第31話 雨城柚葉と台風(柚葉目線)
「ねえ、大空くん」
「なんだよ」
「大空くんがもし、この主人公のような立場になったらどうしますか?」
夕食を食べたわたしと大空くんはテレビで『天気の子』を見ていた。
「要するに世界を取るか、ヒロインを取るかってことか?」
「はい。大空くんなら、どっちを取りますか?」
大空くんはわたしの質問に、顎に手を添えて思案するように目を伏せた。
……大空くんって髪はぼさっとしてるし、外見に無頓着なせいで気付かれにくいけど、目鼻立ち自体は整ってるんですよね。
……とても画になる、写真を撮ったら怒られませんかね?
「……多分、ヒロイン」
「それはどうしてです?」
「1つの都市が浸水したとして、別に世界が滅ぶわけじゃないから。だったら、僕はこの主人公のように大事な人を選ぶ、と思う」
「なるほど……大空くんらしい回答ですね!」
なんとも捻くれていて、素直じゃない回答がなんとも彼らしいと思う。
4月から大体1ヶ月ぐらいの付き合いだけど、大空くんの性格は大体分かってしまった。
捻くれていて、素直じゃなくて……不器用に優しいそんな男の子。
「さて、次は何を観ますか? 『君の名は。』? それとも『言の葉の庭』ですか?」
「どうして新海作品ばかりなんだ。もっとラインナップが他にあるだろ」
「それなら、『サマーウォーズ』とか『バケモノの子』とか『未来のミライ』だとか」
「細田作品に偏っただけだろ。僕は小説しか読んだことないけどな」
逆に映画を観たことがなくて、小説だけしか読んだことがない方がレアなのでは?
「……そろそろ風呂に入る時間じゃないか?」
「あ、そうですね。大空くん、お先にどうぞ」
「こういうときはレディーファーストじゃないのか?」
「お客様を差し置いて家主が先に入浴は出来ませんよ」
「……そういうことなら、先に入らせてもらう」
わたしはバスタオルとスウェットを大空くんに手渡した。
「……あ、そう言えば。下着は一体どうするんですか?」
「あーそうか。まあ今日は汗とかかいてないし、1日ぐらい着回してもいいけど……どうせあと寝るだけだし履かないって手もあるな」
どっちでもいいかと呟きながら、大空くんは脱衣所へ。
「……おい、なんで脱衣所までついてくるんだよ」
「いえ、お背中を流そうと思いまして」
「いらん。着替え覗かれたって通報するぞ」
「ここわたしの家なのに!?」
と、まあ冗談はさておき……わたしは自室で大空くんがお風呂から出てくることを待つことにした。
「全く大空くんは変わってますね。わたしのようなおっぱいの大きな女子が背中を流すと言っても眉1つ動かさないなんて」
実際クラスメイトの男子はわたしと話したことがないのに、いつも胸を見てくるぐらい年相応に性欲丸出しだというのに。
貧乳がステータスなら、巨乳もまたステータス! 巨乳キャラとして、少しも見てもらえないのはいかがなものか!
「くっくっく……こうなったら、お風呂上がりの着替えを薄着にして、目の前でこれ見よがしに揺らして歩いてみせましょう!」
……わたしのやろうとしてること、痴女のそれでは?
いや、わたしはわたしの胸を見て赤面する我が親友を一目見たいだけ! それ以外に他意は全くない!
「上がったぞー」
「お、早いですね」
「男の入浴速度なんてこんなもんだ。長考したい時はぬるめの湯にずっと浸かってることがあるけどな」
「あーぬるま湯って気持ちがいいですし、リラックス出来ますからねー。では、不肖、雨城柚葉、入浴に行って参ります!」
「自分家の風呂に入るだけなのに仰々しいな」
やや濡れた前髪の下から、大空くんの呆れたような瞳がわたしを射貫いた。
「あ、覗かないでくださいね?」
「誰が覗くか」
「でも、大空くんにならわたしの自慢の巨乳をさらけ出しても……」
「いいからはよ行け」
お約束的なセリフを吐いて、わたしはお風呂場に移動した。
お風呂上がりを精々楽しみにしていることですね!
×××
わたしも長風呂するタイプではないし、今は大空くんが部屋にいるから待たせるわけにもいかなかったので、ぱぱっと手早く入浴を済ませ、わたしは部屋に戻る。
ふっふっふ……Fカップの恐ろしさを教えてあげましょう!
「お待たせしましたー!」
「ああ」
――まさかの無反応!?
本を読んでいたけど、わたしが声をかけたら顔を上げてわたしを見たというのに!?
「あ、あの……大空くん?」
「……なんだよ、今いいところなんだけど」
見てもらえないばかりか、おざなり気味に扱われてる!?
「ど、どうですか? これがわたし自慢のFカップですよ!?」
わたしがその場で軽く跳ねてみせると、わたしの動きに合わせて胸がぶるんぶるんと上下した。
「はぁ? 何やってんだ君は……」
「し、しかも今ノーブラなんですよ?」
「だから?」
「……わたしの負けです」
ダメだ……この人全く動じない!
「まさか大空くんは貧乳派なんですか!? 風花さん推しなんですか!?」
「君、それ絶対に本人の前で口に出すなよ? 明日の朝日を拝みたいなら」
ため息をついた大空くんは、本を閉じてわたしを見る。
「で? 結局何が目的だ?」
「う……うぅ。巨乳キャラとしてのプライドというか、意地というか……」
「アホか。不躾に友達の胸をガン見するわけないだろ。てっきりクーパー靱帯の寿命を縮めたいのかと思ったぞ」
「そんな!? 垂れたらわたしの存在意義が!?」
「そんなもん気にしなくていいだろ。君は僕の親友、なんだろ?」
そう……でした!
「わたしは大空くんの大親友! 所詮巨乳キャラなど、大空くんの前だけですし! 大親友というキャラがある限り、わたしは何度でも立ち直れる!」
「大は一体どこからきたんだ? ……まあいい。僕は読書に戻るぞ」
「はいっ……ところで大空くん?」
「まだ何かあるのか?」
ソファに寝転び、本を読み始めた大空くんがわたしを横目で見た。
「大空くんは結局貧乳と巨乳……どっちが好きなんですか?」
「その話題を女子の方から振られた挙げ句、まだ続ける気か」
「いえ、大親友として気になるので」
「……別にどっちでもいいだろ。重要なのは大きさじゃなくて、それが誰のなのか、だろ」
大空くんはそれきり読書に集中してしまって、喋らなくなってしまった。
わたしも読書の世界に入り、就寝するまで部屋にはページが捲れる音しか聞こえなかった。
×××
大空くんが寝落ちしてしまったので、わたしも寝ることにしよう。
……っと、その前に。
眠っている大空くんを起こさないように、カメラのシャッター音を切って、大空くんの寝顔を写真に収めた。
「……えへへ」
その日以来、わたしのスマホの中にはちょっとした宝物が出来た。
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