までありがと」
「……どういたしまして」
「だけど俺は真琴にくまちゃん返さないよ。て言うか、会社に置いてきちゃったし」
のろのろと顔を上げると、呆れたような笑い顔がそこにありました。顔つきはだいぶ変わったくせに、小さい頃とおんなじような表情でした。
「真琴がいなくても大丈夫になったけど、まだ真琴に一緒にいてほしいんだ。だから真琴が俺と一緒にいたくなくなるときまで、くまちゃんは俺が人質に取ってるよ」
「……くまちゃん」
「その代わりに、俺も真琴にクリスマスプレゼントがあるんだ」
里見尚樹氏は、鞄の中からちっちゃい紙袋を取り出して、ちっちゃい紙袋の中からちっちゃい小箱を取り出しました。その中に入っていたのはきらきらした指輪。里見尚樹氏はわたしの左手からすぽんと命の手袋を奪うと、わたしの薬指にその指輪を嵌めたのでした。
「つめたっ」
「我慢してよ、ムードがないなあ。ん、ぴったりだ、よかった」
「何これ」
「指輪。奮発しました。お給料3ヶ月分!」
「すごい!」
ダイヤモンドの付いた指輪は、ずっと見ていたいくらいに綺麗でした。でもそのときはとても寒かったので、里見尚樹氏が「しもやけできちゃう」といそいそ手袋を着け直したのであっという間に見えなくなりました。だけど、冷たい感覚は確かにあります。
「ねえ真琴。もういっかいここで、違う約束をしようよ。俺がひとりでも大丈夫になるまでじゃなく」
そのときまで覚悟の証に預かってもらおうと、せっかく返したイルカのキーホルダーを、里見尚樹氏はまた祠の中に入れました。
たぶん、取りに来るときはもうないのだろうなあと、わたしは寒さで出てきた鼻水を垂らしながら思うのでした。
「一緒にいてよ、真琴。いなくなったらつまらないから」
「愛してるって言ってくれたらいいよ」
「ふふ、また今度ね」
そうして、わたしたちはふたり並んで神様に両手を合わせ、それから神様のお家のドアを丁寧に閉めたのでした。
以上が、この度の事件においてわたしが述べられるすべてのことでございます。
さて、誘拐犯ではなくなったわたしですが、これからは逃亡犯という汚名をスタイリッシュに着こなそうかと思っております。ええ、愛の逃走劇です。
どこへ向かうのかって? 彼の会社に聞いてください。
何が目的かって? それはもちろん、ご想像にお任せします。
わたくしがあなた方に求めるものはただふたつ。邪魔をするな。そして、佳き聖夜を。以上!
【一二・二四事件】おわり
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