第34話 元カップルと変わるものと変わらないもの

「……何で鳳が僕の部屋にいるんだ?」

「えーっと……直接さっきのお礼を言いたくて、逢坂くんのお家を訪ねたら逢坂くんがまだ帰ってきてないから、部屋に上がって待ってなさいって愛菜さんが……」

「そういうことか」


 ビックリした、諦めるだの諦めないだの考えすぎて遂に幻覚が見え始めたのかと思った。 ……それは流石にキモすぎるぞ僕。


「実行委員のことなら気にしなくてもいい。あれは完全に先生のミスだ」

「でも、私がもっとハッキリしてたら巻き込まずに済んだよね? ごめん」

「……気にしなくていい。ああいう自分でやろうともしない癖に周りから囃すだけの奴らを見ててもあまり気分のいいものじゃなかったからな」


 僕は鼻を鳴らして、手に持ったままだった鞄を置いた。

 陽キャとかパリピとかはどうでもいいところで出しゃばってくる癖に、こういう面倒事は陰キャだとか気が弱い奴に押しつけるのは得意だからな。

 ……ああ、胸くそ悪いったらない。


「とにかくなってしまったものはしょうがない。なるべく無難に済ますのを目標にすることにしよう。これからよろしく」

「……うん」


 気にしなくていいって言ってんのに……まあ鳳の性格上それをすぐやれって言っても難しいか。

 多分、鳳は今自己嫌悪で苦しんでる。

 僕を巻き込んでしまったこと、あの場で何も言えずに立ち尽くすだけだったこと。

 その2つが心の内を支配して、どうしようもなく胸中をどす黒い何かが蠢き回ってるんだろう。


「……はぁ、終わったことでくよくよ悩んでても仕方ないだろ? 月並みな言葉だけど、大事なのはこれからだ」

「うん、分かってるけど……どうしてもすぐには私は私を許せそうにない、かな」

「多少は人見知りも改善して、人と話せるようになったんだから、鳳なら大丈夫だ」


 人見知りだとかの改善は直そうとしても、そんなすぐに直るものじゃないと思う。

 社会に出てからも人間関係だとかはスムーズにいかないことの方が多いし、人間関係絡みの苦手というのは、そんな簡単じゃない。


 子供の頃に苦手だった物は、大人になると味覚が変化して食べられるようになるかもしれないけど、人間関係の場合は子供の頃に苦手になった場合、大人になってから克服するのは難しい。


 でも、鳳のような頑張り屋が自分を変えようと努力して、それが報われないようなことがあってたまるか。


「……大丈夫だ、鳳なら絶対に出来る」

「……逢坂くん?」


 僕は何を言おうとしてるんだ? 全くらしくない。

 それでも……諦めないといけないとしても、僕は――


「僕も……鳳が前に進めるように、助けるから」


 ――彼女が苦しんでいたり、悲しんでいる姿は……見たくない。


「……鳳?」


 胸に手を当て、俯いてしまった鳳は、何も言わない。

 そりゃそうだ。前に進めるように助けるとか言ったけど、鳳が前に進む為の1番の枷は僕なんだから。


「それじゃダメだよ……いつまでも、助けてもらうだけじゃ……」


 小さな声なのに、それは確かに僕の耳にハッキリと届いて、鳳の呟きに乗った熱みたいなものが、そこに感じられた。


「私、ちゃんと前に進む。逢坂くんが困っていたら、今度は私が助けられるように!」


 僕たちの関係性は変わったけど、鳳の芯の強さは変わってない。

 きっと……これからも、外部からの刺激や、内部から産まれた感情とかで、僕たちの何かは変わり続けていくんだろうと思う。


「……ん。僕が困ったら、助けてくれるか?」

「うん! ……ふぅ、ようやくちょっと落ち着いた」

「鳳はちょっと何もかも気にしすぎだ。全部を上手くやれる奴なんてそうはいないんだから、肩の力抜いていいと思うぞ」


 神様だって、人間全員の願いを叶えられるわけじゃないんだからな。

 

「うん。苦手だけど、頑張ってみる」


 むんっと両手を胸の前でグッと握りしめる鳳を見て、僕は少し笑みをこぼした。


「力を抜くのを頑張ってどうするんだよ。リラックスだ」

「……本当だね」


 お互いに顔を見合わせてぷっと吹き出した。

 付き合っていた時ですら、こんな風に笑い合うなんてことはなかったのにな。


「じゃあ……私は帰るね。改めて、助けてくれてありがとう」

「どういたしまして。実行委員も無理しない程度に頑張ろうな」

「うん! お邪魔しました」


 鳳は僕の部屋から出て行った。

 ……しまった、玄関まで見送るべきだったか? ……いや。


 ベランダに出て自分の家に歩いていく鳳を見送ることにした。

 そこから鳳を見ていると不意に鳳が僕の方を見てきて、ちょっと驚いた顔をして、小さく手を振ってくる。


 僕は片手を軽く上げて、自分の部屋に戻った。


 助けるとかそういう近い関係じゃなくて、『元』なんてついてしまっている僕たちの距離は本来このベランダと道路から手を振り合うぐらうの距離が正しいと思う。

 だから、同じ学校になって、同じクラスになって、諦めたいのに諦めきれなくて、今もこうして近くで干渉してるっていうのは絶対間違ってる。


 それでも、付き合っていた頃から変わらないものも確かにあって、変わったものもあるということだけは、間違いないと思った。

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すれ違って別れたカップルがうっかり同じ高校に進学してしまいました。 戸来 空朝 @ptt9029

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