君がため星泥棒は世界もつくる

◆電子書籍『真夜中のビジュー』掲載作品



 ラピスラズリという石がある。

 まるで宇宙の一部を切り取ってそのまんま固めたみたいな、濃い青色と散らばる金色が特徴的な綺麗な石だ。綺麗過ぎるおかげで古代から宝石や顔料の原料として使われてきたということはウィキペディアで調べて知っている。ついでに金色の星みたいな部分はパイライトっていう鉱物だってこともウィキペディア調べ。

 ラピスラズリは和名では瑠璃と言う。見た目に合った美しい名前だと思う。どこかの言語の言葉を音訳して付けたものらしいけれど、音も字面も天才的に良いものを付けたじゃないかと名付け親をなでなでしてあげたいくらいに素敵だ。


 さて、なんでわたしが急にラピスラズリの話をしたかというと、つい先ほどラピスラズリのペンダントトップを衝動買いしてしまったからである。

 食料品の買い出しに行ったデパートで、たまたま前を通りがかった宝石店。いつもは気にも留めずに通り過ぎてしまうのに、今日はどうしてかその店のショーケースの前で足を止めてしまって、見つけた。

 五百円玉を少々ダイエットさせたくらいの大きさのオーバル型のものだ。税込二万と七千八百六十四円也。店員さんがゴリ押ししてきただけあって質はかなり良さそうだから、相応の値段だろうけれど、貧乏美人オフィスレディのわたしにはかなり厳しい買い物だった。

 だけど買ってしまったのにはそれなりの理由がある。店員さんの血走った目によるゴリ押しに屈したわけじゃなく。わたしにはラピスラズリを持っていたかった、明確な、理由があった。


 瑠璃るりと知り合ったのは五年前だ。お互いが大人になってから。

 瑠璃はそのとき幼馴染みでもあった恋人を病気で亡くしたばかりで、わたしはと言えば半年前に別れた彼氏のことを忘れられずにいたけれど初対面の瑠璃に一目惚れをしてあっという間に元彼を忘れた、そんなときだった。

 瑠璃は、女の子みたいな名前をしているけれどれっきとした男である。ただし超絶メンクイなわたしの御眼鏡に適ったほどの美形で、女装させたらそこらの女の子よりもよっぽど美人になるだろうけれど本人は断固として女装を拒否する。

 朗らかで優しい、のんびり屋でしっかり者。星と料理と紅茶が好きで、村上春樹が心の友。それが、わたしの恋人の瑠璃である。


 わたしたちが出会ったとき、瑠璃はまるで死んでいるみたいだった。

 優しくてしっかり者だからきちんと人と接したしいつも柔らかな表情を浮かべていたけれど、ときどきここじゃないどこかを見ていたり、笑った顔が空っぽだったり、ひとりになると声を殺して泣いていたりするのを、若干ストーカー気質だったわたしはちゃんと知っていたのである。

 幼馴染みの恋人を亡くしたんだって知ったのはわりとすぐだった。生まれた頃から一緒にいたらしい。二十四年。それだけ長いこと側にいて、心を寄せ合って、初めて全部その人に捧げて、その人のも貰って。隣にいることがあまりにも当たり前だったからいない世界のがおかしいって。そりゃ死んだようなふうにもなるわって、わたしは思った。

 そんな大きくて重要な存在を失った彼を支えるとかそんなのわたしには到底無理なので、弱ったところに付け入るとかじゃなく、わたしは普通にアタックすることにした。

 なんせあまりにも外見が好みだったせいで珍しくも一目惚れをしたのだ。且つ知れば知るほど穏やかな中身にも惚れてしまったのだ。且つ悲しみにくれる薄幸そうなところも古めの少女漫画趣味のわたしにはキュンときてしまったのだ。絶対に彼をオトしたかった。

 知る人に聞けば、瑠璃の亡くなった恋人はそれはそれは綺麗なお嬢さんで、可憐で優しくて、まさに花のような人だったらしい。

 美人なところを除けばその人とはまるで似ても似つかない、比べれば月とスッポンにもなろうわたしのことを、瑠璃も好きになってくれたのは、まさに奇跡としか言いようがなかった。


「もっと早く瑠璃と出会っていればよかった」

 前に言ったことがある。そうしたら瑠璃は笑いながら「なんで」とわたしに訊いてきた。

「だってそしたらそれだけ早く瑠璃をわたしのものにできたんだよ。それって最高じゃん。それに、わたしも瑠璃と長く一緒にいられたわけだし」

「もって、誰と比べてんの?」

「そりゃ紅子こうこさんだよ。二十四年も一緒にいたんでしょ。なんかさ、わたしがこれから先もしもそれ以上長く瑠璃と一緒にいられたとしてもさ、敵わない気がするんだよ、なんか」

「敵わないって何が?」

「わかんないけど、なんか」

 うん、ほんと、わかんないんだけど。でもやっぱりそこには大きな差がある気がして、長~い階段の上のほうに瑠璃と紅子さんがいてさ、わたしは下のほうからぼーっとふたりを見上げてるの。届かなくて入り込めないの、ふたりの、絆みたいなのの間には。

「でもまあ、もしもらんが紅子の生きてた頃におれの前に現れたとしてもさ、おれは紅子にしか興味がないし、結局紅子がいる間は藍とはこういうふうにはなってなかったと思うよ」

「それってどう足掻いたってわたしは紅子さんには勝てないってこと?」

「そうなるね」

「瑠璃の部屋にある春樹全部古本屋に売りに行くからね」

「それは勘弁してよ」

 瑠璃が困った顔で笑った。わたしはぷんぷん怒ったけれど、もちろん本当に瑠璃の宝物である春樹を売り飛ばしたりなんかしない。

 わたしはもう、たったひとつだって、瑠璃から大切なものを奪ったりしたくはないのだ。

「だけどおれは思うよ。藍と出会うのは早くはなかったけれど、出会うまでの長い時間がきみと出会うために紡がれてきたとしたなら、きみだけとこれからを過ごすためにきみと泣いたり笑ったりするために今までのいろんなことがあったとしたなら、その全部、後悔なんてないし悪くはなかった気がするって。そしたらやっぱりおれの全部さ、過去も含めて、藍のもんだよ」


 ねえ、きみは、知っているだろうか。

 わたしはきみが、宇宙で一番幸せであってほしいんだ。

 いつだって笑っていてくれれば嬉しいし、悲しみなんてひとつも味わわないでほしい。ぶっちゃけて言うと自分のことはどうでもいいのだ。これって究極の愛だと思うんだけど、ほんと、例えば今紅子さんが生き返って瑠璃と一緒にいたいって言って瑠璃がそれを望むなら正直なところわたしは素直に身を引ける。

 それくらい瑠璃を愛してしまっているのだ。きみの幸福にわたしが不必要なら、それで構わない。

 だけど紅子さんが生き返るなんてことはない。きみは何より大切なものを一度失ったまま。大きな悲しみを抱えたまま。きみは今を、生きている。


     ・


「ごめんくださーい」

 ブー、と鳴る古めのブザーを押しながら言うと、トントン足音がして電気がついて、すりガラスの引き戸が開いた。

「その呼びかけ方はずかしいからやめてって言ってるじゃん。この間お隣さんに笑われちゃったんだよ」

「いいじゃん、なんかこの家にあっててさ」

「古臭くて悪かったね」

「褒めてんだよ、わたしここ好きだもん。でかいねずみが出るところ以外」

 築六十年を超えるらしいこの一軒家に瑠璃はひとりで暮らしている。当然実家だ。ご両親は健在だけれど、お父様の海外転勤にお母様が付き添って出て行かれ、早八年とのこと。

「まあいいや。上がって。今豚汁作ったとこだから」

「わーい、豚汁大好き」

 と言いながらもテーブルのある居間を通り抜けて二階への階段をのぼっていくわたしを瑠璃はきょとんとした顔で見ている。

 わたしは二階に上がって、そのまま瑠璃の部屋へ侵入して、飾られている紅子さんのお写真を横目に見ながら通り過ぎ、開いている窓からベランダへ出た。

「藍、どうしたの……ってほんとにどうしたの?」

 部屋の中から声がした。でも瑠璃の姿は見えない。なぜなら今わたしはベランダの手すりに上がり、瓦に手を掛け雨どいに足をかけ、屋根によじ登ろうとしているところだからである。

「ちょっと藍、危ないって! おりてきなよ、ほら、豚汁いっぱいあるし」

「あとでお腹いっぱい食べるから心配ご無用。あと危なくもないから、わたし落ちないもん」

「藍!」

 雨どいの金具を左足で思い切り蹴った。体はふわりと持ち上がって右膝が屋根の上に乗っかる。あとは持ち上げるだけで十分だ。瑠璃の家の屋根は綺麗に整備されているから、歩くのも怖くない。

 てっぺん近くで寝転がると星空が綺麗に見えた。わーすごいきらきらしてるよ。オリオン座くらいしかわかんないや。

「藍、大丈夫? 早くおりてきて。そんなとこいちゃ危ないって」

「瑠璃こそ早くのぼってきなよ。気持ちいいよー。空超見える」

「藍ってば」

「瑠璃、早く来て」

 文句が止んで、しばらくすると、ガシャンガシャン音がして伸ばした足の先に瑠璃の頭がひょこっと出た。怒った顔っていうよりは呆れた顔だ。

 それでも付き合ってくれるんだもん、わたしきみのそういうところすごく愛してるぞ。

「おれ、自分ちの屋根のぼったの初めて」

「わたしも人んちの屋根のぼったの初めて」

「あ、でも本当に星綺麗だなあ。今日天気よかったからさ、いっぱい見えるね」

 瑠璃はわたしの隣にあおむけに寝そべった。星が好きな彼のことだ、オリオン座しかわからないわたしと違いたくさんの星座を見つけていることだろう。

「ではここで、藍ちゃんのマジックショー」

 ちゃららららら~ん。BGMはわたしの鼻唄で、お客さんは瑠璃ひとり。瑠璃は何言ってんのこいつって顔でわたしのことを見ていた。

「あの星空を、切り取って、閉じ込めて固めて、わたしのこの手に掴んでみせましょう」

 両手を空に伸ばして、掴んで、お手手のしわとしわを合わせてしあわせ~。こねこね、こねこね。それからスリー、ツー、ワン。握った右手をカウントダウンの末に開いた。

 勿体ぶって出したのは、衝動買いしたばかりの税込二万と七千八百六十四円のラピスラズリのペンダントトップ。今日の星空と、よく似ている。

「わ、すごいね、藍は星泥棒だったのか」

「星泥棒じゃなくて世紀のマジシャン。どうだ見たことか、わたしにかかれば星を手にすることも容易いのだ」

「あれ、それってラピスラズリじゃん」

「ちょ、瑠璃、知ってたのこの石」

「うん。おれの名前それから取ったらしいから」

「おいおい、じゃあ和名が瑠璃ってことも知ってたのかよ」

「まあ、てか結構有名だよね」

「わたしこの間ウィキペディアで知ったよ」

 なんだよコンチクショウ。わたしの「これは本当はラピスラズリって石で瑠璃の名前と同じ名前なんだよ~」ってドヤ顔で自慢する計画が物の見事におじゃんではないか。てかわたしが常識を知らない阿呆みたいだね。事実そうなんだけど。

「それどうしたの?」

「今日買ったんだ。綺麗でしょ。一目惚れですよ」

「ふうん。藍ってアクセサリーとか宝石、あんまり興味なかったのにね」

「今でも興味ないよ。でもこれは、そういう意味で買ったんじゃなくて」

 装飾品のつもりじゃない。もちろんリアリストのわたしが石のパワーとかそんなもんを信じてるわけでもなくね、でも、ただ、お守りって言っちゃえばそうなのかもしれないけれど。

「瑠璃と同じ名前のもの、身に着けてたらなんかいつだって側に居るような気がしてね」

 この石を、持っていたかった明確な理由はそこにあった。きみと同じ素晴らしく素敵な名前を持つというこの綺麗な石を、わたしが側に置いておきたかった訳。

「わたし瑠璃がいなくても生きていけるしわたしでいられるし大丈夫なんだけど、それでも隣にいたいし、もしもわたしが例えば物理的に側にいなくて瑠璃が寂しくてひとりなような気がしても心配すんなよわたしいつでも隣にいるよーってなんか言ってあげられる気がするし、これ持ってたらね、ほんと、気分なんだけど」

 まあただの気の持ちようなのだ。でもわたしなりに瑠璃がどうしたら二度と悲しい思いをせずにいられるか、何も失くしたりしないか、ひとりになったりしないだろうかと考えた結果なのだ。

「つまりわたしがこれを大事に持っている限りね、まあ火葬場まで共に行くつもりなんだけど、瑠璃は絶対にひとりになったりはしないんだよ。そしてわたしが瑠璃の側にいる限り、わたしはきみを宇宙一の幸せ者にしてあらゆる困難や敵からきみを守り続けるつもりなので瑠璃はこの先めいっぱいの幸福しか味わわないし、結論を言えば、この先ずっと瑠璃の側にはわたしがいるから、瑠璃は安心してのんびり幸せに生きていけばいいんだよ」

 そう。きみが失くしたもの、今も抱えているいろんなもの。わたしは到底一緒に背負ってあげられないので、代わりにそれら以上の大きくて優しくてふわふわとした愛とか楽しさとか祝福とかそんなもんを、両手に抱えきれないくらいにきみに分け与えると誓おう。

 それがわたしにできることだ。紅子さんがやれなかった、きみのためにできること。

「ねえ藍、それってもしかしてプロポーズ?」

「そのつもり」

「はは、いいね。なんだかロマンチックでおれ好みだ。好きだな」

 瑠璃はわたしのプロポーズ(的な何か)に返事はせずに、なんだか上機嫌な顔をしたまま「ロマンチックで素敵だからそのプロポーズの仕方貰ってもいい?」とわたしに訊いてきた。

「は?」

「ねえ藍、例えばきみはハネムーンはどこに行きたい?」

「え? えっと、モルジブ」

「なるほど。じゃあ目を瞑って、瞼の裏にモルジブの美しい海を思い浮かべてごらんよ」

「うう~ん」

 なんのことやら全然わかんないけど、とりあえずテレビとか雑誌とかで見たあの綺麗な景色を思い浮かべてみた。これぞ楽園だなあ。こんなところで日がな一日ぼうっと過ごしてどら焼きとか食ってられたらどれだけ幸せなことだろう。

「ではここで、瑠璃くんのマジックショー」

「お?」

「その綺麗な海を、切り取って、閉じ込めて固めて、おれのこの手に掴んでみせましょう」

「あらあら」

 スリー、ツー、ワン。カウントダウンに合わせて目を開くと、本当に瑠璃の手の中にわたしが思い浮かべたモルジブの海の欠片が乗っかっていた。すげー!

「何これどうやったの! 奇跡! 世紀のマジシャンはおまえだったのか!」

「褒めてくれてありがと。でもタネも仕掛けも藍がやったのと同じだよ。これ、アクアマリンって石なんだけど」

「聞いたことある」

 はあ、なるほど。先駆者はやはりわたしだったか。瑠璃が持っているアクアマリンって石は、ころっと可愛くて透明で綺麗な、本当に海を固めたみたいなやつだった。細いチェーンの先にぶら下がってる、わたしのやつと同じペンダントトップ。わたしのより、随分と華奢だけど。

「じゃあアクアマリンの和名は知ってる?」

「海石」

「違うよ。藍玉っていうんだって。藍の名前と一緒だ」

 瑠璃は、手の中のペンダントを首に着けてころんと胸元に転ばせた。きらきら光る、それは、なんだかまるで瑠璃の心に寄り添っているみたい。

「まさか藍と同じこと考えてたなんてね。おれもこの石が藍と一緒の名前って知って持っていたくなってね。なんだかきみがいつでも側にいてくれてるように思えてさ」

 ペンダントの乗る胸元に手をあてながら空を見上げている瑠璃をわたしはじっと見ている。

「この先どっかでおれたち必ず別れはくるでしょ。でもこれさえあればいつだって藍が隣にいて寂しくないぞーって言ってくれてるような気がして。不思議なんだけどさ、おれ失くしたくないもの一杯あってでもきっとどうしたっていつかは失くしちゃうものもその中にはあるんだろうけれど、なんかね、藍がいたら大丈夫な気がするんだ。おれの宝物がたとえきみだけになったとしてもね、きみさえいるなら、おれはもう、それでいいんだと思う」

 瑠璃がこっちを見た。いつも広くまわりを見ていろんなものを気にしているきみがときどきわたしだけしか見ていないときがあって、そんなとききみはふわっと花が咲いたみたいに笑ってくれるんだけど、きみのその優しい笑い顔がわたしは大好きなのである。

 泣きそうなくらいに、大好きなのである。

「でもさ、きっときみが守ってくれるから、おれは大事なもの失くしたりなんかしないかもね。よろしくね。藍だけが頼りだ」

「……まかせろ。核爆弾からも宇宙人からも殺人ウイルスからも守るよ」

「うん。ねえ藍。おれにとって紅子は今でも特別でその場所はきっと誰にも代えられないし、そもそもおれは弱いからきみがおれに言ってくれるようなことをきみにはしてあげられないけどさ、代わりにきみにはおれの未来の全部をあげるよ。だからきみは好きにおれを誰より幸せにしてくれたらいいし、笑ったり泣いたり怒ったりしながらのんびりいつまでも、おれの隣にいればいいよ」

 これも縁だ、せっかくだし死ぬまで一緒にいよう。

 瑠璃はそう言ってやっぱり笑ってその顔がとても幸せそうなのでわたしは本望だなあと思う。そして気づくのだ。きみの側にいる限り、わたしもきみと同率首位の宇宙一の幸せ者であるのだと。

 わたしと出会ってくれてありがとう。これまで生きてくれてありがとう。これからも側にいてくれてありがとう。わたしはきみときみを育んだ世界のすべてに感謝せずにはいられない。

 上等だ。どんな困難も不幸も強敵も災いもどんと降りかかってきなさいよ。わたしはそのすべてにすら感謝の気持ちを込めてバットで打ち返して粉々にしてやろう。不可能? そんな言葉はわたしと瑠璃に関わる森羅万象においてのみ存在しない。わたしはきみのためならあの星空だってこの手に掴むことができるし、なんならきっと世界だって創ることができるのだ。この世の理にすら愛を込めて喧嘩を売り、わたしはきみを永遠に幸せにしよう。

 それこそがきっと、わたしがこの世に存在し、きみと出会った意味なのだ。

「ねえ瑠璃、それってもしかしてプロポーズ?」

「そのつもり」

「ハネムーンはやっぱり、宇宙旅行にしよう」

「いいね。火星あたりに七泊八日」

 手の中のラピスラズリを夜空にかざしてみる。うん、こうして見るとあの空よりもこの石のほうがずっと綺麗だな。でも宇宙に行けばこの石くらいたくさん星が見えるんだろうか。まあこんなもんよりも、きみのがずっと綺麗だけれど。

 ラピスラズリのペンダントトップをステンレスのチェーンで首に留めた。一生着け続けている気はない。お風呂のときは外すつもりだ。ラピスラズリって水に弱いんだって。店員さんの話、わたしはちゃんと聞いているのである。

 何度も言うけどこんなのただの気の持ちようなんだ。

 でもね、わたしたぶんこれ、きみの次に大事にすると思う。なんか、なんとなくね。

「ねえ藍、おれってだいぶ、きみのこと好きみたい」

 うるせーよ知ってるっつーのわたしも好きだよ超愛してる。

 わたしは立ち上がって軽やかに屋根から飛び降りる。びっくりしながらきみは慌てて下を覗くけどわたしはきちんとベランダに無事に着地している。ホッとした顔のきみを置いて部屋に戻って写真の紅子さんにご挨拶。

 きみもあとから降りてきて、呆れた顔で笑って、その顔がやっぱりわたしは鼻水が出るくらいに好きなので、こんなにも幸せなのだ。さてまずは景気付けに、きみがつくった無駄に美味しい豚汁でも、お腹いっぱい、食べましょうか。



【君がため星泥棒は世界もつくる】おわり

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